10章4節:ライルの特訓
ライルに《迅雷剣バアル》を貸与してから数日。
既に彼は電撃や刃の伸長といった能力を安定して発動させられるようになり、目標に命中させる精度も充分なものとなった。
私がやったことと言えば練習台を用いた訓練メニューを用意したり、動く対象に攻撃を当てる練習の相手になってやっただけだ。
そもそも私はあの剣を入手した当初からリーズに預けていたので、剣術を使わないのであれば大して教えられることはない。
つまり、これは彼自身の才能、或いは暗殺や《術式》による射撃を行ってきた経験の賜物である。
私の見立ては正しかったな。ライル本人としてはリーズのように真っ向勝負を挑めないことに悔しさを感じている部分もあるかも知れないが。
さて。能力制御の方はもう充分と思い、新しい訓練をすべく、私は早朝からライルを叩き起こした。
場所は相変わらず私の屋敷の庭。周囲には電撃や刺突でボロボロになった木製の訓練台がある。
「今日は実戦形式でやってみるよ。昼になるまでに一度でも私に攻撃を当てたらライルの勝ちね。分かってるとは思うけど、その剣じゃ私は傷つけられないから遠慮はしないで」
「確かにこれの使い方は分かってきたが、それでもあんたに当てるのは少し厳しくねえか?」
「安心して、ここで今すぐ戦う訳じゃないから。午前中は仮設住宅を回って挨拶することになってるから、周りに被害を与えない限りは自由に不意打ちでも何でもして良いよ。それがきみの本領でしょ?」
そう言って私は地図を見せた。訓練に使うのは領地周縁部の中でも、旧帝都への道に繋がっているエリアだ。
あの辺りには、まだここに来たばかりで正式な住居も仕事もない難民が多く暮らしている。
「なるほど……なんか領民たちを驚かせちまいそうだな」
「そうなったら私から説明しとくから。それに、たくさんの人の目を掻い潜ってターゲットだけを的確に狙うのも訓練だよ」
「仰る通りだな。あ、バアルを使う練習とはいえ、《術式》も直接攻撃に使用しないなら有りだよな?」
「もちろん。それじゃあ開始っ!」
***
訓練開始後、四時間ほど経過したが、未だにライルは襲ってこない。
まあ、このまま制限時間を迎えてしまっても仕方ないか。
実際のところ、この課題はかなり困難なものだった。
仮設住宅は決して広くない上に住人も多いから、それこそ建物ごと《術式》なり落雷なりで破壊でもしない限りは安全地帯となる。実戦ならともかく、今回に関してはルール違反だ。
私はライルの顔をよく知っているので難民に紛れるのも容易ではない。
となると、私は外を移動している間だけ警戒を維持すれば良い訳で、幾らライルが気配を遮断したとしても敵意を向ければ直感で察知できる。
あいつもそれが分かっているから、襲撃するタイミングを見出だせずにいるのだ。
「うーん……いきなりハード過ぎたかな、これは」
そんなことを呟きながら仮設住宅を出た時だった。
突然、轟音と共に空が爆ぜた。
辺りを歩いていた領民と同じように爆発した方向を見る。
まさか盗賊団かテロリストか何かによる襲撃?
――と、意識の先を周囲からその一点に変えた僅かな隙を、彼は見逃さなかった。
後ろ首に剣先が当たる。それが私の肌を裂くことはないが、勝敗は決してしまった。
振り返ると、少し離れたところにある木の陰から飛び出たライルが両手で剣を持ち、バアルの刃を伸長させていた。
剣の構えこそ酷いものだが、そこそこ距離があるのにも関わらず狙いは正確だ。あれが《乙女の誓い》の支配下になかったなら私は首を刺し貫かれて死んでいた。もし外していたとしても、剣から電撃を放たれたら避け切れなかっただろう。
「……やるじゃん」
「よっしゃ! いや~、まるで隙を見せてくれなくて焦ったぜ……」
得意げな顔でガッツポーズをするライル。
彼が全く動揺していないのを見て、私は状況を察した。
「あれ、ライルがやったんだよね?」
「《発破》でな。誰も巻き込んでないし、直接攻撃には使ってないから問題ないだろ」
「誰か攻め込んできたんじゃないかって一瞬びっくりしちゃった」
「悪りい。でも、そう思わせるくらいのことをしないとあんたの注意を逸らすのは無理だと思ってな」
「なはは。ルールには則ってるから大丈夫。とにかく、きみの勝ちだよ。その剣、ずっと持ってて良いから」
これなら即戦力として申し分ない活躍が出来ると思ってそう伝えると、ライルは「マジかよ!?」と言い、心の底から嬉しそうに笑った。
この剣と元の持ち主である私の親友に対する感情が伝わってきて、こっちまで嬉しくなる。
「リア……! ありがとう!」
ライルは私の手を握って感激を示した。
そんなやり取りをしていると、帝都方面から随分と慌てた様子の衛兵が走ってくる。
「あっ、領主様!」
「どうしたの?」
「凶暴化した大量の魔物が押し寄せて……! 今はまだ我々だけで抑え切れていますが時間の問題かと……!」
その報告を聞いて、私は以前にあった同様の出来事を想起していた。
空洞域以北の平原にはもともと魔物が多く生息している。そして人が居住している、つまり食料が豊富な地域で隣接しているのは帝都と我が辺境伯領だ。襲うのであれば当然、城壁がなく守りが手薄な田舎の集落である後者となるだろう。
それは分かるのだが、にしたって同時に大量の魔物が襲来するというのは何か作為めいたものを感じずには居られない。
いや、原因を考えるのは後で良い。今は対処することに専念しよう。
「ライル! アルケー、あとチャペルとアウグストも呼んできて! 私は前に出て応戦してるから!」
「分かった、すぐに連れてくる!」
アルケーは怪我人の治療担当。
チャペルには以前と同じく魔物を鎮めさせる。それでも収まらなかった場合に備え、優れた剣士であるアウグストにも来てもらう。