表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
118/235

8章26節:皇帝と魔女

 アルケーは落雷の《術式》を連発した。こちらも無詠唱で、だ。

 普通、詠唱の省略というのは一つの《術式》をひたすらに使い続けた果てにようやく成せる技であり、複数をその域まで昇華させるというのは非現実的だ。

 全く。こんなことになるなんて流石に想定していなかったぞ。

 相手は私たち人間族の戦士の多くが依存している技術である《術式》を発明し、それを誰よりも使いこなす女。魔王の前座にしてはハード過ぎる。

 私たちが回避に専念していると、今度はアウグストの指示を受けた兵士と魔物の群れが押し寄せてくる。

 前者はともかく、後者までもが乱戦であるのにも関わらずこちら側だけを的確に攻撃している。

 ルミナス帝国が魔物を手懐ける技術を有していることは以前から知られていたが、ここまでの精度で操れるものなのか。


 私は《権限》を使用し、愚かにも私の前で抜剣したアウグストと敵兵を自害させようと試みた。

 この「初見殺し」で終わってくれれば楽だったのだけれど、現実はそう甘くなく、倒せたのはごく一部の兵士だけだった。

 アウグストは「剣が自らの首を貫こうとしている」という異常事態に狼狽えることなくすぐに剣を手放し、その後の遠隔制御による追撃も軽やかな動きで回避している。


「剣は使うな! まだ持っている者は捨てよ!」


 彼の命令に従い、まだ剣を抜いていなかった兵士たちが放り投げていく。

「自由に使える『弾丸』が増えた」とも言えるが、距離を詰められてしまっているから慎重に狙いをつける余裕はないし、かといって雑な操作をすれば命中しないどころか味方を傷つけるリスクだってある。

 アウグストめ。痩せぎすでどこか頼りない外見に反し、身体能力、判断力ともに卓越していると言わざるを得ないな。「負けるつもりはない」と豪語しただけはある。

 結局、敵の数は多少減らせたものの、ボス二人が無傷であるのに加え、兵士の多くが即座に剣を放棄したり初めから剣以外の武器を使っていたのもあって攻勢を止めるには至らなかった。

 ひとまず周囲を取り囲んできた兵士と魔物を殲滅しようとする。

 しかし、さっき雷撃を行ったアルケーが今度は支援に回り、兵士たちの反応速度や耐久力を強化する《術式》を使い始めた。

 彼らは皇帝の近衛兵ということなのか、元々かなり練度が高い。その上で戦闘能力が更に高まってしまい、思うように突破出来ない。


「い、一体どうしたら良いんですのぉっ!?」

「くそっ! このままじゃ全滅しちまうぞ!」


 フレイナが《創装(フォージ)》で剣を創造し、近づいてくる敵を必死に斬りつけながら叫んでいる。

 正面からやり合う術がないライルに関しては完全に逃げに徹しているようだ。

 まずいな。私やリーズ、ウォルフガングと違って、この二人は数で上回る相手から接近戦を強いられている状態で長く持ち堪えることは出来ないだろう。

 とりあえず二人を救わねばならない。

 一瞬だけ「アウグストを迅速に倒して士気を低下させるか?」と考えたが、流石に無理のある発想だった。

 一対一ならどうにでもなったかも知れない。

 しかし、あっちにはアルケーという強力な味方が居るし、手下だって相手にしなきゃならない。その上で飛来する剣を避け続けるだけの技量があるあいつを仕留められるものか。

 兵士と魔物を捌きながら他の方法を考えていると、リーズがこんなことを言った。


「ライル、フレイナ! アウグストに向かって炎を撃って!」

「お、おい! どうする気だ!?」

「敵に囲まれているというのに無茶仰っしゃらないで下さるっ!?」 


 困惑する二人に対し、彼女は有無を言わさぬ力強さで続けた。


「突破口を作ってリア様を送り出すのよ! その為の隙は私が作る。お願い、信じて!」


 待ってくれ。何を言っている?

 意図を問いただす間もなく状況が動く。

 リーズは《加速(アクセル)》を唱えると同時に《迅雷剣バアル》の能力を最大まで解放し、強烈な閃光を放った。

 麻痺した視覚が回復してくると、リーズが正門のある壁の際にアルケーを追い詰めていた。

 雷剣と障壁が何度も衝突し、青白く輝いている。

 あの子はアウグストを守らせないため、この場の誰よりも優れた加速力を活かして包囲を突破し、アルケーに肉薄したのだ。

 ライルとフレイナもその行動の意味を理解し、炎弾でアウグストを攻撃する。

 結果として、兵士と魔物の意識が最重要護衛対象であるアウグストの方に向いた。

 彼らは咄嗟の判断で主を庇うようにして立ち塞がり、炎に包まれて死んでいった。

 

「リア様っ! 早く!」


 リーズが叫んだ。

「送り出す」、か。確かに敵の統率が乱れている今この瞬間ならば、同じく《加速(アクセル)》が使える私は手下共を振り切って正門を抜けることが出来る。

 でも「私だけ」だ。

 リーズはアルケーを、ライルとフレイナはアウグストや彼を守ろうと動いた者達を抑えている。ウォルフガングもまた多数の敵を引き付けている。一人も連れてはいけない。

 本当にこのまま皆を置いて行くのか? 私一人で魔王に勝てるのか?

 何より決戦で勝って戻ってきたとしても、そこにリーズは居るのか? 彼女だけではない、他の皆も無事で居てくれるのか?

 今、ここで別れてしまって良いのか?

 

――いや、迷っている暇なんてないだろう。

 せっかくあの子がチャンスを作ってくれたんだ。これを無駄にしたらもっと後悔することになる。


「リア様、どうか必ず勝って、あなたの居るべき場所にお戻りになって下さい!」


 リーズがアルケーを食い止めながらも背中を押してくれた。

 苦しい筈なのに、皆が笑顔で頷きかけてくれた。


「……《加速(アクセル)》」


 涙を堪えて頷き返した後、小さく詠唱した。

 みんな意地悪だ。ずっと果たしたかった復讐をする機会が目の前に迫っているというのに、どうしてこんなにも辛い気持ちにならなきゃいけないんだ。

 私、なんだか弱くなっちゃったな。

 かつては「優しい繋がりに依存していられるほどこの世は甘くない」と思っていた。今は独りで最強の敵に挑むことをあらゆる意味で恐れている。

 それとも私の本質はこれなのか? 孤独の恐怖に押し潰されないよう精一杯、身構えていただけの弱者なのか?

 

 止めよう。今考えるべきはそういうことじゃない。

 全力で戦って、皆に勝利を贈る。それだけだ。

 待っていろ、魔王ダスク!

 


*****



 アステリアを追おうとするアルケー。それを牽制し続けるリーズ。


「あなたの相手は私よっ!」

「その速さと雷を操る剣、本当に厄介だな……まずは君から倒さねばならないか」


 アルケーが標的を切り替えると、二人は近くの建物の屋根の上まで跳んで高速戦闘を始めた。

 リーズは当代随一の加速術の使い手であるが、アルケーも決して引けを取らない。

 彼女はあらゆる《術式》を一定以上のレベルで使いこなせるし、加えて《絆の誓い》による能力増幅も受けている。

 速度で圧倒できないとなると、むしろ持久力に欠けるリーズの方が不利であった。


 一方、アウグストは早くも軍勢の動揺を鎮めていた。

 彼は剣を操っていたのがアステリアであることを見抜き、他の武器を用いる配下数人に彼女を追跡させる。

 残りの兵士については既に安全な武器となった剣を迅速に回収させた上で、ライル、フレイナ、ウォルフガングに差し向けた。

 多数の兵と魔物に包囲され、彼らは再び遠距離からの攻撃が出来ない状況となってしまう。

 ライルはときどき空を見上げながら、ひどくもどかしい思いをしていた。


「畜生っ! どうして俺はこんなに弱いんだよ……!」


 リーズは明らかに無茶をしている。

 だから助けてやりたいのに、彼には敵の軍勢を壊滅させる術も振り切る術もない。

 隠密。不意打ち。《術式》を交えた搦め手からの攻め。そんなことばかりやっていて、真っ向勝負で勝つ技を全く磨いてこなかった自分自身を彼は恥じた。

 実際のところ、仲間たちはライルにそれを求めてはいないし、むしろ彼の個性を高く評価しているのだが、こればかりは「愛する少女を守れない男」の矜持の問題でしかなかった。


「嫌ですわ……こんなの……!」


 フレイナもまた己の弱さに失望していた。

 彼女は思った。「ここまで来て成し遂げたことと言えば、アステリアに決着を丸投げして送り出しただけではないか」と。

 せめてこの場に居る敵を鏖殺し、彼女の負担を減らすことくらいはしなければならないのに、現実には逆に追い詰められている。

 こんな有様では、生きて帰ったとしてもルアが対等なライバルとして視てくれなくなるのではないか。

 フレイナはそれが何よりも嫌だった。「そうなるくらいなら戦死したほうがマシ」とすら思っていた。

 

 そして、ウォルフガングは二人よりも更に深い絶望に沈みかけていた。

 憎き魔族を一人でも多く斬り捨てたかった。アステリア王女を、仲間達を助けたかった。再び騎士となり、最期まで王家を支えたかった。

 その為に、もう妻の居ないこの世界で未練がましく生きてきたのだ。

 だから、どこか死を迎える機会を求めるような気持ちがあったとしても、このような惨めな形というのは絶対に認められない。

 或いはこれこそが異能も魔法も特異武装も持たない、ただ剣の道を歩み続けただけの常人の限界なのか。

 それならば。

 老いてなお怒りと愛と忠義を忘れられぬ男は、藁にも縋る思いで強く祈った。


――神よ。どうか俺に力をくれないか。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ