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10章7節【10章完結】:《アド・アストラ》

 盗賊団との戦いはごく短時間で終結した。

 私はライルを援護する為に前線を離れたが、結局、彼らだけで窮地を切り抜けたようだ。それどころか敵を生け捕りにしてくれている。

 《迅雷剣バアル》を預けたことが早速、良い結果に繋がったという訳である。

 また、前線のほうも盗賊たちが不利を悟り撤退したらしく、早急に片付いた。

 なんだか私が居なくてもどうにでもなったような気すらしてくる。領主としてはむしろ有り難いことではあるが。


 さて。私は今、我が屋敷の地下牢で、バアルの電撃によって気絶した獣人の少女を見下ろしている。

 隣に立っているライルによれば「リル」という名らしい。

 私が剣の柄で小突くと、彼女はむにゃむにゃ言いながら目を覚ました。

 こうして見ると確かにネルを思い出す。あの子をそのまま一回り成長させたかのようだ。


 縄で縛られたリルは、危機的状況であるにも関わらずへらへらと笑っている。

 この手の悪党にありがちな命を惜しむ想いがあまり感じられない。

 元々そういう性格なのか、それとも何か強い目的意識があって今回の凶行に及んだのか気になるところだ。


「えっと、リルちゃんで良いかな」

「んニャ。そう言うあんたはアステリア王女殿下ニャンね。お会いできて光栄ニャ」

「どうも。早速だけど、きみ達の目的は何?」

「話す必要はあるのかニャ? どうせ殺されるに決まってるニャ。あんたはそういう冷酷な人間ニャ」

「失礼な。もちろん一定の罰は受けてもらうけれど、私だって情状酌量くらいはするよ」

「ホントかニャぁ」

「話さないなら単なる盗賊と見なし、きみの言う『冷酷な人間』らしい判断をするしかなくなる。お勧めはしないかな」


 黙り込んだリルの瞳をじっと睨みつける。

 やがて彼女はため息をつき、口を動かした。


「ま、あんた達に罪を自覚させてやるのも悪くないニャ」

「まるで私たちの方に非があるみたいな……」


 と言ったところで、リルは笑みを消し去り、冷たく私を睨み返した。


「ねえ、分かるでしょ? リルはネル……妹の仇を討ちに来たんだよ。だからあんたの屋敷を襲ったの。勿論、私怨でみんなを戦わせる訳には行かないから、盗賊団としては『略奪目当て』ってことになってたけどね」


 彼女の言葉を聞いて、私もライルも驚きを露わにしてしまった。

 ネルには姉が居たのか。道理で似ている筈だ。

 まさかあの日、あの子を救ったことがこのような事件と出会いに繋がるとは。

 運命の悪戯か、或いは人の意志が招いた結果か。

 何にせよネルの姉だというのなら、あの子の為にも誤解はちゃんと解いておくべきだ。

 と、そんなことを思っていると、先にライルが口を開いた。


「待ってくれ! 確かに見方によっては俺たちがネルを殺したと言えるのかも知れんが、別に好き好んでそうしたんじゃない!」

「言い訳?」

「あんた知らないだろ? あの子はな……呪血病末期だったんだよ……」


 ライルが率直に真実を告げると、リルは目を見開いて唖然とした。

 それから徐々に眉間に皺を寄せていき、しばらく何も言わずにただライルの顔を観察する。

 そうしたことで彼の言葉が嘘ではないと察したのか、今度は眉尻を下げた。

 ネルの両親は呪血病で死んでいる。そして、呪血病を早期発症させた者の子は同じ運命を辿る可能性が高い。

 きっとリルは両親の死因までは掴んでいたのだろう。だからこそ真実を拒絶できず、絶望しているのだ。


「……そ、そんなの有り得ない」

「短い間だったけれど、ネルは俺たちの仲間だった。出来ることなら救ってやりたかった。もっと一緒に居たかったさ」


 ライルはそう言った後、ネルとの出会いから別れまでの経緯を滔々と語った。

 それを聞き終えたリルは「今まで何の為に……これからどうすれば……」とだけ言い、力なく項垂れた。

 この子は愛する家族の死を知って「もはや幸せを取り戻す道はない」と悟り、私たちに復讐することだけを生き甲斐にしてきたのだろうな。身につまされる話だ。

 そっとしておいてやりたい気持ちにもなってきたが、まだ聞くべきことはある。

 目的は分かった。次は方法だ。

 私が幾つかの質問をすると、もはや隠しておく気も失せたのか、リルは淡々と全てを打ち明けた。


 どうやらリルはライングリフに嵌められ、自身の率いる盗賊団員らと共にソドム送りにされたらしい。

 彼女達はそこで武具や魔物を凶暴化させるための危険薬物を入手。そして脱走し、ブレイドワース辺境伯領を攻撃したという。

 やはり今回だけでなく以前に起きた魔物の襲撃も彼女たちの仕業であったようだ。一度目は薬物の効力をテストする為に投与の量を抑えたとのことで、魔物の洗脳が完全ではなかった為にチャペルの制御魔法が通じたのだろう。


 しかし、この話は妙だ。

 ソドムは「魔族や半魔の保護地区」ということになっているものの、実態としては各国の主流派にとって都合の悪い存在や犯罪者を種族に関係なく強制連行する「流刑地」のような場所である。

 従って、そこに盗賊が放り込まれること自体に違和感はない。

 不自然なのは、住民が弾圧されている筈のソドムで武具や危険薬物が流通しているという点である。しかも送られてきたばかりのリル達がそれを入手し、あまつさえ脱走したと語るのだ。

 この点を指摘し、一体どういうことなのかと聞いてみれば、これらの物資を流したのはソドムに駐屯している兵士だというではないか。

 彼らの意図はリルにも分からないようだが、何かに利用されたことはまず間違いない。

 この戦いはまだ終わっていない。ソドムに蠢く陰謀を暴かねば――と考えたところで、私は一つ発想した。


「リルちゃん。きみと仲間たちの処遇を決めたよ」

「……どうするつもり?」

「みんなには罰として私の奴隷になってもらうからよろしく。ああ、奴隷と言っても衣食住はちゃんと保障してあげるし、無茶な仕事をさせるつもりもないから、その点は安心して」

「それって……」

「生きる理由、あげるよ。きみやネルちゃんをこんな目に遭わせた世界に復讐しよう……私と一緒にね」


 リルが見上げる。虚ろになっていた目には再び光が宿っていた。

 そんな彼女に私は手を差し伸べるのであった。

 

 リルならばソドムに問題なく潜入出来るし、それを差し置いてもライルによればかなりの実力者だったらしいから利用価値は充分にある。

 いや。本音としては、ネルとの繋がりの証を手元に置いておきたかったのだ。

 


 後日。私とライルは会議室に皇帝家親子とアルケーを呼び出し、「新しい仲間」として釈放済みのリルを紹介した。

 加えて、皆に或ることを伝えようと思った。

 前々から考えていたことだけれど、話を切り出すには良いタイミングだろう。


「私たちが仲間として今まで以上にうまくやっていく為に、組織名を付けようと思うんだ」

「パーティ名みたいなもんだろ? 良いんじゃないか?」

「確かに、帰属意識を高めたいなら名前は必要ニャンね。で、もう考えてあるのかニャ、『ご主人様』」


 ライルに続いて嫌味ったらしく言うのはリルだ。一日経った今、少なくとも表向きは気力を取り戻しているようだ。勿論、内心では未だ整理が付いていない部分もあるのだろうが。


 私は一呼吸置いた後、その名を皆に告げた。


――《アド・アストラ》。

 

 意は「星の彼方へ」。

 かつての《魔王軍》が目指したものではない。今のラトリアが目指すものでもない。全てを否定し、全てに復讐し、全てを破壊する。

 きっとその果てに、誰も知らない(せかい)はある。

 私はそこに辿り着きたいのだ。

 


*****



 地上。神々の住まう、偽りの楽園。

 部屋の中央の円卓には十二の席があるが、腰掛けているのは七人だけであった。

 セナ、ユウキ、レイジを転生させた銀の髪の女神「理亜」は今、ここには居ない。彼女と親しげに話していた少女「フィーネ」も同様である。


「……まだしばらくは静観かい?」


 そう問うのは柔和な雰囲気の青年、《聖律天》クラーク。

 答えるのは白髪を伸ばした中性的な美男子、《神空天》アレーティアだ。


「ああ。アダムはよくやってくれているよ。私自身の手で生成、調整した甲斐があった」

「良かった。何もないのであればそれに越したことはないからね……ヴァルター、クラムメルク、レーナフェルトは不満そうだけれど」


 クラークは自身が名を呼んだ三人の顔を順番に眺めた。それぞれ「現代世界の軍人風の服を着た屈強な男」「踊り子のような衣装を纏った幼い少女」「理亜やフィーネのように未来を思わせる服装をした赤髪の女性」といった、まるで統一感のない容姿である。

 しかし、その表情は一様に不満げであった。


「……俺のことは言わずとも分かっているだろう? そろそろ飢えを抑え切れなくなりそうだ」

「クラムも~~! 退屈すぎる~~!」

「アダムの監視下にあるレインヴァールはともかく、アステリアはどうなんだ? 私には危険に思えるが」


 レーナフェルトと呼ばれた女性の言葉に反応するのは眼鏡を掛けた神経質そうな男――《風解天》ハウラス――と、水色の髪をツーサイドアップにした少女、《闇影天》ニーナだ。


「お、俺も同感だ。あの女……理亜が信用できん以上、転生者も信用できん!」

「魔王戦争の二の舞になる可能性もありますので。始末しておくのが無難かと思いますので」


 六人の視線がアレーティアに集中した。その様子からは、この場におけるリーダーが彼であることが読み取れる。

 彼は軽く咳払いをすると、感情を感じさせない微笑みを崩さないままに言った。


「私が許すまで手を出してはいけないよ。神たるもの、本当に必要な時以外は黙しているべきだ。それに、私たちが不用意に動けば今度こそ世界は滅んでしまうかも知れないからね」

これにて第十章は完結です。次章「流刑都市ソドム」編をお楽しみに。


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