11章2節:クロードの提議
私兵部隊《アド・アストラ》の結成から数日が経った。
私はリルに盗賊団のメンバーをかき集めさせ、説得を行った。
《アド・アストラ》への加入はリルが独断で決めたことではあったものの、他の者達も私に雇われることを快諾してくれた。
私の言葉に何か感ずるものがあったのか、それともリルの一存に従うほど彼らはあの子に全幅の信頼を置いているのか、単に盗賊という不安定で危険な仕事にうんざりしていたのか、事情は人によって違うだろう。
何にせよ一気に仲間が増えたのは間違いない。
とはいえ、あれだけのことをした盗賊団に対し、当然ながら領民は恐怖心や嫌悪感を抱いている。
私がリルを信じた理由――ネルが繋いだ私達の縁について皆にちゃんと説明しておこう。あとはリル達に人々への謝罪と破壊した設備の修復をさせねば。
課題はそれだけではない。
盗賊団を利用し、間接的にブレイドワース辺境伯領を攻撃したと思われるソドムの駐屯兵についても考える必要がある。
あまり時間を掛けすぎると奴らはリル達が懐柔されたことに気づくだろう。領内の復旧と並行して調査を進めるべきか。
そんなことを計画しながらあくせく働いていたところに、天神聖団からの使者は現れた。
何でも聖人会に議題が持ち込まれたとかでメンバーが招集されているらしい。
正直「こんな忙しい時に面倒事を持ってくるな」という気持ちだが、現ラトリア王家と同等以上の影響力を有している聖人会を無視する訳にもいかない。
私は部下らに「自分が帰ってくるまではひとまず領内のことに集中して」と命令した後、急いで聖団領アレセイアへと向かうのであった。
***
聖団領内、窓が一つもない純白の会議室。
そこには既に十二人の《権限》所有者と、聖人会の権威の保証人たる法王が居た。
相変わらず何人かは私を見るなり目を逸らしたり睨んだりしてくる。そういう態度を取られるとこっちまで気まずくなるだろう。
それにしても、まさかアレスまで招集に応じているとは。気分で聖人会に参加しただけで、結局は面倒くさがって来ないと思っていたが。
レティシエルの指示で皆が席につくと、彼女は微笑みを浮かべたまま言った。
「さて。聖人会結成から一ヶ月半が経ちましたが、皆様のお考えによってはついに聖人会が動く時が来るかも知れません。どうか慎重なご判断を……では、よろしくお願い致します」
彼女の視線の先に居るのはクロードだ。
商業主義の極みのようなあの男が聖人会初の提議者となったか。
嫌な予感しかしないとは思いつつもとりあえずは黙って話を聞くことにする。
「では早速。本題の前に一つ、皆様にお渡ししたいものがあります」
クロードはそう言うと、綺麗に磨かれた宝珠を取り出し、私たち十二人の目の前に置いていった。
「これは《財団》が開発した、いわゆる疑似特異武装ってやつです。触れた者のマナを消費して瞬時にこの場所に転移する《術式》を実行します。逆に聖団領側から各宝玉のある位置に転移することも出来ますよ。便利でしょう?」
つまり会議が開かれる度にわざわざ時間を掛けてここまで来る必要がなくなるということか。
それ自体は歓迎すべきことだ。しかし、何故こいつがこんなものを持っている?
疑似特異武装――物品を加工して《術式》の発動器としたもの。これを作り出せるのは《術式》関連技術を独占している《ドーンライト商会》だけだった筈だ。
まさか商会にスパイでも潜り込ませて技術を盗んだのか。
しかし「二点間の転移」という機能は商会製の疑似特異武装ですら見たことがない。基礎技術や開発段階の資料を盗んだ可能性は否定できないにしても、完成させたのは間違いなくクロードと《ヴィント財団》の力なのだろう。
彼は当たり前のように説明していたが、これが安定して効果を発揮できるとしたら技術革新そのものだ。
そして、技術革新を起こすのがこの男だとしたら手放しには喜べない。
アダムも不穏なものを感じたのか、クロードを睨みつけた。
「おや、どうなさいましたかアダム様。怪しいと思うのであれば調べてみて下さい。世界最高の術師であるあなたならばこの場ですぐに解析できるでしょう?」
「もうやった。確かにお前の説明通りで、それ以外の機能は無いようだ。だが、どのようにしてこれを?」
「五十年前、《術式》はたった一人の天才によって生まれました。しかし天才もまた人間に過ぎない以上、追いつけない道理はありません。我が《財団》には多くの《術式》研究者が居ますから、数の力で天才に肉薄した訳です」
ごく単純に、《財団》の圧倒的物量で正々堂々と研究を推し進めて《術式》の開発に至ったと。
となればクロードはこれからもその資金力を活かして新しい《術式》を独自に生み出していくだろう。やがて社会がそれらに依存し、彼と《財団》抜きでは成り立たなくなるかも知れない。
もしそんな時代が来たら、この強欲な男はどう動くのだろうか。
そう思案していると、エストハイン王国女王レンが頬杖をつきながら言った。
「お主、幾ら取るつもりじゃ?」
「いえいえ、国際平和の為に活動する聖人会を思ってのことですから無償で提供しますよ。あと、この疑似特異武装はまだ試作品でして。あえて言うならこれをテストして頂くというのがお代ですかね」
「……本題を通す為に恩を売っておこうという話じゃったか」
「手厳しいですねぇ……まあ、どう受け取って頂いても構いませんよ。では、本題の方に移ってよろしいでしょうか」
皆がクロードという男に対する不信感をひとまず飲み込み、頷く。アレスだけは「政治になど興味がない」とでも言いたげにあくびをしていたが。
クロードは彼には構わず説明を始めた。
現在、西方連合に属する或る公国において民衆弾圧が行われているという。
領主はただでさえ貧しい民から重税を取って困窮させているだけでなく、何の罪もない者をスパイ容疑で捕らえては拷問や処刑を行っている。
事件の背景として、どうも領主は《財団》から提供された領民救済の為の資金を横領している上、それを《財団》と対立する《ドーンライト商会》に流して武器の提供を受けているらしい。
目的は恐らく西方連合からの離反、もしくは武力による連合盟主の座の簒奪か。
クロードは再三に渡る注意、最終的には経済制裁まで実行したが、それでも領主は弾圧を止めなかった。
そこで聖人会にこの問題を持ち込んだのだと。
「……ボクからは以上です。無辜の民の為、どうか悪しき領主を皆様の手で粛清して頂きたい」
そう締めくくったクロードに対して端的に言うのはウォルフガングだ。
「それは内輪の問題ではないのか? 連合で解決するのが筋だと思うが」
「今はそうでしょう。しかし彼は《ドーンライト商会》……つまりルミナス系勢力との接点を持っている。このことが《魔王軍》残党の捲土重来を招けばボク達だけの問題ではなくなります」
「だとしても、あなたであれば自力で容易に制圧できる筈だが、そうしないのは体面の問題か?」
「ええ、まあ。幾らボクの側に正当性があるとは言っても、力で抑え込めばみな他人事として無責任に批判するでしょう。だからこそ聖人会に持ち込んで『世界全体の問題』にしたんです。聖人会の決定は全世界の絶対的な正義ですからね」
それから少しのあいだ沈黙が流れた後、レティシエルが口を開いた。
「……では、事実確認の為の調査期間を経た上で、皆様が賛成するか反対するかの議決を取りたいと思います。今は解散いたしましょう」
「あ、ボクは反対で。雑魚狩りに興味はないんでね。次回は出席しないから勝手に進めておいてくれていいよ~」
アレスは気怠げにそう言い、ひとり立ち去っていった。
他の面々についてはクロードの証言の真実性が確かめられるまで回答を控えるといった感じだ。
なお、事実確認を行うのはこの中で最も公平性が高いとされる《夜明けをもたらす光》である。人員が必要な案件であれば更にアルフォンスを筆頭とする聖団騎士も動くことになる。
賛成か、反対か。帰りの馬車の中で「私はどうすべきなのだろう」と考える。
クロードの目的は明らかに聖人会を利用した不穏分子の排除および《ドーンライト商会》の弱体化だ。「無辜の民の為」などと宣っていたが、あいつが情に左右される男だとは到底思えない。
この粛清が実行されれば、《財団》は社会的にも更に力をつけることになるだろうな。
一方で、犠牲になっている領民を救わねばならないというのも確かだ。それこそ、民を弾圧していた領主を暗殺したこともある冒険者時代のように。
それに、聖人会が動いたという前例が生まれれば私もこの組織を利用しやすくなる。
クロードに手を貸すのは癪だが、ここは奴の提案に乗っておくべきか。




