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10章1節:盗賊の少女

 その少女は、行方知れずとなった家族を捜し求めていた。

 父と母、それと妹。

 幼い頃は辺境の村で共に貧しくも穏やかに暮らしていたが、ある日、村に盗賊団がやってくる。

 少女は家族を逃がす為に自ら囮となり、捕らえられて人身売買組織に売り飛ばされる。

 その後、辛うじて買い手のもとから脱走できたものの、金も身寄りもなく故郷への帰り道も分からない彼女は、たった独りで生きていくことを余儀なくされた。


――と、ここまでならば取り立てて語るほどのことでもない。荒んだ世界に生まれた下層民にはよくある境遇だ。

 だが、少女は不撓不屈の精神と、類稀な「生きる才能」を有しているという意味で特別であった。

 彼女は何の躊躇いもなく娼婦に身をやつし、他者に媚びて愛される術を自然と身に付けた。

 同時に詐欺や盗み、暗殺の技も。

 生きる為、いつか家族と再会する為にプライドと良心の一切を吐き捨て、あらゆる犯罪行為に手を染める。やがてその悪辣さや女としての魅力が評価され、とある盗賊団からのスカウトを受けることとなった。

 それからは比較的生活が安定し、家族に関する情報を集める余裕も出来た。とはいえ、失踪も死も日常茶飯事である下層民の行方など、そう簡単に掴めるものではなかったが。


 魔王戦争終盤。ルミナス侵攻が始まると、これを好機と見た盗賊団はラトリア周辺での活動を強める。

 その中で少女は多くの成果を挙げたことにより、団員達から認められて盗賊団の首領となった。

 彼女は立場を活かし、多数の協力者をかき集めてラトリア王都を調査させた。

 そして戦争の決着が付き、連合軍が凱旋してからそう経たない頃、ようやく家族の情報を得ることに成功する。

 しかし、その内容は少女が求めていたものではなかった。

 父と母は王都のスラムに流れ着いて妹と共に暮らしていたものの、何年か前に呪血病によって死んでいたのだ。

 残された妹はそれからしばらくスリや乞食、残飯漁りをして一人で生き抜いていたそうだが、そんな彼女も冒険者パーティ、《ヴェンデッタ》によって殺されてしまったのだという。

 《ヴェンデッタ》は終戦に伴って解散した序列入りパーティである。リーダーが実はラトリアの王女であり、他の三人も近衛騎士だったという話は世間を騒がせている。

 以前から実力の高さを評価されていた一方、邪魔者は容赦なく殺す残虐性を有しているとも聞いていたので、少女は「彼らが妹を殺した」という情報について何ら疑問に思わなかった。

 否、信じるしか道は残されていなかった。

 ずっと捜していた家族がもう居ないというのなら、もう生きる理由は一つしかない。

 こうして少女は、《ヴェンデッタ》のメンバーだった者達を皆殺しにすることを誓った。


 各メンバーの所在について調べたところ、リーズは戦死、ライルは旅に出ていて行方不明だそうだ。

 ウォルフガングは近衛騎士団長だ。大抵の場合、王族や他の騎士と共に王都に滞在しているだろう。

 一方でアステリアは普段、辺境の領地で暮らしているらしい。そこに攻め込むのは王都で騎士団長を襲うよりもずっと現実味がある。加えて、この戦いに勝てれば領地を乗っ取れるのだから、盗賊団の仲間達をやる気にさせるのも難しくない。

 従って、少女はまずアステリアを狙うことにした。

 勿論、辺境とはいってもそれなりに衛兵を置いているだろうし、何より「魔王を倒した」とされるアステリア個人の強さを思えば勝算が乏しいのは否めない。

 その為「もうしばらくは物資集めと勢力拡大に専念しなければならないだろう」と彼女は判断した。

 こういった、目的を果たす為に長期間堪え忍ぶ慎重さは、今まで少女の成り上がりに大きく貢献してきた。

 しかし、そんな精神性が仇となってしまう時が訪れる。


 ある日、フード付きマントで頭を覆った少女は数十人の団員と共に森に潜み、木々に囲まれた街道を観察していた。

 このような場所は盗賊にとって絶好の襲撃スポットであるし、実際、彼女たちもそれを目論んでいる。

 しかも、周辺都市における商人の動向を把握し、彼らがこの辺りを通過する日付や時間を割り出した上でだ。


「ん~、そろそろかニャ……《鋭敏(アキュイティ)》」

 

 少女が感覚強化の《術式》を詠唱する。

 それから少しして、隣に座っている赤肌の巨漢が彼女に声を掛けた。


「どうだ、(あね)さん。来てるか?」

「荷馬車四台、それと護衛が乗ってるのが一台。あんた達だけで問題なく制圧可能な規模ニャンね。こっちは周囲を警戒してるからよろしくニャ」

「はいよ。いや~、『財団』所属の商人ってことは相当良いもん運んでるだろうし、こりゃ楽しみだぜ」

「浮かれるのは上手くいってからにするニャ」

「おっと、悪い悪い」


 二人が口を閉ざすと、静寂の中、馬の足音と車輪の音だけが広がる。

 やがて隊商が近づいたところで、少女は「3、2、1、行けニャ!」と合図を出し、それに合わせて赤肌の魔族が街道に躍り出た。

 馬車の中から彼を見た護衛の傭兵らは初めて状況に気づいたものの、手遅れだった。

 他の仲間達もまた続々と森から姿を現し、隊商を取り囲む。

 少女の仲間は人間、獣人、半魔、魔族と多様であった。金品の強奪という最悪の目的のもと、彼らは種族の差を越えて団結しているのだ。

 盗賊たちは護衛が出てくるよりも早く乗用馬車に乗り込み、瞬く間に制圧。

 武具を剥ぎ取っていくが、命までは奪わない。もちろん良心ゆえのことではなく、人身売買組織に引き渡す為だ。金は命よりも重い。それは、かつて少女が身をもって体験した、この生き地獄の理である。

 

「ハッ、余裕過ぎじゃん。もう来て良いよ姐さん」


 盗賊の一人、十二歳ほどの半魔の少年が少女に向かって手招きをする。

 それに従って森から出てきたところで、少女は言い知れぬ不安を覚えた。

 感覚強化によって、周囲には仲間と隊商しか居ないことが分かっているのに。

 少女はこれまでの経験から、こういう本能的な感覚には従うべきだと考え、すぐに「みんな、この場から離れるニャ!」と叫んだ。

 だが、間に合わなかった。

 逃げようとした者が、辺りを囲うように形成された半透明の壁に阻まれる。

 その直後に突風が吹き荒れ、何人もの仲間がその壁に叩きつけられていく。

 少女は街道の先を見た。そこに立っていたのは最強の冒険者パーティ、《夜明けをもたらす光(デイブレイク・レイ)》。そしてラトリアの実質的指導者ともいわれる第一王子ライングリフと護衛の騎士達であった。


「どうやら例の盗賊団で間違いないようだ。アダムはそのまま結界を維持。レインヴァール達は奴らを生け捕りにしてくれ。噂通りならば多少は腕が立つのだろうが、あなた方であれば造作もないだろう」


 ライングリフは美しい金の長髪をなびかせながら、少女達に冷たい視線を向けた。

 彼の言葉に答えるのは、どこか不満げな表情の《勇者》、レインヴァールだ。


「……言われなくても。どんなに悪いことをした奴でも生きて反省し、やり直す権利はある」


 絶望的な光景を前に、少女は思わず苦笑いをしてしまった。

 確かにここ最近は盗賊団にしては力をつけ過ぎていた、言い換えれば目立ち過ぎていたような気もするが、だからって第一位やライングリフに目を付けられるなんてあんまりだ。


「お前たち。武器を捨てて投降しろ。そうすればお互いに無駄な争いをせずに済む」


 ライングリフの呼びかけを無視し、少女はマントの内側で短剣を抜いた。

 黙って従う選択肢などなかった。彼は交渉や籠絡が通じるような温い相手ではない。待っているのは処刑か、それよりも酷い結末だけだ。

 第一位も騎士たちもライングリフの指示で動いているように見える。ならばあいつを殺せば事態を切り抜けられるのではないか。

 少女はまだ無事な仲間達に視線だけで指示をした後、自身に対して《隠匿(コンシール)》を使用。

 仲間達は彼女の意図を正確に汲み、近くに居た商人らを人質に取った。


「そっちこそ失せな! こいつらを殺しちまっても良いんだぜ!?」


 少女は、このような脅しが通用するのはせいぜいレインヴァールくらいだろうと理解していた。

 だが少なくとも、意識を自分から逸らすことは出来る。

 狙い通り、一瞬だけ皆が人質の方を見た。その隙に距離を詰め、ライングリフの心臓に短剣を突き刺そうとする。

 しかし、他でもないレインヴァールが立ち塞がって障壁を展開、刺突を防いだ。

 気配遮断がまるで意味をなしていない反応速度である。

 彼からは迷いが感じられなかった。「人質など問題ではない」とでも言いたげだ。

 それもその筈。彼には、自身や触れたものを瞬時に移動させられる力を持つ仲間、レイシャが居るのだ。

 動揺する盗賊たちをよそに、彼女は能力を使って手早く人質を確保していった。


「《幻影(ファントム)》……!」


 少女は焦りを募らせながらも詠唱、自身の幻を四つほど生み出し、レインヴァールの脇を潜り抜ける。

 彼はさっきまで目の前に居た少女が幻に変わっていることに気づいて振り向いたが、どれが本物だか分からない。

「これは仕留めたか」と少女が確信したとき、レインヴァールが「アイナ!」と仲間の名を呼ぶと、彼女は手をかざして強風を発生させ、砂を巻き上げた。

 その風と砂の動きを見てレインヴァールはどれが幻かを即座に判別し、ライングリフのすぐ傍まで迫っていた少女を横から剣の腹で殴り飛ばした。

 宙を舞い、短剣を落としてゴロゴロと転がっていく少女。

 衝撃でフードが脱げ、両サイドで纏めた茶髪と猫の耳が露わになる。彼女は獣人であった。


「レインヴァール、アイナ。他の連中も適当に黙らせておいてくれ」


 ライングリフは二人に指示すると、おもむろに少女のもとへ歩いていった。

 さっきまで命の危機にさらされていたとは思えない、堂々とした足取りだ。

 少女はもはや抵抗など無意味だと悟り、ただ作り笑いをしてライングリフを見上げた。

 戦っても脅しても媚びへつらっても無駄。どんな苦境も乗り越えてきた彼女がそうやって諦めるほど、この者達には「別格だ」と感じさせるものがあった。


「……殺すニャ?」

「殺しは好きではない。人道にもとるし、生産的ではないからな」

「人道ねぇ。あんたみたいなのがよく言うニャ」

「なにやら誤解されているようだが、まあいい。お前たちにはある場所に行って、そこで保護を受けてもらう。わざわざこうして商人達の日程を流してお前たちをおびき寄せたんだ、大人しく従ってくれると有り難い」

「まんまと罠にはめられたって訳ニャ……で、どこに連れて行かれるニャ?」

「旧ルミナス帝都、現在の名を『ソドム』だ」

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