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8章25節:ルミナス帝国皇帝アウグスト

 白と黒を基調とした、巨大で荘厳な建造物の数々。薄く雪に覆われた石畳。

 ルミナス帝国の都は、それこそ占領前のラトリア王都よりも栄えているように見えた。

 争いさえなければ「この幻想的な街並みを楽しみたい」などと思ったのだろう。

 だが、今の私の心には怒りしかない。

 私とお母様の日常を、クソったれな人生における数少ない光を奪っていったのは他でもないこの国なのだから。


「で、魔王がどこに居るのか見当はついてんのか? つか、無理して突入した意味がなくなるから考えたくないけどよ……まだここに残ってんのかね?」


 ライルがひそひそ声で言った。

 周辺には全く人が居ないし、家屋からも気配はしない。

 ウィンスレット侯爵領と同様、既に一般市民は避難し終えていると思われる。たぶん皇帝家の連中もだ。

 となれば、もはや帝都に固執する理由がない魔王も逃げたのではないか――と、ライルは考えたようだ。

 しかしレイジという人物を知っており、加えてエストハイン王国で今のあいつと話した私には、そうは思えなかった。

 かつてのあいつはヒーローを気取っていた。そして今度はわざとらしいくらいに大悪党を気取って「自分を討ちに来い」と語った。

 そのようなカッコつけが、この局面で逃亡するなどといった醜態を晒すとは思えない。

 それどころか「決戦に相応しい、最も分かりやすい場所」で敵を待ち構えている筈だ。

 

「……たぶん、あそこ」


 私は帝都中央辺りにある一際大きな城――恐らく帝城だろう――を見上げ、指差した。

 フレイナが訝しげな視線を向けてくる。


「根拠はあるんですの?」

「正直言うと、確かなものは無い。ただ、実は私たちって前に魔王ダスクと戦ったことがあるんだよね。あの時は取り逃がしちゃったけど」

「え、ええっ!?」

「しっ!」

「あ、ごめんなさい……それは本当ですの?」

「エストハインで色々あってね。あいつの言動から思うに、居るとしたらああいうところじゃないかなって」

「随分と曖昧ですのね」

「敵の本拠地を闇雲に歩き回って探すよりはマシでしょ」

「まあ、それもそうですわね……ここはあなたの勘を信じてみることに致しましょう」

 

 話を切り上げ、静まり返った帝都を慎重に進んでいく。

 途中、何度か哨戒している兵士を見かけたが、速やかに暗殺して応援を呼ばれることを防いだ。

 まだ兵力を残していること、城に近づくほどそれが増えていることから、やはりこの先に魔王が居るのは間違いないだろう。

 

 それからしばらくして、帝城手前の広場まで辿り着いた。

 短く幅が広い階段の上に正門があり、そこを守るように十数人の衛兵が立っている。

 仮にあいつらが魔法を使えたとしても、接近戦に持ち込むのはそう難しくない人数と距離だ。何より、ここから先は隠れられそうな場所が見当たらない。

 この辺りでそろそろ仕掛けようか――と思った、その時。


 城を囲む壁の上から魔弾が飛来し、私たちが身を隠していた家屋が爆ぜ散った。

 瓦礫を回避すべく距離を取り、道の真ん中に躍り出る。

 今の攻撃魔法は明確にこちらを狙ったものであった。気付かれてしまった以上、コソコソしている意味はない。

 前を見据えると、いかにも敵が来るのを待っていたかのように正門が開いた。

 そこから現れたのは、百を超えるであろう魔族や半魔の兵士と大量の魔物。

 そして兵士と同じく銀の鎧を着ているがヘルムはしておらず、純粋な人間族というのもあってどこか異なるオーラを放っている長い金髪の男性。

 遠目に見ただけでも、彼が誰かはすぐにピンと来た。

 ルミナス皇帝アウグスト。

 《魔王軍》の力に屈したのか、或いは甘言に乗せられたのかは分からないが、どちらにせよ帝国を侵略者共に売った暗君である。

 そのような情けない皇帝だから、帝都から逃げ出すどころか自ら出てくるとは思っていなかったな。


 更にもう一人、先に魔弾を撃った人間族の女が壁の上から飛び降りた。

 エメラルド色の長髪。お母様にも匹敵する美貌。医者のような白衣。

 こちらは見覚えがない。この異世界においてもかなり特徴的な外見をしているのは確かだ。

 まあ誰でも良い。邪魔をするつもりなのであれば抹殺するだけだ。


 お互いに手は出さず、しかし相手が動けば即座に対応出来るよう警戒しつつ距離を詰めて向き合った。

 相手は腐っても人間族の皇帝だ。交渉の余地があるかも知れない。


「初めまして、私は冒険者リア。ちょっと提案があるんだけど聞いてもらって良いかな……アウグスト陛下」

「剣を持って行う提案の内容など大体予想がつくが、よかろう」

「抵抗を止め、魔王ダスクの身柄を私に引き渡して。そうしてくれたらきみのことをこの場で斬り捨てるのは止めるよ」

「そして連合軍に捕らえられ、最終的には公開処刑か?」

「それは陛下の交渉次第。上手くいけば幽閉で済むかもよ? どうせ勝ち目なんかないんだし、少しでも生き残れる可能性に賭けた方が良いと思うけど?」


 私は強気な姿勢を見せた。

 無論、本当に勝てる確信がある訳ではない。全ては余計な戦闘を避ける為の方便だ。

 もっとも、この申し出が受け入れられるという期待もさほどしていないが。

 それなりに戦える自信があるからこそ姿を現したのだろう。

 実際、彼はこちらの提案をきっぱりと断った。


「我々は覚悟を持ってこの場に臨んでいるのだ。そなたらにも、連合軍にも負けるつもりはない」

「……本気で言ってるんだね?」

「愚問だ」


 本当はこんなところで足止めを食っている暇はないのだけれど、やるしかないか。

 私は仲間たちに目配せをした。

「これから攻撃を行うから、敵がどういった反応をしても対処出来るよう距離を取っておけ」という合図だ。

 フレイナを含めた皆がその意図を汲んで散開すると同時に、《静謐剣セレネ》と《神炎剣アグニ》を手もとに召喚。

 術的妨害を打ち消す剣、そして物理的防御に対して有効な「炎を放つ剣」という必殺の組み合わせである。

 それらを一切の容赦なく、至近距離から振るう。

 幾ら警戒していたとしても、この先制攻撃は回避出来まい。

 だが、予想に反して私の剣は青く輝く障壁に弾かれた。

 咄嗟に後退すると、エメラルド色の髪の女が歩いて前に出てくる。

 

「おっと、私を忘れてもらっては困るな」

「魔法!?」


 《静謐剣セレネ》は《術式》――人間族が魔法を扱う為の技術――を介して使用された魔法に対してのみ有効であり、直接行使される魔法に対しては効き目が殆どない。

 見た目で分からないだけで、こいつは魔族か半魔なのか?

 そう思っていると、女は首を横に振った。


「いいや、詠唱を省略しただけで《術式》だよ。私は人間なのでね。手応えから察するにそれは《術式》を打ち消す力があるようだから、消される速度よりも速く連続使用してみた」


 言っていることが無茶苦茶過ぎて呆気にとられそうになる。

 まず詠唱を省略するだけでも困難なのに、それを消去が間に合わないほどの速度で連続使用するだと?

 有り得ない。そのような芸当が出来る可能性があるとしたら、それこそ《術式》を生み出した人間くらいだろう。

 

――《術式》の発明者はレイジが創設した《ドーンライト商会》にその技術を託し、行方不明になったという。

 そして「極められた魔法は老化の抑止すら実現する」。

 まさか、そういうことなのか?


「アルケー……!」

「おや、知っていたのか。まあ有名人ではあるからなあ」


 私が名を呼ぶと、アルケーは得意げに笑った。


「一応は《魔王軍》幹部ってことになってる。正直、戦闘は得意でも好きでもないが、仲間たちが頑張っているのに私だけサボる訳にもいかないからな。では、今度はこちらから行かせてもらうよ」

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