8章32節:王女と勇者と魔王の結末
「さあ来い、英雄たちよ!」
魔王の一声と共に戦闘が再開される。
まず踏み出したのはユウキだった。
あいつの顔には未だ躊躇いが見られるが、動きの方は全く迷いを感じさせない。これまでも何度か共闘してはいるけれど、その辺りの切り替えが出来るのは流石だな、と改めて思う。
彼は無詠唱で加速、剣と同じく青い軌跡を描きながら接敵し、両手で剣を振り上げた。
様子見の為か、ユウキが現れてからダスクは《魔王剣アンラマンユ》の力を発動させていないため、軽快に戦えている。
ただ、あれを抜きにしても奴には《絆の誓い》というチートじみた異能があるのが問題だ。
神速の斬り込みに素早く反応して白の聖剣で弾き、同時に魔王剣による刺突を行うダスク。
しかし漆黒の刃の軌道は不自然に曲がり、ユウキの肉体ではなく宙を貫いた。
「『《勇者》には攻撃が当たらない』と聞いていたが、なるほどな。こういうことか」
「分かったら抵抗を止めてくれっ!」
「勝った気になるのは早すぎるぞ!」
一旦、距離を取るダスク。
彼が天井の方に片手を向けると、ユウキの頭上に眩い光の塊が出現する。
あいつはそれを見上げてぎょっとした。
《不屈の誓い》がどこまでを「既知の技」と判定するのかは使用者であるあいつにしか分からないだろうが、あの様子から察するにこれは初見の技か。
であれば私の出番だ。
《静謐剣セレネ》を射出して光を霧散させ、ダスクをめがけて突進する。
「助かったよ!」
ユウキの言葉には何も返さず、無事な右腕だけで斬りかかる。更には手に持っていない聖魔剣も操って四方から仕掛ける。
傷を負う前よりも攻撃が単調になってしまっており、ダスクの双剣で軽くいなされるが、これも想定内だ。
私がダスクを引き付けている間に奴の背後に回っていたユウキが、剣から光線を放つ。
「当たったか」と一瞬期待したものの、ダスクはその場で跳び上がって回避。
それだけでなく空中から私に対して掌をかざし、魔弾を撃とうとする。
再び《静謐剣セレネ》で――駄目だ、間に合わない!
視界がぼやけ、無傷である筈の右腕が震える。剣を狙った場所に転送させられない。
どうやら、ここまでの激戦による疲労が一気に押し寄せてきたようだ。
《吸命剣ザッハーク》の能力を使い続けているので即死することはないにせよ、あの魔弾をまともに受ければ蓄えられたエネルギーは尽きてしまうだろう。
「これはまずいな」と思っていると、今度はユウキが私の目の前に現れ、やはり無詠唱で防御壁を展開して魔弾を打ち消した。
ビーム攻撃、速度強化と来て今度はバリアか。こいつは一体どれだけ技を持っているんだ?
それともあの剣に宿っている機能なのか? 基本的に一つしか能力を持たない聖魔剣にしては器用過ぎるが。
まあ、今はそんなことを気にしている場合ではないか。
「……ありがと」
一応呟いておくと、ユウキは笑顔で頷いた。
「しっかり聞くな。鈍感系主人公みたいにスルーしてくれ」と理不尽な怒りを覚えつつも、すぐにダスクの方に意識を集中させる。
「ふむ……初めて見た術技は逸らせない、といった感じか?」
奴は早くもユウキの能力の弱点に気づいてしまった。
表情には出さないが焦りが募ってくる。恐らくはユウキの方もだろう。
「……私があいつを壁際まで誘導したら退くから、前に出て一気に叩いて」
「ああ、分かった」
小声で彼とやり取りをすると、私は《加速》を唱えて疾駆した。
アグニ、セレネ、バルムンク、ベルグフォルク、ザッハーク。数秒ごとに聖魔剣を瞬時に交換して動揺を誘い、後退という弱気な選択を取らせる。
幾ら私でもこんな速度で剣の使い分けは出来ないので、必然的に攻めの精度は落ちてしまうけれど、それで問題ない。
どうせ私一人では押し切れないならば牽制に専念し、ユウキに決めてもらう他ないだろう。
目論見通りダスクが壁を背にした瞬間、私は後方に《加速》を実行、素早くユウキと位置を入れ替える。
そして彼の斬撃が命中するかといったところで、ダスクは再び切り札を使ってきた。
「なっ……!?」
アンラマンユの纏う絶対者の気に圧倒されたユウキが、床に膝を突く。
ダスクは彼のもとに歩いていき、少しだけ悲しげに目をそらした後、威圧的な表情で見下ろした。
普通に考えれば絶体絶命の状況だ。
だが私はあいつの能力の特性も、あいつの意志の強さもよく知っている。信じている。
「僕は……絶対に負けない。あの子を救って、君も止めてみせる……!」
ユウキが自らを奮い立たせるように言うと、強まった重力の中でもゆっくりと立ち上がっていった。
「これにも耐えるか、《勇者》!」
ダスクが警戒し、距離を取る。
私の思った通り、ユウキは《不屈の誓い》でアンラマンユの能力を無効化している。
そう、あいつの《権限》は「相手を即死させず、継続的に苦しめる術技」に対して特に相性が良いのだ。
魔王の剣を突破する勇者の力。女神は初めからこの対決を予期してこれを与えたのではないかとすら思うくらいに出来過ぎている。
ともかく、あいつは少なくともダスクが見せた手札全てに対抗出来るようになった。まだ白の聖剣の正体が掴めていないが、もうそこまで考慮していられるほどの余力は残されていない。
「ユウキっ!」
つい前世の名で呼んでしまうくらいに消耗していた私は、彼の手もとに《吸命剣ザッハーク》を転移させる。
ユウキがそれを握ると生命エネルギーによる強化の対象が彼に変更され、私はアンラマンユの威圧をまともに受けて倒れ伏した。
「後は……お願い……」
絞り出すように言う。ユウキは首肯し、ダスクに迫った。
ザッハークの能力と青の剣による加速が合わさり、ユウキの速度がダスクを上回る。
「うおおおおッーーーー!」
「速いッ!?」
勇者に気圧され、これまでにないほど揺らぐ魔王。
そんな彼を嵐の如き連撃が襲い、やがて受け切れなくなって吹き飛ばされ、壁に激突した。
「ぐはっ……!」
ダスクがうめき声を上げて両手の剣を落とす。
今のラッシュでザッハークに蓄えたエネルギーは完全に尽きてしまったが、ダスクの側もかなりダメージを受けているようであり、動けないでいた。
さっきとは逆に、壁にもたれて座り込んでいるダスクをユウキが見下ろす。
ここであと一撃加えれば戦闘不能に追い込める。
そうだ、やれ。ついに私たちは、人類は魔王に勝つんだ!
だが、ユウキはいつまでも最後の攻撃を繰り出さない。
それどころか剣を消失させて、目に涙を浮かべているではないか。
おい、まさか、きみは――。
「殺せ」
「……嫌だ」
「それが勇者の責務だろう」
「関係ない!」
「ではどうするというのだ」
「実を言うと、戦っている最中から『もしかしたら』とは考えてたんだ。でも、今ようやく確信出来たよ……君がレイジ兄ちゃんだって。道理で悪党だとは思えなかった訳だよ」
「誰だ、それは」
「見た目も戦い方も立場も喋り方も変わってるけれど、動きや雰囲気、表情には昔の名残があるし、それに魔王になる前は『レイジ』って名乗ってたんだろ?」
「……」
「いやぁ、セナちゃんだけじゃなくて兄ちゃんまで転生してるなんてびっくりだよ。ああ、僕はユウキだ、雨宮勇基。覚えてる……よね?」
「知らんな」
「なあ、頼むから僕のことを信じて話を聞いてくれよ。今の僕は無力だった頃とは違う、勇者になったんだ! 兄ちゃんも他の仲間達も、魔族や半魔の皆だって助けてあげられる筈!」
「さっきから何を喚いている? 戯言も大概にしろ」
「どうして誤魔化すんだよ! 兄ちゃんには追いつけないにしても、せめて二度目の人生では勇者らしく在ろうと頑張ってきたのに、まだ足りないっていうのか! 僕はそんなにも頼りないのか……!」
「魔王」という役割に徹するため、冷たく突き放す「レイジ」。
一人でまくし立てているユウキが哀れだった。
その時、ダスクは視線をこちらに向けた。まだ完全に力尽きたようには見えないが、彼はあえて《魔王剣アンラマンユ》の能力を停止させた。
肉体が重みから解放される。
私は彼の行動の意味を理解し、疲れ切った身体を引きずって魔王のもとへ歩いていく。
「やめろ……やめてくれ! なあ、セナちゃんなら分かるだろ!? 魔王はあのレイジ兄ちゃんなんだよ!」
ユウキは私の前に立ち塞がり、必死の形相でそう主張した。
そんな彼に、ダスクは威力を抑えた魔弾を放つ。
既に戦意を喪失していた為か、それをまともに受けてしまったユウキ。身体が宙を舞い、地に落ちて気を失った。
私はそちらを一瞥した後、ダスクに切っ先を突きつけた。
ユウキに遠慮する気持ちはある。この場における勝者はダスクでも私でもなくあいつだから、あいつの思う通りにしてやるのが正しい道理かも知れない。
でも、そんなことをすれば今までの全てが無駄になってしまう。
こいつだけは何があっても生かしてはおけないのだ。
何より、本人だってそれを望んでいる。
「やれやれ。八十年近くも生きることになるとはな……」
「お疲れ様」
「済まんな、リア。ユウキの奴にも本当に悪いことをした」
「謝んないで、私は私の為にきみを殺すだけだから。ユウキは……また生まれ変わって、再会して、自分で謝ったらいいよ」
「そうか……そうだな」
ふと、ダスクは玉座の間の隅にある扉を見た。
「ああ、最期に一つ、頼まれてくれないか」
「……聞くだけ聞いてあげる」
「この先に皇女チャペルが居る。アウグストやアルケーも迎えに来ているかも知れない……『どうか、あの者たちを守ってやってくれないか』」
はあ? こいつは何を言っているんだ?
ユウキならともかく、これだけ殺意をむき出しにしている私に大切な仲間を託すだと?
「どうかしてる。知ったことか」――と言おうとして、私は自分でも驚くような答えを返した。
「分かったよ。私なりのやり方で良いなら」
「ありがとう」
今、私はなぜ承諾したんだ?
「自分自身の思考が理解出来ない」という妙な感覚に呆然としかけたが、首をぶんぶんと振って違和感を消し去り、再びダスクを見据える。
これで終わる。私がこの手で終わらせるのだ。
「……じゃあね、レイジ。どうか幸福な……魔王になんかならなくていい、平和な来世を」
私は剣を一閃し、昔みたいに微笑んでいたダスクの首を断った。
最後に前世の名と祈りの言葉が自然と溢れ出たのは、きっと私なりに昔からの縁を断ち切る心苦しさがあったからだろう。
私だけじゃどうにもならない戦いだった。相手がどれだけ本気を出していたかも定かではない。釈然としないことだっていっぱいある。
だが、それでも、私は魔王を討ち果たしたのだ。