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8章34節【第一部完結】:エンド・オブ・ヴェンデッタ

「死んだと思われていた王女が姿を現し、魔王を討って戦争を終わらせた」という劇的な結末は、皆を大いに湧かせた。

 王侯貴族、兵士、冒険者、誰もが「自分のことを知ってくれ」と言わんばかりに押し寄せる。

 まだ前世の記憶を取り戻していなかった頃、人々が私やお母様にポジティブな意味での関心を抱くことは殆どなかった。ヴィンセントやレンのことを思えば当時から密かに私を支持していた者も幾らか居たのだろうが、それが私の目に映ることはなかった。

 王女であること自体は昔も今も変わっていない筈なのに扱いがなんとも対照的で、「救世の英雄」になったことの意味を実感している。

 とはいえ、成り上がった達成感や優越感などはない。

 こんなのは飽くまで過程に過ぎないし、大体、親友が苦しんでいるというのに喜んでなどいられるか。

 

 私は近づいてくる人々を無視して歩みを進めた。行き先は、すぐに処置を施さねばならない重傷者の為に建てられた治療用テントだ。

 今はそこに居る人物のことを何よりも優先したかった。

 そんな時、レティシエルとローレンスが私の前に堂々と現れた。

 正体を明かした以上、こいつらから目を付けられるのはもちろん分かり切っていたが、いざこうなるとやはり不快で仕方がない。

 

「アステリア! 生きていらしたんですのね! ああ、こんなにも喜ばしい奇跡があるでしょうか!」

「まさかお前が魔王を倒すことになるなんてなぁ! 勝手に先行したのは頂けないが、この際そこは不問にしてやる。よくやったぞ我が妹よ!」


 白々しく感涙してみせる姉。過去を忘れたかのように豪快に笑う兄。

 謝罪の一つも無しか。ダスクですら頭を下げて詫びたというのに。

 なんでこんな奴らの代わりにお母様が死ななきゃならなかったんだろう。

「いつか殺してやる」と改めて決意をしつつ、私は偽りの笑みを浮かべた。


「六年ぶりですね、お姉様。お兄様。お元気でしたか?」

「ええ、あなたの方も壮健なようで何より。きっとウォルフガングのお陰ですね。『あなた達を救いに向かわせて』正解でした」


 平然と嘘をつくレティシエル。相変わらずのクソ女ぶりで安心感すら覚える。

 ウォルフガングらは自分の意思で私達を助けに来た。「彼らの決意を無かったことにするな」と言ってやりたい気持ちである。

 まあ今は我慢だ。王室の罪を糾弾するのは私の支持基盤が固まってからの方が良いだろう。

 

「……はい。この六年間、近衛騎士のリーズ、ライルと共にずっと私を守って下さいました。母は王都を脱出する前に落命しましたが」

「そうですか……本当に残念です。それで、この後はもちろん騎士たちと共に帰ってくるのですよね?」

「そのつもりです。では、短いですがこの辺りで。やらねばならないことがあるので」

「え? ええ」


 半ば強引に話を打ち切り、私は姉と兄の脇を通り過ぎた。

 こんな奴らに構っている暇などない。



 テントの中に入ると、地面に敷かれた布の上で仰向けになっている少女と目が合った。

 片腕と片脚は完全に喪われ、残っている方も崩れかかっていた。顔も半分は黒化している。

 このグロテスクな人間がリーズだと理解した瞬間、私は今すぐ走り去って泣き喚きたい衝動に駆られた。

 だが、そんな姿を晒す訳にはいかない。現実に、親友に向き合わねば。


 私は先に来ていたライル、ウォルフガング、フレイナ、それと《竜の目》のシスティーナと同様、リーズのすぐ傍に座り込む。

 システィーナは治療を行っているようだが当然ながら呪血病はどうにもならず、無力感ゆえか眉尻を下げて私の方を見た。


「一応、鎮痛の《術式》と薬を使いました。ですが、それもすぐに効かなくなると思います……」

「そっか。ありがとね」

「感謝なんてしないで下さい。むしろ、この程度のことしか出来なくてごめんなさい」

「……悪いのは呪血病だよ。きみが気に病むことじゃない」

「リアちゃん……いえ、アステリア様にそう言って頂けると救われます」

「あれ、聞いてたんだ?」

「外が騒ぎになっていたので『何があったんだろう』と思っていたら、ウォルフガングさんが説明して下さいました。まさか王女様だったなんて……」

「色々と込み入った事情があってね。まぁ私のことはどうでもいいよ。それより、パーティメンバーだけで話がしたいから席を外して貰えると助かるよ」

「分かりました」

「悪いけどフレイナちゃんもね。付き添ってくれてありがと。きみはルアちゃんのところへ行ってあげて」

「……ええ。失礼いたしますわ」


 システィーナは気遣うように微笑み、フレイナは物憂げな表情をして去っていく。

 特に後者に対しては悪いことをしたな、と思う。

 終戦を素直に喜びたかった筈なのに、私たちの問題に付き合わせて暗い気持ちにさせてしまった。

 後で改めて謝っておこう。


 さて。私がリーズをじっと見つめると、彼女は痛みで冷や汗を流しながら無理やり笑みを作って言った。

 

「……おめでとうございます、アステリア様。これでようやく、あなたの居るべき場所に戻れますね」

「……うん」

「ここまでお供出来て本当に良かったです。もちろんライルと団長も。ありがとうございました」

「こっちこそ。きみが居なければ今の私は居なかったよ」


 既に死を受け入れているリーズに対し、私は必死に泣くのを堪えつつ返した。

 一方でライルは涙を流し、身体を震わせている。

 きっと彼は私よりも更に深く絶望していることだろう。元々かなり繊細な性格でもあるから、こうなってしまうのも仕方がない。

 彼を見て申し訳なさそうにリーズが言った。


「ライル。えっと、その……結局、恋人らしいこと全然出来なくてごめんなさい」

「いいよ、そんなの別にいいんだ。俺はリーズと一緒に居られればそれで充分だった。多分、『恋人』ってそういうことなんだと思う」

「そう言ってくれて嬉しいわ、私も同じ気持ちだから。でも……後悔してない?」

「するわけないだろ。最後まで想いを伝えなかった方がきっと後悔したさ。俺は幸せ者だよ」


 リーズは笑って頷いた後、今度はウォルフガングの方に視線を向けた。


「改めて感謝させて下さい。団長が居なければ私たちはここまで生きてこられなかった。あの日、アステリア様とエルミア様をお救いする勇気すら持てなかった筈です」

「いいや、全てはお前自身の強さ故だよ。お前は昔も今も、高潔で忠義に厚く、優れた技量も持っている素晴らしい騎士だ」

「団長のような御方にそうまで言って頂けるのであれば幸いです。騎士として王宮に戻ってからも、どうかその優しさと強さで皆を守ってあげて下さい」

「ああ……王家の方々が許すのであれば、命尽きるその日までお仕えするつもりだ」


 ウォルフガングが話し終えると、私は三人の顔を順番を見てから、ずっと密かに考えていたことを打ち明けた。

 

「みんな。今日をもって《ヴェンデッタ》は解散だよ」


 リーズとウォルフガングは首を縦に振り、ライルは一瞬だけ困惑したように目を見開いたが、すぐにその意味を理解した。


「あぁ、そうなるよな……この四人で始めたことだもんな」

「うん。それに、もう『復讐』する必要もないしね」


 無論、これは方便だ。「私個人の復讐」はこの狂った世界を支配し、変革するその時まで終わらない。

 だが「《ヴェンデッタ》としての復讐」はこれで完結したと言ってもいい。

 なんだか寂しい気もするけれど、皆が前に進むために必要なことだ。

 

「お世話になりました。苦しいことも色々ありましたが、皆との冒険は掛け替えのないものでした。この思い出は何があっても絶対に忘れないでしょう」


 リーズが頭を下げ、続ける。


「……それで、なのですが。最後にもう一つお世話になってもよろしいでしょうか」


 彼女が何を言おうとしているのかを察して、私は唇を噛んだ。

 その先は聞きたくない。受け入れたくない。

 しばらく思考が真っ白になり、何も返せないでいた。

 そんな状態から何とか覚悟を決めて、ゆっくりと口を開く。


「……なんでも言って」

「私を救って下さい。術や薬のお陰で今はまだ辛うじて話せていますが、そう長くは持ちません。だから、笑ってお別れ出来るうちに」


 呪血病患者にとっての救い。それはすなわち、死。

 絶句する私にウォルフガングが小さく声を掛ける。

 

「……私がやります。まだ若いあなたが背負うには重すぎる」


 私は黙り込んで逡巡した。正直、彼に押し付けてしまいたい気持ちもあった。

 だけど。


「いや、私に任せて。まだ長く続くかも知れない人生だからこそ、逃げて後悔したくないんだ」

「本当に良いのですか?」

「うん」

「……そうですか、分かりました」


 私はずっとリーズに貸していた《迅雷剣バアル》を召喚した。


「アステリア様。どうか幸せになって下さい」


 彼女はそんなことを言って、ぎゅっと目を閉じる。

 手が震える。息が詰まる。苦しい。

 全てを諦めて転生した筈なのに。「どうせ世界なんてクソったれだ」と分かっていた筈なのに。

 私は間違いなくこの来世で罰を受けている。諦めた罪を、自ら命を絶った罪を償わされている。

 最低最悪だ。


 リーズとの思い出が――私が得てしまった光が蘇ってくる。

 出会った日の記憶。一緒に鍛錬を積んだ記憶。友となり、冷遇の中で支え合った記憶。

 命を救われた記憶。冒険者として共に戦ってきた記憶。「ちょっと子供っぽい年上」として世話を焼き、「優しい姉のような存在」として世話を焼かれた記憶。

 それから、誕生日を祝ってもらった記憶。

 私だって絶対に忘れるものか。何年経っても、死んでも背負い続けてやる。


「どうか、地上で幸福な来世を」


 私は祈りの言葉と共に、親友に別れを告げた。



 それからリーズの傍でどれだけ泣いただろうか。

 ふと見上げると、そこには「死者に二度目の生を与える」伝説のエルフ、トロイメライが立っていた。

 彼女に言いたいことは一つだけだ。


「……ねえ。リーズちゃんのこと、ちゃんと地上に送ってさ、ネルちゃんと再会させてあげてよ」

「ええ。元よりそうするつもりでした。この少女はそれに値する生涯を見せて下さいましたから」

「そっか……ありがと」


 次の世界では穏やかに、幸せに暮らして欲しいな。

 きっと私は楽園には行けないだろうけれど、その方がこの子にとっては良いだろう。

 私はもう一度祈りを捧げると、おもむろに立ち上がって歩き出した。

 次なる復讐の為に。未来の為に。

 もはや退くことは出来ない。後は最期の瞬間まで全力で突っ走るだけだ。

 


 かくして《ヴェンデッタ》と「冒険者リア」の物語は終わった。

 これからも私は変わらず、怒りと絶望を胸に抱いて戦い続けるだろう。

 だが「不退転の決意を抱くに至った」という意味で、今日の出来事はこれまでの人生の中で最大の転機と言えるものだった。

 だから、ここを一区切りとしよう。

 

 

*****



 地上。神々の住まう楽園。

 銀の髪の女神は今日も、魔王ダスクにとっての始まりの地である朽ち果てた図書館に居た。

 もはや読むことも出来ないほど劣化した本を手に取り、ただ表紙を眺めている。

 そんな彼女のもとに、桃色の長髪の優しげな少女がやって来た。

 両者ともに現代世界の文化とも天上大陸の文化とも異なる独特な服装をしている。タイトなトップスとは逆にゆったりとしたスカート、金属パーツと青いラインで装飾された上着はどこか未来を感じさせる。


「……大丈夫? 『理亜(りあ)』ちゃん」


 銀の髪の女神――理亜は、少女と目を合わせた。


「ええ。セナやユウキ、レイジに過酷な運命を背負わせたこと……罪悪感はあるけれど割り切るしかないわ。フィーネこそどうしたの?」

「トロイメライちゃんがあの子を転生させたから、その報告をね」

「リーズね。セナを導いてくれて感謝してるわ。彼女ならば転生に値する……いえ、むしろそれくらいはしてあげないと不義理というものだわ」


 フィーネと呼ばれた少女は少しのあいだ悲しげに俯いた後、再び口を開いた。


「ねえ理亜ちゃん。良いのかな、こんなことして」

「今更なにを言っているの。他の連中と違ってあなたは私と同じ志を抱いている。そうでしょう?」

「うん。でも……今この世界に生きている子たちにだって人生がある。それをフィーたちの願いの為にメチャクチャにするのはどうなのかなって」

「必要な犠牲よ。狂ったまま動き続けている歯車を放置する訳にはいかないわ」

「……そうだよね。ごめんね、変なこと言って」


 

*****



 これは、どこか遠くで、同時にすごく近い世界の物語。

 ある日、生真面目な女子中学生――「澄野里沙(すみの・りさ)」は、珍しく授業中に居眠りをしてしまっていた。

 授業が終わってもまだぼーっとしていたところ、友人が声を掛けてくる。


「どうしたの? らしくないね。疲れてる?」

「かも知れない。昨日、変な夢を見たせいで夜中に飛び起きちゃって、それから全く寝付けなかったわ」

「へ~。どんな夢?」

「異世界で冒険する夢。王女様の親友が出来て、あと彼氏も出来て、他にも剣術の先生や猫耳の可愛い女の子が居て、でも最後は酷い病気で死んじゃって……とにかく色々あったわ」

「え~なにそれ! リサっち、異世界転生モノとか好きだっけ? もしかしてそういう願望あったりする?」

「いや、全然詳しくないけど。だから不思議っていうか……うーん、ちょっと顔洗ってくるわ」

「あ、待ってよ~! 一緒に行く~!」


 友人と共にトイレに行き、洗面台を使うリサ。

 そこに友人が再び話を振った。


「そういえば聞いた? 一階のトイレが水浸しになってたって」

「それがどうかしたの?」

「ほら、分かるでしょ?」


 リサは顔を拭きながら考え、答えに辿り着くと同時に眉間に皺を寄せた。

 一つ下の学年でいじめが起きているというのを以前、耳にしたことがある。


「……最悪。なんでそういうことするのかしら」

「いじめられてる子……えっと、確か『セナちゃん』だったっけ。周りからメチャクチャ嫌われてるみたいだし、なんかやったのかな」

「その子がどういう人物であれ許し難いことだわ。何とか出来ないのかしら……と言っても、下級生の揉め事に首突っ込むのも難しいわね……」

「そうそう、止めときなー。関わるとリサっちまで面倒なことになっちゃうよ」

「じゃあ何で話題に出したのよ」

「いや、ウチっていじめとか受けたことないから分かんないけど怖いな~って。それだけ」

「はぁ? なによそれ」


 リサは友人の適当さ加減に呆れつつ教室に戻った。

 それからの授業は集中しようと意気込んだものの、夢のことやいじめのことが気がかりで結局上手く行かず、「帰ったら復習しなきゃ」と思う彼女であった。

 そんなこんなで放課後となり、今日はたまたま部活が休みだったのですぐに学校を出る。

 いつもより早い時間ではあるものの、帰り道はこれといって変化のない退屈なものであった。

 そう、日々の生活と同じ。劇的なことは何も起こらない。

 あの不思議な夢もきっと明日には忘れているだろうし、いじめのことだって現実問題、被害者とも加害者とも接点がない学生一人ではどうにもならない。

 教師にも一応、報告してみるつもりではあるが、大人達が役に立つようなら学校でのいじめなどとっくに根絶されているだろう。


 そういった諦観を抱きながら歩いていた時、リサは見知らぬ少女とすれ違った。

 茶髪を肩につく長さで切り揃えた、小学校中学年程度の少女だ。

 別になんてことはない。この先に公園があるので小学生はよく見かける。変わらない日常の一コマに過ぎない。

 それなのに、リサの心には妙なざわつきが生まれていた。

 彼女は咄嗟に振り返り、「ねえ!」と声を掛けた。


「あ、やばい。完全に不審者だこれ」と不安になったのも束の間、少女は声に反応して後ろを向き、リサの瞳をじっと覗き込む。

 リサは少女の顔を見て、自分が呼び止めた理由をすぐに理解した。

 似ているのだ。夢の中で出会った「ネル」という名前の少女に。

 そして、目の前の人物から何かを感じ取ったのは少女の側も同じだった。

 彼女はぼろぼろと涙をこぼし、勢い良くリサに抱きつく。


「なんで……知らないお姉ちゃんなのにどうしてこんなに『会いたかった』って思うの……!?」


 リサはしゃがみ込み、何も言わずに少女を優しく抱き返した。

 


 現代に転生した二人の少女は、まだ前世の記憶を完全には取り戻していない。

 だがその時、確かにリーズとネルは再会の約束を果たしたのであった――。

これにて第一部「魔王戦争と混沌たる天上大陸」は完結です!

第二部「剣の王女の英雄譚」をお楽しみに!(全部で三部構成となります。)

第二部突入ということで、連載再開まで少々お時間を頂きます。


楽しんで頂けましたら是非、評価やご感想の投稿など頂ければと思います!


なお、更新報告をこちらのツイッターアカウント(https://twitter.com/probabilitysky)上で行っておりますので、もしよろしければフォローをお願いします。

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