8章30節:魔王ダスクの絆
対決が始まってすぐに、私は右手に持った《吸命剣ザッハーク》の能力を発動した。
王都を出発した時から蓄積し続け、一度も消費しなかった生命エネルギーが一気に解放される。
私が持っている他の剣は特定の状況における攻撃や防御の手段として有効なものばかりだから、素の能力自体を引き上げられるこれは唯一無二の切り札となる。
思えばこいつには随分と世話になっているな。女王を目指すきっかけになったという意味でも、ヴィンセントとの出会いは一つの転機だったと言える。
さあ、これで魔王の動きにどこまでついていけるか。
ダスクめがけて一歩踏み込むと、身体が猛烈な勢いで加速する。
そのまま距離を詰めて左手の《静謐剣セレネ》を振るう。
対し、ダスクはアルケーと同じく無詠唱で障壁を展開した。どうやらこいつも《術式》が使えるらしい。しかし彼女ほどの練度はないのか、セレネの刃が容易く障壁を砕いた。
「『防げる』と驕ったな。勝ちは貰ったぞ」――と甘いことを一瞬考えたところで、ダスクが目の前から消えた。
「後ろッ!?」
叫ぶと同時に残りの聖魔剣を操作し、背後に移動していたダスクを迎撃する。
反転すると、横から飛来した剣を後退であっさりと躱していた彼と目が合った。
「ふむ、《術式》を打ち消す剣か」
私は歯噛みした。ダスクは最初から防御ではなく回避を意識していたようだ。
前世では喧嘩ばかりしていた上にこちらの世界でも私よりずっと長く生きているのだし、純粋なパワーだけでなく判断力にも優れていて当然か。
さて。困ったことにかつてダスクと戦った時、私はセレネ以外の聖魔剣の力を見せてしまった。
故に「初見殺し」が成立するとしたらこの剣しかないと思っていたのだがそれも対処され、真っ向勝負せざるを得なくなった。
ヴィンセントと戦った時のように何かの拍子に聖魔剣の適合条件を満たし、《契約奪取》を発動させられれば楽なのだけれど、あんなものは所詮まぐれ。頼りにするべきではないだろう。
「《加速》ッ!」
今度は《術式》も交えて速度を上げ、突撃する。
更にダスクの背後に《変幻剣ベルグフォルク》、頭上には《神炎剣アグニ》を召喚。
先のように下がれば背中から貫かれ、上に跳べば降り注ぐ炎で焼け死ぬ。
この包囲網の中、ダスクは迷わず前進した。
互いの聖魔剣二本が衝突し、甲高い音を立てる。
その状態を維持したままベルグフォルクとアグニを引き寄せる。
すると、ダスクは舞うようにその場で素早く一回転。人間離れした感覚と脚力でもって二つの剣を蹴り飛ばし、勢いを保ったまま斬撃を飛ばしてきた。
私は咄嗟にセレネとザッハークを放り投げて《竜鱗剣バルムンク》に切り替える。幅広の刃を空いた片手で押さえ、白と黒の剣を受け止めた。
ザッハークで強化してもなおダスクの膂力は私を上回っており、じりじりと押されていく。
「聖魔剣を自在に操る能力……以前にも見たが、その力自体もそれを使いこなす貴様も本当に凄まじいな」
「くっ……そっちこそ! 《魔王軍》の上層部ってのはどうして揃いも揃ってこうなんだよ!」
余裕ありげなダスクに対し、私は冷や汗を流しながら苛立ちをぶつける。
すると、奴は「このままではフェアじゃない」とでも言わんばかりに、躊躇なく自らの能力について明かすのであった。
「リア、我は貴様と同じ転生者だ。となれば、分かるな?」
「《権限》……!」
「ああ。我の能力……《絆の誓い》は、その名の通り絆を結んだ仲間と互いの能力を強化し合う。我は決して独りで戦っている訳ではないのだ」
「魔王の癖に何が『絆』だッ!」
「むしろ我が独りで成せることなどたかが知れている。ここまで来られたのは仲間達のお陰だよ」
「仲間を増やせば増やすほど強くなり、更に仲間の能力も底上げする」。
そうか、以前にダスクが私とリーズに向かって「『たった二人』の力でここまでやるとは」と言ったのはこういうことだったのか。
こんな人類の大敵が、転生前はただの不良だった奴がいかにも「ヒロイックな主人公」じみた能力を持っていることが、何となく腹立たしかった。
そういえば以前にダスクと戦った時、こちら側は疲労困憊だったが、それを差し置いても今より更に強かった気がする。
恐らくバルディッシュ、グリムグレイ、リゼッタが死んだことで能力が弱まったのだろう。
でも、だからどうした。
ダスクの能力は分かった。対処する方法も分かった。だが実行出来ないのであれば意味がない。
二本の聖魔剣で苛烈に攻め立てるダスク。それを辛うじて防ぎ続けるも、私は奴の《権限》の正体を掴んで喜ぶどころか絶望的な気持ちになっていた。
《絆の誓い》はシンプルな能力だが、それ故に攻略の糸口が見つからないのだ。
この力の対象者であるアルケーやアウグストをリーズ達が倒してくれるまでひたすら耐え抜くか?
いや、駄目だ。私は生命エネルギーを燃やし続けることでようやくダスクの速度に対抗出来ているから、この蓄えが尽きてしまったら終わりだ。
そもそもリーズ達があいつらに勝てる保証もない。むしろこちらが速攻でダスクを倒し、《絆の誓い》を消滅させてリーズ達を助けないといけないのだ。
だが現実は明らかにこちらの劣勢。しかもダスクは未だ聖魔剣の能力を全く発動させていないと来た。
「……やるしかないか」
私は独りごちた。
認めたくはないが私とダスクの間には小細工では埋められない、歴然たる力量の差がある。
となれば、ここはリスクを承知でその力の差を無くし、短期決戦を狙う以外に選択肢がない。
《吸命剣ザッハーク》の能力をブーストし、更に《強健》まで唱えて限界まで身体能力を引き上げる。
もう時間を掛けてダスクの手札を見極めることは出来ない。すぐに蓄えられた生命力は底を突くし、私自身もマナを消耗し尽くして戦闘不能になってしまうだろう。
私は再び《加速》を使用して急接近する。
それに対し、ダスクはその場で留まって剣を構えることを選択した。
加速を行っている者に対して有効な「待ち」の戦法だ。ウォルフガングにも散々教え込まれてきた。
だからこそ、そんな手には乗らない。
私はあえてダスクを通り過ぎた後、すぐに向きを変えて再び加速した。
「速いッ!?」
《静謐剣セレネ》を両手で持ち、動揺しているダスクの背中に向かって思い切り振りかぶる。
「《衝破》!」
更に打撃力強化の《術式》を使用。
攻撃力は聖魔剣で事足りる場合が多いので普段は使わない技だ。
故に出力を上手くコントロール出来ないのだが、今はとにかく破壊力が欲しいから繊細な調整など必要ない。
セレネが障壁を破壊し、強化された剣撃がダスクを吹き飛ばした。
そのまま奴は玉座を倒して奥の壁に衝突する。
そして私は間髪入れずに全ての聖魔剣を放った。
だが、剣は突如として推力を失って落下し、ダスクを貫くことはなかった。
前の戦いで一度、奴が使った技だ。
「強いな、リア」
黒い剣を支えにして立ち上がるダスク。多少ダメージを受けているようには見えるが、多分こちら側の消耗の方が大きいくらいだろう。
「チッ……その剣の能力ってことか」
「《魔王剣アンラマンユ》。能力は『周囲の存在の物理的、精神的威圧』だ。我の前ではあらゆる武器が力を喪い、人も意志を喪ってひれ伏す」
「なんだよそれ……ウンザリするくらいきみにピッタリじゃんか……」
無理やり笑みを作って言った。
もちろん余裕なんてある訳がない。だって、そんなのインチキ過ぎるだろう。
「ああ、見つけた時は驚いたものだ。幸か不幸か適合条件も初めから満たしていた」
「へぇ……どんな条件なの?」
わざわざ教えてくれる筈がないと思いつつも聞いてみたが、ダスクは自嘲気味に笑って答えた。
「『誰よりも多くの人間に嫌われること』だ。そういうところも含めて『らしい』だろう?」
今すぐあの剣を奪うには、「魔王」として世界中から恐怖され、嫌悪されているこの男よりも敵意を集めないといけない、と。
最悪だ。最初から殆ど期待していなかったとはいえ、これで「運良く適合条件を満たす」という微かな望みすらも絶たれた。
私は焦りや絶望感で半ば自棄になって、再びダスクに突進した。
奴は剣を墜落させた威圧の波動を私自身にも向ける。
だが前回のように床に這いつくばったりはせず、そのままダスクに肉薄した。
私は《吸命剣ザッハーク》の出力を限界まで解放し、大量の命を燃やすことで、魔王の圧に支配されたこの玉座の間でも辛うじて動ける程の強度を得たのだ。