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9章5節【9章完結】:孤独へ向かう道

 各勢力への介入および相互監視を目的として、聖団が後ろ盾となる形で十三人の《権限》所有者によって結成された独立治安維持組織――聖人会。

 これが生まれたことがこの先、どう世界を左右していくのかはまだ分からないが、何にしても私の立場を保証するものが一つ増えたと見て間違いないだろう。

 私は未だ、社会的地位の面で次期国王の最有力候補たるライングリフに大きく劣っている。その為、多少のしがらみを抱えてでも権威を高めねばならないのである。

 

「聖人」の称号を授与する式典の予定合わせや各種書類のチェックなどの雑事、その後の晩餐会を経て聖人たちはひとまず別れることとなった。

 あまり長いこと領地を留守にしたくはないので私はすぐに馬車を手配した。

 出発まで少しだけ時間が出来たので、ウォルフガングに声を掛ける。

 ちなみに彼はレティシエルの護衛のため今日は聖団領に滞在するらしい。ただ近衛騎士としての職務に忠実なだけなのだけれど、彼に父性めいたものを感じたこともある身としては少しだけモヤモヤするな。


「リアか、こうして二人で話すのは久しぶりだな。元気にしているか?」


 ウォルフガングが言う。ばつが悪そうなのは王女である私に対してラフに口を利いている為か。勿論、こうするよう指示したのは私である。せめて私的に話している間くらいは冒険者時代のようでありたかったのだ。


「うん、慣れない領主生活でも何とか上手くやってるよ。そっちは?」

「陛下は日に日に弱りつつある。七年前のこともあるし顔を合わせづらいのは分かるが、たまにはプライベートでも会ってやってくれないか」

「別にクソ親父なんてどうでもいいって。私が聞きたかったのはウォルフガング自身のこと」

「……俺みたいな年寄りには勿体ないくらい健康だよ。あと十年は王家の方々の為に働けそうだ。それより晩餐会でも話していなかったのを見るに、まだルアとは仲違いしているのか?」

「まーね。でも仕方ないよ……『ソドム合意』、私は良いやり方だとは思わないけど、ルアちゃんの言い分もわかるもん」


「戦勝国でルミナスの帝都を共同統治し、魔族や半魔の保護地区『ソドム』とする」という内容の合意。

 これが成立したことで各地の魔族や半魔が旧帝都、今のソドムへと強制連行され、厳しい弾圧の下での生活を余儀なくされている。

 それどころか、実際には魔の血を引いていない者までもが治安維持を名目にソドム送りにされた例もある。

 捕らえられた者が無事に都まで辿り着けたならばまだ良い方で、旅の途中では食事も休憩もまともに与えられないから野垂れ死ぬ者も多いと聞く。

「保護地区」などと人道主義の皮を被ってはいるが、こんなものは権力者が自身にとって都合の悪い者を放逐、処分することを正当化する為の方便でしかないのだ。

 そして、これを発案したのはライングリフを中心とするラトリアの国家主義寄りな王侯貴族であり、ルアもその一人である。

 現在、ルアの支配するレヴィアス公領の治安は先代公爵の掲げた融和政策の影響で悪化しており、彼女はその逆を行く、つまり領内の魔族や半魔を積極的に排斥することで秩序を取り戻そうとしている訳だ。

 私だって「美しい観光地だった頃のレヴィアスを見てみたい」と願ったことはある。しかし、このやり方は幾らなんでも性急かつ強引すぎやしないか――そう思って反発したのだが、結局はライングリフ派に押し切られてしまい、私とルアの間には不和だけが残った。

 私たちが疎遠になったのは決して単なる成り行きではない。出来れば昔のままで居たかった。私も、きっと向こうも「このままでは良くない」とは思っているのだが、会ったところで何を話していいか分からないから、お互い避けざるを得なくなっているのだ。


 掛けるべき言葉が見つからないのか、しばらく沈黙するウォルフガング。

 この人はきっと私以上に私のことを気にしているのだろう。とはいえ、それならば触れないでいてくれた方が助かる。

 こちらにもあの子にも、共に修羅場を潜り抜けた友人にすら譲れないものがあって、その点において和解することはどうせ出来ないのだから。


 私はウォルフガングが口を開く前に話題を変えた。


「ねえ、レティシエルの奴が何を考えてるのか知ってる? どうして『聖人会を結成しよう』なんて提案をしたのかなって」

「特にお考えを耳にしたことはないな。俺が詮索することでもない」

「推測でもいいから」

「……もしかすると次期女王になろうとお考えになっているのかも知れん。現状、継承順位で言っても各界からの支持率で言っても次の王となるのがライングリフ殿下なのは明白だ。となると何か、あの御方には無い独自の強みが必要になる」

「ふぅん。じゃあ、レティシエルが私を巻き込んだのは『お前なんか眼中にない』ってことなのかな」

「……悪いがこの辺で勘弁してくれ。これ以上は何を言っても不敬になりかねん」

「心配性なんだから……っと」


 もう少し話していたかったが、そろそろ時間だ。

 私はウォルフガングに別れを告げ、馬車に乗り込んだ。


 この一年で私はかなり孤独に近づいたような気がする。

 自分を王女や領主として慕う者こそたくさん現れたものの、心は少しも満たされない。

 この虚しさは何なんだろう。 

 ウォルフガングもいつか傍から離れていくのだろうか。或いは既にそうなっているのか。

 

「……はぁ。私、今更なに考えてんだろ。だっさ」


 馬車と沈み切った感情に揺り動かされながら、一人呟くのであった――。



*****



 その日、ラトリア国王は普段以上に体調を悪くし、朝から晩まで臥せっていた。

 毛布に吐血する度に使用人を呼んで交換させている。

 医者によればこのまま処方された薬を飲み続けていれば快方に向かうそうだが、彼には信じられなかった。

 いつからか急速に衰弱し始めた国王は体力だけでなく自信も失い、すっかり悲観的になってしまっていた。

 もともと王妃や優秀な子どもたちの言いなりであった面のある彼だが、今や「妻や子どもたちに軽んじられているのではないか、惰弱な王として切り捨てられるのではないか」という不安に日々怯えている始末だ。

 彼が「ウォルフガングは命令に逆らってまでエルミアとアステリアを王家の一員として救いに行った。あれほどの忠誠心の持ち主ならば私を見捨てるようなこともしないだろう」と考え、近衛騎士への復帰を求めたのもそういった理由である。


「済まぬ……エルミア……」


 王は頭を抱え、か細い声で嘆いた。

 実のところ、彼がエルミアへの愛を忘れたことはなかったのだが、王妃と子への配慮や世間体から、彼女とアステリアを冷遇せざるを得なかったのである。

 故に彼は王都占領以降、しばしば遅すぎる後悔に苛まれていた。


 もうこの世には居ない、自らが捨てた妻の姿を思い起こしていると、突然ドアが開く。

 そこに居たのはエルミアを犠牲にして彼が選んだもの――王妃だった。

 

「あなた、お体の方はよろしくて?」


 気遣う妻に対し、王は乱暴な口調で答える。


「形だけの慰めなんぞ要らん! 本当は私のことなどどうでも良くて、義務感でやっているだけなのだろう!?」

「そんな言い方しなくても……! 私も子どもたちも凄く心配しているのよ!」

「うるさい! 一人にしてくれ……」


 拒絶された王妃は退くどころか、王の傍に座って彼の手を取った。


「大丈夫……きっとすぐに良くなるから安心して」


 優しい声色でそう言われた王は結局、妻を部屋から追い出すことを止めた。


 ラトリアの王は精神的に不安定になっていた。

 今の彼の姿を見れば誰もがこう思うだろう――「もはやこの男に王としての務めは果たせない」、と。

これにて第九章は完結です。次章「《アド・アストラ》」編をお楽しみに。


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