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【第二部完結】剣の王女の反英雄譚 ~王女に転生したら王家から追放されたので復讐する~  作者: 空乃愛理
第8章【第1部最終章】:魔王討伐

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8章23節:とある淫魔の願い

 ウィンスレット侯爵領における決戦は、アステリアらが遥か後方にて洗脳された男たちの対処に専念している間に起きた。

 姿を現した桃色の髪の少女、リゼッタの相手を最初にすることになったのは《黄泉衆》の面々だ。

 リゼッタは彼らを見るや否や、いかにも不愉快そうな顔をした。


「あんたら、何で魅了が全く効かないのよ。ま、それならそれで力づくで叩き潰すだけだけどぉっ!」


 十数人ほどの《黄泉衆》が無言のまま全方位から突撃したが、リゼッタの方が早かった。

 彼女は《絆の誓い》によって強化された脚力を活かし、瓦礫を蹴飛ばした。

 同時に自身も跳び、向かってきた男の頭に拳を振り下ろして潰す。


「ざっこぉ♪ こんな雑魚どもであたしをやれるつもりっ!?」


 リゼッタは心理的優位を得る為にあえて敵を惨たらしく殺し、挑発的な物言いをした。

 しかし《黄泉衆》は、仲間が倒壊した屋敷の下敷きになったり、高速で飛翔する瓦礫に打たれて足だけになったり、頭部を失うのを見たところで全く揺らがない。

 これが感情のない死人の部隊の強みである。

 《黄泉衆》のうち側面や背後に展開していた者達がアステリアから貸与された聖魔剣による攻撃を仕掛ける。

 その中に戦友の持ち物であった《変幻剣ベルグフォルク》が含まれていたというのもあり、むしろリゼッタの方が動揺する始末であった。


「どうしてそれを持ってんのよ! あのクソ女が奪っていった筈じゃ……一体なにがどうなって……」


 早くも上辺を取り繕う余裕を失っていたリゼッタ。

 とはいえ《魔王軍》最古参は伊達ではない。

 彼女は迷わず攻撃に反応し、《術式》を詠唱。炎弾を放ってベルグフォルクと《神炎剣アグニ》の持ち主を焼き尽くす。

 《静謐剣セレネ》の使用者が《術式》を打ち消し、《竜鱗剣バルムンク》の方がその防御力で炎弾を止めたのを確認すると、近接戦へと意識を切り替えた。

 《術式》が効かないのであれば体術で倒せばいい。絶対防御の武器を持っているのであれば速度で圧倒し、防御そのものを出来なくしてやればいい。

 彼女の読みは正しく、前者は急速に迫ったリゼッタに対応出来ず、拳撃をまともに食らって四散した。

 立て続けにもう一方も潰そうとしたところで、空からインフィルの撃った炎が降ってくる。

 リゼッタは回避を試みようとした――が、動けない。

 先ほど頭を潰した男に、足首を掴まれていたのだ。

 レンは普段、《黄泉衆》の正体を隠すために死体が「致命傷」を受けた場合、能力による支配から解放している。

 だが、本来は頭部を失った程度の損壊度であれば問題なく操れてしまう。

 当然リゼッタはそんなことを知る由もなく、ただただ驚愕し、一瞬とはいえ硬直してしまったのである。

 

「嘘、まだ生きてるのッ!? くそっ、離せッ!」


 冷静さを取り戻したリゼッタは男を蹴って振り解くと共に上空に《防壁(バリア)》を展開したものの、インフィルの炎は障壁を貫通して彼女に直撃した。

 攻撃対象以外をすり抜ける《正義の誓い》に、こういった防御方法は通用しない。

 

「きゃあっ!?」


 衝撃で吹き飛ばされ、宙を舞う。

 追い打ちを掛けるようにアルマリカの爆発する矢が付近に着弾し、爆風にさらされたリゼッタは地面をごろごろと転がっていった。

 《絆の誓い》のお陰で致命傷に至ることはなかったが、辛うじて再起した彼女の尻尾や片翼は焼け落ち、肌もところどころ爛れている。


「ゴミども……! 全員殺すっ……!」


 怒り狂ったリゼッタが《星墜(アスター)》を連続で詠唱する。

 彼女は実のところ、仲間に対して事前に「自分が戦闘を始めた場合は近づかないように」という洗脳を施していた。

 その為、攻撃に巻き込む心配は最初からしていなかった。

 それでも、今の今までは「この手で村を焼きたくない」という気持ちが力を温存させていたのだ。


 降り注ぐ星が全てを破壊していく。

 アレスの魔法にも匹敵するその爆撃を受け、《黄泉衆》は為す術なく灰燼に帰した。

 自ら同胞の村の一部を焦土に変えてしまったショックと負傷が相まって、リゼッタは一瞬だけ「故郷」が滅ぼされた時の記憶をフラッシュバックさせた。

 だが、悲しむ暇など彼女には与えられない。

 《黄泉衆》が切り開いた戦力の空隙を通って、アルマリカ以外の《シュトラーフェ・ケルン》と《輝ける黄金(ゴールドライツ)》がやってきたのだ。


「おやおや、それなりに弱っているようですね」


 トリスタンが状況にそぐわぬ柔和な笑みを浮かべたまま言った。


「害獣め。早急に始末してくれる」


 そう言ったのはオーラフ。後衛である二人を守るようにベルタが前に出た。

 フェルディナンドもまた、エミルの前で勇ましく剣を構える。


「あの時の借り、改めて返してやる!」

「ふぇぇ……すごく怖いですけど頑張ります!」


 リゼッタは何も言わずに目を見開き、三人の男に対して最大出力で魅了を行う。

 普通ならば全員がすぐさま彼女の下僕になっていたところだが、彼らはレティシエルの「寵愛」を受けている為、精神的な衝撃によって少しふらついただけに留まった。

 その隙をリゼッタは見逃さず、フェルディナンドに向かって跳ぶ。

 真っ先に彼を狙ったのは《威光剣スペルビア》の効果だ。

 オーラフやエミルの炎弾を掻い潜り、肉薄する。

 そして彼女の腕がフェルディナンドを引き裂こうとしたところを狙い、ベルタが横から体当たりを入れた。

 彼女の白銀の鎧は装着者を概念レベルで強化する能力を持った特異武装である。故に《絆の誓い》の加護を得たリゼッタにも有効打を与えることが出来た。

 ベルタはそのまま勢いを殺さず、突き飛ばされて体勢を崩したリゼッタに瓶――トリスタンの調合した毒薬――を投げつける。

 割れた瓶から出た紫色の気体を吸った瞬間、リゼッタは自らの首を押さえて苦しみ出し、吐瀉物と血を撒き散らした。

 それでも、死を覚悟した《魔王軍》幹部は決して止まらない。


「ごろじてやるッ……!」


 焼け爛れた喉から怨嗟の声を漏らす。

 リゼッタは、穏やかな性格のエミルどころか差別意識を持っているフェルディナンドまで目をそらす程に無残な姿に成り果てていた。

 二人が戦意を喪失しかけている一方、《シュトラーフェ・ケルン》は一切の容赦をしない。

 もしここにレインヴァールが居たら、彼らの前に立ち塞がってでもリゼッタを救っただろう。そうならなかったのは不幸ゆえか、それとも魔族として人を苦しめた報いに過ぎないのか。

 

「今のはまともな生物ならば即死する毒だったのですが……流石は幹部といったところですか」

 

 トリスタンは関心しつつも新たな薬瓶をベルタに投げ渡す。

 リゼッタは全員を道連れにするつもりで《星墜(アスター)》を詠唱しようとするが、オーラフが《変位(マニューバ)》で大量の礫を操作し、彼女の全身を抉った。

 痛みにあえぎ、詠唱を中断している間にベルタが再び接敵。リゼッタの腹部めがけて溶解液入りの薬瓶を握り込んだ拳を放った。

 内臓を溶かされる苦しみに絶叫しながら倒れ伏したリゼッタは、それからすぐに動かなくなるのであった。

 

 これまで「辛い」とは思いながらもフェルディナンドを支えることに専念してきたエミルであったが、とうとう堪え切れなくなり、口を押さえて泣き始めた。

 そんな泣き顔を見たフェルディナンドもまた、どこか悲しげな表情をしている。

 彼はそっとエミルを抱きしめた。


「これで……良いんだよな? 僕らは正しいことをしているんだよな? あと少しだけ頑張れば平和な世界になるんだよな? 誰か、教えてくれ……」

 

 哀れな魔族の亡骸を覆い隠して忘れさせるように、ぱらぱらと雪が降り始めた。

 


 身体が動かなくなる。精神が消えてゆく。

 もはや微かなものとなったリゼッタの思考は恐怖で染まっていた。

 死ぬのは嫌だ。消えるのは嫌だ。皆から忘れられるのは嫌だ。


 本当に酷い人生だった。もっと生きたかったし、そうでなければ割に合わない。

 クソみたいな地上界に生まれ、クソみたいな生き方をするしかなくて。

 運命の人と出会って、やっと居場所を掴めたと思ったら天上人どもに奪われて。

 それを取り返す為に嫌々でも戦いを続けてきたのに、最後まで上手くいかなくて。

 この苦痛に満ちた生涯の果てに一体、何を得たのだろう?

 疑問を抱くリゼッタの脳裏に浮かんだのは《魔王軍》の仲間たち、そしてレイジの顔だった。


――ああ、そっか。『絆』か。だったらさ、神様でも誰でもいいから、どうかあたしをまた皆に会わせてよ。


 リゼッタはそんな願いを胸に抱き、眠るのであった。

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