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11章4節:第一王女ローラシエル

「全く……お兄様は何を考えているのかしら」


 女は街道周辺に広がる草原が風に優しく揺られる様を眺めながらも、ひどく苛立っていた。

 巻かれた金の長髪、整った顔立ちと体型。容姿こそ誰もが憧れるような美しさと高貴さを感じさせるが、不満を隠さないその様子が今の彼女を近寄り難い人物にしている。

 実際、馬車に同乗している護衛の騎士はみな居た堪れなさそうに目をそらしたり冷や汗をかいたりしていた。

 

 女の名はローラシエル・フォルナー・ラトリア。ラトリア王国第一王女である。

 階級・血統・種族を重んじる苛烈な差別主義者として知られ、王都を脱出する前のアステリアに対しても王妃と共に直接的な嫌がらせを繰り返していた。

 いじめに際して表向きの品格を下げないことを意識していたレティシエルとは異なり、ローラシエルから言わせれば「王家の威信を守るために身分の劣った侍女の血が混じっている妹を否定することは正義」なのである。

 決して善良な人物とは言えないが、一方で、王侯貴族だけでなく人間族の平民――なお生産性の低い下層市民は彼女にとっては「平民」ではない――の利益を追求するその姿勢から、中流以上の階級からは「高潔な女傑」として評価されている。

 経済力のある第二王子グレアムと協力し、急速に王都復興を進めたのも彼女だ。特に教育には力を入れており、王都解放後、短時間で王立アカデミーの運営を再開できたのは殆ど彼女の功績と言ってよい。

 

「ラトリア至上主義者としては」ローラシエルは確かに高潔な人物である。

 彼女は自分個人の損得や権力には固執せず、常にラトリア勢力圏とそれを導く王侯貴族のことを想っている。それらを支える平民のことを想っている。

 故に「自分よりもカリスマがあるライングリフ第一王子が次期国王になるべきだ」と考えている。

 しかし、そんな「ライングリフ派」の一員であるローラシエルであっても、近年の彼の動き、より具体的に言えばソドム合意に関しては疑問視していた。


 ローラシエルは常日頃からこう思っている――「この世には屑が多すぎる」と。

 すぐに繁殖する下賤な獣人族。社会に適応しようとしない者ばかりのエルフ族。存在すること自体が罪である魔族や半魔。同じ人間族であっても、なんの努力もせず支援を求め、それが叶わなければ他者から奪うだけの下層市民。そして汚らわしい呪血病発症者。

 それらに対処するのが急務であるという考えには彼女も同意しているが、旧帝都まで移送して管理するというのに納得がいっていないのである。

 言うまでもなく管理体制を敷くにはヒト・モノ・カネが必要になる。移送だって同じだ。そんなことの為になぜ民の血税を浪費せねばならないのか。

 別に殺してしまえばいいではないか。死体の処理が面倒なら野に放って魔物に食わせるでもいい。

 他国がそれを批判する権利はない。文句が言いたければまずはラトリア勢力圏に住み着いている屑を一部でもいいから引き取ってみせろ。

 そう考えた彼女は納得を求め、関係者以外は原則立ち入り禁止であるソドムに対して半ば強引に視察を行った。

 今はその帰路についているという訳である。


 ローラシエルの様子から明らかなように、結局、彼女は求めたものを得ることが出来なかったどころか、更に疑念を膨らませている。

 ソドムの管理体制がまるで整っていないことが分かったのである。

 日夜、住人は街に流通している武器を用いて流血沙汰を起こしているし、怪しげな薬や娼館で不浄な悦楽に浸っている。

 現地に派遣されたラトリア正規軍人によれば、ソドムの管理者層が各国から派遣された軍人や高官であるが故に連携が上手くいかず、こういった腐敗を許してしまっているのだと。

 王都に帰ったら、この悲惨な現状についての意見をライングリフに聞かねばなるまい。


 と、そんなことを思っていたローラシエルの視界に一人の女性が飛び込んできた。


「止めてちょうだい」


 ローラシエルは御者にそう言った後、騎士たちと共に女性の前に立った。

 その者はかなりみすぼらしい格好で草の上に座り込んでおり、足はすっかり腫れてしまっている。どこかの領地から徒歩で逃げてきたのだろう。

 そして、人間族であるのにも関わらず両腕には緑色の肌の赤子を抱えている。

 

「あなたは……まさかローラシエル様!?」


 見上げる女性の顔は恐怖に満ちていた。


「私を知っているのね。なら何が言いたいかも分かるでしょう?」

「ま、魔族に無理やり妊娠させられたんですッ! 決して私が望んだ子ではありません……!」

「ではなぜ大切そうに抱えているのかしら? 捨ててしまえばいいじゃない」

「それは……」


 怯える女性の中にはどこか母性めいたものが垣間見える。望んで産んだ子でなくとも、産んだことで母としての情が湧いたのだ。

 だが、そのような感情に理解を示すほどローラシエルという女は甘くない。


「今すぐ殺しなさい。そうすればあなたの命までは奪わないわ」

「……どうかそれだけは」


 涙を流す女。その眼前にローラシエルは細剣を突きつけた。


「まずは目を抉り出そうかしら。私に加虐趣味はないのだけれど、自らの罪を自覚してもらうにはそれくらいしなければ」

「お、お許しを……! やります! やりますからぁ!」


 女はひとしきり泣き叫んだ後、ローラシエルの意思がどうあっても変わらないことを悟り、必死に謝罪をしながら半魔の子を絞め殺した。

 そんな様子を楽しむでもなく悲しむでもなく、冷たく見下ろすローラシエル。

 彼女は人情を持たないだけで、これを喜ぶ下衆でもない。「正義が執行され、穢れと過ちに満ちたこの世界がほんの少し正しくなっただけだ」と感じている。


「……拘束して。明日はソドムへの移送が行われるから、王都に着いたらそれに合流させなさい」


 彼女の命令に従い、騎士たちは女を捕らえて荷馬車に放り込む。

 虚ろな目でなすがままにされる女に向かってローラシエルはこう言った。


「最大限譲歩したこと、感謝なさい。ソドムがなければこの場で処刑していたわ。あなたが人間族であっても罪深い屑を殖やし、あまつさえその生存を許そうとした時点で魔族や半魔と同罪よ」



 魔族――否、地上人の未来を望んだ男、ヴォルガスはとうの昔に死んだ。

 その意志を継いだレイジも死んだ。

 局所的とはいえ人魔の共存を成立させていたルミナス帝国は滅び、レヴィアス公爵領もまた魔を排斥する方向に変革している。

 この天上大陸において、もはや魔族や半魔の――真っ当な意味での――居場所など存在しないのである。

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