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11章3節:アルケーの願い

 アレセイアから帰還した私は、応接室にて《アド・アストラ》の面々と互いに状況報告を行った。

 私が出掛けている間にリルとその仲間達はすっかり領民と打ち解けたようだ。

 もちろん真面目に謝罪や設備の修復に励んだというのもあるが、ライル曰く、リルはあどけない幼子だったネルとは違って弁が立ち、他者の心に入り込むのが上手いらしい。

 孤独な娼婦から盗賊団の長に成り上がる過程でそういったセンスを磨いてきたのだろう。

 まあ気安いキャラを演出する為とはいえニャーニャー言っているのは個人的にどうかと思うが。


 ああ、そうだ、報告と言えば。

 聖人会にて提示された本題である「西方の領主の粛清」について皆に伝え終えた私は、転移能力を持つ宝珠をアルケーに見せた。

 これは《術式》研究のモチベーションを失っている彼女にとって良い刺激になるだろう。


「何だ、土産物か? 見たところ疑似特異武装のようだが」

「見ただけで分かるんだ。流石は開発者」

「お世辞はいい。これに何か秘密があるのか? 疑似特異武装は基本的に高価ではあるが、別に珍しいという程でもないだろう?」

「これには転移の《術式》が刻まれてるんだよ。触れたら一瞬でアレセイアに行けるって訳」


 私の説明を聞いた途端、アルケーが目を輝かせて宝珠に触れようとしたので咄嗟にその手を払う。


「こら! きみが今も生きてるって誰かに知られたらエラいことになっちゃうでしょーが!」

「確かにそうなんだが、しかし興味深い……! 転移系の効果はその高度さ故に疑似特異武装に書き込むのは困難とされていたからな。ちゃんと機能するのか?」

「私が軽くテストしてみるから、それで我慢して」

「むむ……仕方ない」


 私は不満そうにしているアルケーをよそに宝珠に触れ、《術式》を起動した。

 目の前の光景が瞬時に切り替わり、真っ白な壁に囲まれた小部屋に移動する。

 乗り物酔いにも似た気持ち悪さに耐えながら扉を開けると、衛兵が警戒心を露わにしてこちらに槍を向けかけたが、すぐに私だと気づいて穂先と頭を下げた。

 どうやら彼らもまだ「突然、人が転移してくる」という現象には慣れていないようだ。

 私は「機能テストをしている」という旨を伝え、すぐに小部屋の側に置いてある宝珠に触れる。

 すると、どこか変な場所に飛ばされるといった不具合も特になく、驚きを露わにしているアルケーの顔を無事に拝むことが出来た。

 それからライルとも協力して何度か実験を行ったが、転移能力は問題なく機能した。

 ただ「一度に転移できるのは一人だけ」「持ち物が多いと起動できなくなる」「消費マナが膨大であり、《術式》の適性が低い者は起動させられない」と、かなり欠点が多い。

 アルケーの解析によれば意図的に制限を設けているというよりは、誤作動を防ぐ為にこうなっているようだ。

 要するにまだまだ試作段階ということだし、故に法王はこれの「親機」を聖団領に設置することを認めたのだろう。もし人員と物資を大量に輸送できてしまったら、聖人の誰かが軍勢を率いて聖団領に攻め込もうとした際に悪用される恐れがある。

 普及版が出来上がる頃にはこれらの問題は改善されているのだろうが、少なくとも現時点では物流や戦争におけるゲームチェンジャーにはならなさそうだ。

 

「なるほど。すげー技術なのは確かだな……あんたが使ってたあの技と比べてどうなんだ?」


 ライルがアルケーに話しかける。「あの技」とは空間に転移ゲートを開く術のことか。


「運搬能力という意味では私の《術式》の方が上だ。あっちは術者以外のものも通すことが出来るからな。まあ今の身体じゃ使いたくても使えないんだが……」

「魔王様は本当に凄い御方だったんです」


 チャペルはそう言った。アルケーと同様、彼女も《絆の誓い》による強化を受けていた過去と今を比較し、無力感を覚えているのだろう。

「男の力に依存しやがって、情けない」と思わなくもないが、私とて《権限》という外的な力がなければここまで生き残れなかった。彼女らを見下せるような立場ではない。


「しかし、《ドーンライト商会》は私抜きでもここまでやれるようになったか……嬉しいことだ」


 アルケーがしみじみと言う。そういえば製造元の話はまだしていなかったな。


「あ、これ作ったのドーンライトじゃなくて《ヴィント財団》だから」

「そ、そうなのかッ!?」


 宝珠の力を見せた時と同じくらいに驚くアルケー。

 彼女が技術を託した弟子のような存在である《ドーンライト商会》ではなく、《ヴィント財団》が独力で開発したこと――これを知れば対抗心をむき出しにしてくれると私は思ったのだ。

 しかし予想に反し、彼女はどちらかと言えば嬉しそうだ。


「……あれ、悔しくないの?」

「悔しがるも何も……ああそうか、君には私が《術式》という技術を秘匿しなかった理由を説明していなかったな」

「そういえば聞いてなかった。商会から上がってくるライセンス料目当て……ではないんだよね?」

「当然だ。私は今でこそ研究者みたいなことをやっているが元々は医者でな、この過酷な社会で精一杯生きる者をたくさん見てきた。そんな彼らの生活水準を引き上げたかったんだよ。大衆に新しいものを受け入れさせるのは楽ではないから、商会という集団の力を使って普及させただけでな」


 意外な話が出てきて、私は少しだけ呆気に取られてしまった。以前、共にアルケーと交戦したライルも同様だ。

 だって、人類の敵であった《魔王軍》幹部の台詞ではないだろう。


「どうした。『金の為』だとか『人類を支配する為の準備』だとか言って欲しかったか?」

「……別に。じゃあ、むしろ君は商会以外が《術式》を生み出すことを歓迎してるんだね」

「ああ。私が手を貸さずとも、大資本が便利な技術をどんどん世に送り出していく。素晴らしいことじゃないか」

「その大資本がさっき言ってた『人類の支配』に至って、みんなに不利益を強いるかも知れないよ?」

「それを防ぐ為に君のような人間が居るんだろう? 私は政治家でも戦士でもない」

「はあ……」


 私はため息をついた。結局、アルケーのやる気に火を点けることは出来なかったからだ。

 しかし彼女の考えが知れたのは良かったか。

 《魔王軍》に手を貸したことは愚行だと断じる他ないが、それでも彼女には彼女なりの正義があると分かった。

 となれば、「利害の一致で協力している」という関係性は変わらないにしても、少しくらいは人として信用して良いのかも知れないな。

 まあ全てを打ち明けてはくれない辺り、アルケー側は未だ私のことを信じていないようだが。


***


 後日。元盗賊団員の様子を確認し、「リーダーが彼らのもとを離れても問題を起こさないだろう」と考えた私は、会議室にリルとライルを呼び出した。

 聖人会関係の余計な仕事が挟まってしまったが、私はもっと大事な問題を抱えている。

 そう、流刑都市ソドムの調査だ。

 あの地に我が辺境伯領、もしくは私個人に対する悪意が渦巻いているのだとしたら早急に対処せねばならない。


「リルちゃん。仲間になってもらって早速で悪いけど、君に重要な仕事を任せたいんだ」

「アステリア様のご命令なら無茶振りじゃない限りは聞くニャンよ?」

「まず、きみ達は武具と薬物を提供した兵士たちに何らかの思惑で利用された。この前提はおっけー?」

「そうニャンねえ……こっちもこっちで『あんた達に復讐し、あわよくば領地を制圧して自分達の居場所にしよう』って目的があったから、それが果たせるなら連中の考えなんてどうでも良かったニャ」

「きみにはその考えを探る為、一時的にソドムに戻って欲しいんだ。奴らにとってきみは仲間……いや、駒だろうから、上手く立ち回れば怪しまれずに調査を進められる筈」

「なるほどニャ。で、奴らが明確な敵意を抱いているのならアステリア様が潰す、と」

「そういうこと。異存は?」

「勿論ないニャ。今のリルはアステリア様の忠実な下僕ニャ」


 リルと話し終えると、次はライルの方を見た。


「俺は何をすればいいんだ?」

「こういう仕事はきみも得意だから、リルちゃんのサポートをお願い。後は……本人の前で言うのもアレだけど、監視かな」

「リルを、ってことか……分かった」

「ニャニャッ!? リル信用されてないニャ!?」

「信じたから仲間に加えたのは確かだよ。でも、きみの立場的に万が一ってこともあるでしょ」


 ネルだって本人の意に沿わない形とはいえ冒険者襲撃計画に加担していた。仲間であっても盲信するのは危険だ。


「まあ、そう見られるのも無理はないニャンねえ……逆に、この任務は試金石でもあるってことニャンね?」

「そう。だから私の期待を裏切らないでね」

「分かってるニャ。アステリア様と今後の自分自身の為に頑張ってくるニャ」

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