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9章2節:ブレイドワース辺境伯の一年間

 仕事が一段落ついたのでベッドに潜り込む。

 私は心地良い温かさと静けさの中で、矢のように過ぎ去っていったこれまでの出来事を順番に振り返ることにした。



 まずはリーズと別れた直後からだ。

 この時、私はさっそく厄介事にぶち当たっていた。

 予定外の同行者、つまり皇帝アウグスト、チャペル皇女、アルケーをいかにしてラトリア王国まで連れて行くかという問題だ。

 王都に戻る連合軍から離れて独自に行動出来れば話は早かったのだが、王女に戻った身ではそうもいかない。

 かといって「自力でラトリアまで来い」とも言えない。野垂れ死ぬか、戦いから逃れた帝国人や《魔王軍》の残党と合流されるかのどちらかだろう。

 他の捕虜に紛れさせることも出来ない。もちろん外套で顔を隠させるが、周りにたくさん人が居れば誰かは正体に気づいて騒ぎを起こしかねない。

 そこで、「奴隷として利用する目的で個人的に捕らえた」という扱いで手もとに置いておくことにした。

 ただ、共に帰還するウォルフガングやライル相手に隠し通すのは無理があるので、二人には初めから事情を説明しておいた――「彼らをこのまま引き渡すと間違いなく処刑されるので保護した」、と。

 ウォルフガングは「国王のもとで正当な裁きを受けるべきだ」と主張したし、ライルもライルで「あんなやつら処刑されればいい」と憎悪を露わにした。

 両者ともに大切な人を《魔王軍》との戦いの中で喪っている訳で、気持ちは痛いほど分かるのだが、それでも私は何とか説得し、この事実を口外しないことも含めて渋々ではあるものの受け入れさせるのであった。



 あともう一つ。話がまとまって王都に帰還しようとしたところで、《夜明けをもたらす光(デイブレイク・レイ)》が私の前に立ち塞がった。

 まあ当然と言うべきか、彼ら全員が私を鋭い視線で刺し貫いてきた。その理由はそれぞれ違ったけれど。

 ユウキは私が魔王を殺し、そのうえ人々の注目を集める為に利用したことに対して怒った。それと、王女なのを隠していたことに対して「言ってくれればこんな形で公表せずとも助けになれたかも知れないのに」、と。

 言えるわけないだろう、こうなった原因はユウキ達が懇意にしている王家にあるんだから。

 アイナとレイシャはユウキを悲しませたことに対して怒った。彼は「魔王が実は旧友であった」ということを仲間に打ち明けていないようだが、それを抜きにしてもあいつは元々争いを好まない気質だから、二人はユウキの悲しみを全てではないにせよ共有していた。

 アダムはユウキが英雄としての権威を高める絶好の機会を私が横から掠め取ったことに対して怒った。あのエルフは一貫して「ユウキを成り上がらせること」に執心しているように見える。

 私が彼らの「正当な怒り」を黙って受け入れていると、ユウキは最後にこう言った。


「……これから君とどういう風に接して良いのか分からないよ」


 なんだかほんの少しだけ胸が痛い気がしたけれど、私は強がって昔みたいな返しをする。


「別に『傍に居て』なんて望んでない。幻滅したのなら距離を置いてくれればいいよ」

「前にも同じようなことを言ったよな」

「私の気持ちはあの時も今も変わらない。やっぱり私ときみは合わないんだよ」

「それなら僕だって変わらない。たとえ正反対でも君のことを嫌いになんかなるもんか。でもさ、これだけは駄目だろ……! 君だって本当は良くないことをしたって分かってるんだろ!」

「……きみに私を咎める権利なんてないよ。じゃあ、もう行くから」


 私は逃げるようにユウキ達の脇を通り過ぎた。

 これで間違いなく彼らとの関係性は悪化した。何を利用してでも魔王を討たねばならなかった以上は必要経費とはいえ、心苦しいものがあるのも確かだ。



 時は王都帰還後に移る。

 帰ってきて早々、私は挨拶のため王城に行くこととなる。

 同行するのはウォルフガングのみで、王族に悪感情を抱いているライルは面会を望まなかったので宿でチャペルたちを見張ってもらった。

 一応「もし近衛騎士に戻る気があるなら嫌でもあいつらと会ってそのことを伝えた方が良い」と言っておいたが、彼はこう語ったのだ。


「拾ってくれたウォルフガング先生への恩義を思えば戻るのが筋なんだろうけど、別の生き方もあるんじゃないか……ってな」


 ライルは今後の人生について考えあぐねている様子だった。

 実際のところ、冒険者活動で相当な金を稼いできたから、パーティの共有財産のうち彼の取り分だけでも残りの人生、殆ど働かず生きていける筈だ。

 となると、ウォルフガングやリーズと違ってもともと王家への忠誠心が無かった彼に、あえて近衛騎士なんかに戻る理由が無いと言えば無い。

 ならば私兵として雇おうかと一瞬だけ考え、すぐに止めた。

 勿論、これからも仲間として共に歩んでくれるなら嬉しい。でも彼はその繊細な性格からしたら酷な程に重すぎるものをいっぱい背負ってきたんだ、これ以上は求められない。

 だから「ゆっくり考えていいよ。どんな答えを出しても否定しないから」とだけ伝えた。

 ウォルフガングも同意見だったようで「恩義を感じてくれているのは有り難いが気にするな。お前の人生だからお前の好きに決めるのがいい。今のお前にはそれが出来る強さがある」と言っていた。

 二人して突き放す形にはなってしまったけれど、独りで静かに悩む時間も必要だろう。ライルは向かう先が決まり切っている私やウォルフガングとは違うのだから。


 六年ぶりに懐かしの王城に帰るなり、父はやせ細った身体で私とウォルフガングを弱々しく抱擁する。

 「最初は私の生存を疑い『なりすましか何かだろう』と考えたが、こうして対面して本物だと確信した」とのことだった。

 胡散臭い笑みを浮かべて私たちを歓迎するフリをしている王妃や兄、姉とは違って、父だけは本気でこの帰還を喜んでいるように感じられた。

 いかなる心境の変化があったのかは分からない。何にせよ調子の良いことである。


 私はウォルフガング達の助けにより辛うじて占領された王都を脱出できたこと、その後も冒険者として「ラトリア王国圏の平和を取り戻す為に」活動していたこと、名声を高めた後でなければ偽者扱いされるのは明白だったので簡単には戻ってこられなかったことを伝えた。

 挨拶を終えると、次は父に三つの要求を行った。

 一つは私とウォルフガング、ライルの墓を撤去すること。そして、母とリーズの葬儀を改めて行うこと。所詮は残された側の自己満足に過ぎないにしても、これくらいはしてやりたかったのである。

 二つ目は私を王室に復帰させるだけでなく、ウォルフガングを再び騎士団長にすること。ライル本人が希望した時には彼も近衛騎士に戻してやること。これらに関しては要求するまでもなく、元よりそのつもりだったようだ。

 三つ目は魔王討伐の褒賞としての領地である。いずれ王家を乗っ取るつもりで居る私には独自の活動拠点が必要なのだ。加えて、チャペル達を匿わねばならないというのもある。


 それから殆ど経たないうちに私の要求は全て叶えられた。

 王都で盛大な葬儀が行われると共に、王女アステリアと最強の近衛騎士ウォルフガングの帰還が公表される。

 その後、魔王戦争の中で征服した旧ウィンスレット侯爵領周辺を領地として与えられた。辺境伯に叙された私はこの地を「ブレイドワース辺境伯領」と名付ける。

 都から距離があって王家としては扱い辛い上、《魔王軍》の残党も潜伏しているであろうこの地域を任されるというのは、どう考えても防衛ラインを築く為に利用された形になる。

 逆に言えばこちらの動きが察知されにくいし、領土防衛を理由に武力を高めることも出来るのでむしろ好都合だった。

 

 

 そして辺境伯となってから一年が経過し、今に至る。

 この一年間は冒険者時代のように過酷な戦いに参加することがなかったとはいえ、凄まじく多忙だった。

 各国の有力者や国民への挨拶をしなければならなかったし、以前の戦いでウィンスレット侯爵の屋敷を含む大半の家屋や畑などが破壊されてしまっていたので、領地の整備も急いで進める必要があった。

 今でこそまともな屋敷で生活しているが、最初の頃は領主であるにも関わらず、破壊を免れた狭苦しい民家を利用してチャペル達と共に暮らしていた始末である。

 領地整備に関しては各方面から人、物、金の提供があったが、エストハイン王国の女王レンは特に力を貸してくれた。どうやら彼女は口だけでなく本気で私に期待を抱いているようだ。

 また、領内に逃げてきた難民にも仕事を与えている。チャペル達を私の使用人兼難民の教育係に任命し、様々な知識と技術を叩き込ませた。無論、反抗的な思想を植え付けられては困るので全てをあの三人に丸投げすることはないが。


 ああ、チャペルと言えば、彼女は「魔物の支配」において天賦の才を持っているらしい。

 以前に魔物の群れが突然、領地に押し寄せるという事件が起きた。私が傭兵や元難民の衛兵を伴って撃退しようとしたところで、彼女は支配魔法を発動させて魔物を傷つけることなく追い返した。

 ルミナス帝国がどのようにして魔物を戦力として利用していたのか不思議であったが、アルケーによれば、まず彼女とダスクが転送の《術式》で魔物をかき集め、チャペルやあの子に近い種の魔族・半魔がこの力で制御下に置いていたとのことである。

 もっとも、ダスクが居なくなったことでアルケーもチャペルも弱体化しているので、以前と同じように魔物の大群を用意しつつそれを完璧に制御するようなことは出来ないそうだけれど。

 これと関連する話だが、私はある日、アルケーに「なぜ魔王に力を貸していたのか」「魔族はどこから来たのか」と尋ねた。

 ダスクが死んだ今、奴と同じく延命をしているであろう彼女は、この世界で最も歴史の真相に近い位置に居るに違いない。

 それに、彼女が使っていた転送の《術式》は天上と地上を繋ぐことが出来るかも知れない。だとしたら魔族らの「地上から来た」という主張だって現実味を帯びてくる。

 彼女の答え次第では、この腐った世界との戦い方が変わってくる可能性があるのだ。

 しかしアルケーは「君を仲間として信用出来た時に全て話そう」と言うのみであった。一応、私の方が立場は上なのに随分と豪胆だ。

 拷問して聞き出すことも少し考えたが、それが通じる相手でもないだろう。最悪「ただ協力者を失っただけ」というオチにもなり得る。

 そういう訳で、私はひとまずこの件を保留した。



 最後に、かつての仲間や友人について。

 まずライルはこれからの人生を模索するための旅に出た。

 騎士団長に戻ったウォルフガングは他の王族や部下達に付きっきりで、少し疎遠になってしまったような気がする。

 ユウキとは「王女として」公の場で何度か会ったが、事務的な会話をするのみで終わり、お互いギクシャクしたままである。

 ルアはレヴィアス公爵として激務に追われる日々を送っているらしい。私的に会って話す機会には今のところ恵まれていない。

 フレイナは私に感謝していた。魔王戦争での活躍が認められ、公爵である父の見習いという形で政治に関われるようになったとのことだ。


 誰もがそれぞれの道を進んでいく。もし、仮にこの道が不幸な形で交差するとしたら、私は躊躇わず剣を抜けるだろうか。

 そんな不安を抱きながらも、回想を終えて眠りに就くことにした。

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