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8章33節:我が名はアステリア

「……《契約奪取(コントラクト・オーバーライド)》」


 死したダスクの傍らに転がっていた黒と白の聖魔剣を手に取ると、私は《権限》による強制適合を行った。

 《魔王剣アンラマンユ》。魔王を憎んだ私がこれを受け継ぐことになるのは「運命の悪戯」ってやつだろうか。それとも前世からの縁が織り成す必然なのか。

 何にせよ、凄まじく強力な武器であることは確かだ。有り難く使わせてもらうとしよう。

 そういえば、結局最後まで使わなかった白い方の剣は一体なんだったのだろう?


 聖魔剣を含む特異武装は適合者であれば触れることで「設定された名前」が分かり、実際に適合したらその条件と能力も判明する――筈なのだが、妙なことに、この《勝利剣ウルスラグナ》については何も分からない。握っていても何の手応えも感じないのだ。

 まさか「能力のない聖魔剣」? いや、有り得ないな。

 誰がどういう意図でこういった武具を生み出したのかは分からないが、武具なのだから何かしらの意図が込められているに違いない。となれば使用者を限定するのにも関わらず特に優位性がない、ただ不便なだけのものを作るだろうか。仮にそうだとしたら、他にも装備の選択肢なんて幾らでもあるであろうダスクがあえてこれを使うとは考え難い。

 こいつには能力の発現を妨げるような特性が宿っているのか。或いは《乙女の誓い》をもってしても完全適合が出来ない代物だったりするのか?


 まあ、この剣のことはとりあえず保留にしておいて、まずは不承不承だがダスクとの約束を果たしに行くとしよう。

 玉座の間にある小さな扉を開けると、短い通路があった。

 奥には扉がもう一つと分かれ道がある。これは緊急用の脱出路か。

 なんだか私とお母様がクソ共と袂を分かつことになったあの日を思い出すな。

 私はやり場のない殺意をぶつけるかのように簡素なドアを勢い良く両断した。

 中は狭い部屋になっていて、ダスクが言った通りの人物が居た。

 剣先を向けてくるアウグスト、ベッドでぐったりしているアルケー。そして、その傍らにある椅子に座っているルミナス帝国皇女チャペル。

 ダスクが「迎えに来ているかも知れない」と言っていたから、たぶんこの皇女様は元々ここで匿われていて、緊急時にはアウグストとアルケーが連れ出す手筈になっていたのだろう。

 ところがダスクの死によって《絆の誓い》が消え失せたことでアルケーの体力は限界を迎え、安全にこの城を離れる手段、恐らくはエストハインで見た空間接続の《術式》が使えなくなって立ち往生していた、という具合か。

 

 皇帝と皇女が突き刺すような視線で睨んでくる。まあ、後者はいかにも「愛されて育ちました」といった感じの風貌だから痛くも痒くもないが。


「そなたは……ダスクに勝ったというのか」

「うん。あいつはもう死んだ。きみ達を守るものは何もないよ」


 冷たく事実を突きつけると、チャペルはあどけない顔を青ざめさせた。


「そ、そんな……魔王様が……どなたか存じ上げませんが、適当なことを仰らないで下さいっ!」


 こいつを見ていると無性に苛立ってくる。立場的には自分と同じく最高権力者の娘なのに、自分よりもずっと恵まれているような気がするからだろうか。

 私はダスクが死んだことを示す為、彼の聖魔剣を召喚した。


「その剣……嘘、ですよね……」

「現実だよ、皇女様」


 チャペルが顔を覆って泣き崩れた。同情の気持ちは全く湧いてこない。これはお前たちが重ねた罪に対する罰に過ぎないのだから。

 彼女に代わり、苦い顔をしつつも辛うじて冷静さを保っているアウグストが言った。


「我々を殺すか?」


 私は深くため息をついた。

 出来ることなら今すぐにでもそうしてやりたい。こいつらを許す理由などないのだから。

 全く。なぜダスクとあんな約束をしてしまったんだか。

 でも「ダスクと約束したから殺さない」と素直に打ち明けるのは癪だ。あの男に依存しているであろうこいつらに希望を与えたくない。

 どうしたものかと考えていると、アルケーはおもむろにベッドから起き上がり、私の前まで歩いてきた。

 無理して不敵な笑みを作ってはいるが、すっかり疲れ切った様子だ。見れば服の一部が破れており、腹には大きな切創がある。


「なあ君。私たちを助けてくれないか? 勿論『タダで』とは言わん」

「交渉のつもり? 一応聞いてあげるけど」


 アルケーは私の瞳をじっと見た。


「君はレイジ……ダスクと同じ目をしている。この世界の現状を肯定出来ない者の目だ。魔王を倒し、英雄になって終わりじゃない……その先に目指すものがあるんだろう?」

「きみ達には関係ないでしょ」

「君の望みが何であるにせよ、一枚噛ませてくれないか? 《術式》の生みの親である私だ、役に立てると思うよ。そっちの二人だって生かしておけば皇帝家としての地位を利用出来る」


 そこにチャペルが慌てた様子で割り込んでくる。


「ま、待って下さい! 魔王様の命を奪った方に利用されるだなんて……それならいっそ処刑された方が……!」

「落ち着くんだチャペル。ダスクは愛する女性である君が生き続けることを望んだ。それに、生きてさえいればまたやり直す機会が巡ってくるかも知れない」

「でも……!」

「これからルミナスは厳しい立場に置かれることになるだろう。最悪、国を解体されるかも知れない。そうなった時、君たちは魔族や半魔が生きるにあたって今まで以上に重要な存在となるんだ」


 アルケーの正論を前に口を閉ざし、俯くチャペル。


「どうか分かってくれ。アウグストもそれで構わないよな?」

「屈辱的ではあるがやむを得ん」


 アルケーに言われ、アウグストは剣を収めた。

 チャペルもしばらく逡巡していたが、やがて頷いた。


「……ということになったんだが、そちらの答えは?」


 言うまでもなく避けたい展開ではあるけれど、もしアウグストとチャペルが《魔王軍》とルミナス帝国の残党、その共鳴者達の手に落ちれば十中八九、再起と反逆の象徴として担ぎ上げる。

 逆に、二人を確保して上手く利用出来ればそういった勢力を制御下に置ける可能性が見えてくる。

 無論、アルケーの技術と立場だって軽視出来るものではない。

 危機的状況の中でもどうにか命を繋ぎたい彼女達と、理不尽に満ちたこの世界を変える為の力が欲しい私。

 アルケーの提案は間違いなく、お互いにとってのチャンスだ。


「……良いよ。きみ達のこと、保護してあげる。皆には『情けなく国を捨てて逃げた』とでも伝えておくよ」

「ありがとう。君が聡明な英雄で良かったよ」


 ここに来て私は、予期せぬ形で強力な「仲間」を得ることとなった。

 きっとダスクとの約束がなければ復讐心に任せて三人を斬り捨てていただろう。

 燻る怒りもあるが、「より壮大な復讐」のことを思えば、これはこれで悪くない。


 そうこうしているうちに城の外から大軍勢の気配が漂ってきた。

 連合軍が到着したのだ。

 間一髪といったところか。もう少し魔王を倒すのが遅れていたら私の計画は台無しになっていたな。

 さて、やるべきことをやってくるか。

 私は部屋を出て、脅しの為に出入り口を聖魔剣で塞いだ。


「すぐ戻ってくる。ホントに逃げようとしたら殺すからね。あと一応、気配遮断の《術式》でも使って身を隠しておいて。それくらいのマナは残ってるでしょ?」

「どういうつもりだ?」


 意図を問うアルケーに対し、私は振り向かずに答えた。


「取り戻しに行くんだよ。きみたちに奪われた六年間をね」



 私はダスクの頭部を掴むと、外を目指して歩き出した。

 こんなことをするのは気が進まないけれど、私の勝利を印象付ける為に我慢するしかない。

 やがて玄関ホールに着くと、そこには壁にもたれて座り込んでいるウォルフガングが居た。

 アウグスト達と相当な激戦を繰り広げたのだろう、すっかり疲れ果てた様子だった。しかし私を見るや否や驚いたようにさっと立ち上がり、駆け寄ってきた。


「リア! 魔王に勝ったんだな……!」

「うん、レインヴァールのお陰で何とかね」

「その腕は……」

「ちょっと掠っただけ。連合軍の奴ら、もう来てるんでしょ? 修道術士に治してもらうよ」

「あ、ああ……本当にすまん。加勢したかったのだが流石にもう戦えそうになくてな。足手まといになるのもあれだから、情けないとは思いつつもあの少年に託したよ」

「気にしないで。むしろ『ちゃんとお爺ちゃんなんだな』って安心したよ」

「こら、茶化すんじゃない」

「なはは。あ、他の三人は?」


 私がそう聞くと、ウォルフガングはユウキと同じように躊躇いつつも、私の目を見て率直かつ真剣に答えた。

 

「リーズの呪血病がかなり進行している……持って一日だろう。いや、その前に痛みで絶命するかも知れない」

「……そっか」


 ついに別れの時が来てしまったのか。

 私は泣きたくなる気持ちを誤魔化すように続けた。


「今どこに?」

「修道術士たちに介抱してもらってる。他の二人も一緒だ」

「分かった、先に行ってて。私も後で行くから」

「お前……そうか。ついに、か」


 ダスクの首に視線をやり、私が何をしようとしているのかを察するウォルフガング。

 そして、彼は恭しく言うのであった。


「……お帰りなさいませ、アステリア殿下」

「うん。ただいま」



 帝城を出ると、ちょうど内部に攻め込む為に連合軍が隊列を整えている最中だった。

 最前列に居る《夜明けをもたらす光(デイブレイク・レイ)》や各国の王侯貴族、その後ろの兵士たちの視線が、階段の上に立っている私に集中する。

 皆がこの戦争の結末を悟り、立ち止まって息を呑んだ。

 私は彼らをゆっくりと見渡した後、ダスクの首を高らかに掲げ、宣言した。


「魔王ダスクはこの私……ラトリア王国第三王女、アステリア・ブレイドワース・ラトリアが討ち果たしたッ!!」


 人々は勝鬨を上げ、傍に居る者と勝利を喜び合った。

 私の真なる名を聞いて困惑している者も多かったが、その大半はやがて歓喜の渦に飲み込まれていくのであった。

「アステリア殿下、万歳!」――そんな言葉が響く中、私は目を閉じた。


 その日、その時、ついに魔王戦争は終わりを迎えた。

 そして死んだ筈の王女、アステリアは舞い戻った。

 ああ、ここまで本当に長かったよ、お母様。

 でも、まだ終わった気になるのは早い。

 むしろ「アステリア」の物語はここから始まるのだ。

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