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8章22節:魔王軍幹部・《愛操の魔人》

「みんな殺さなきゃ……」

「あの御方が『殺せ』って言ってる……『あの御方』って誰だ? そんなことはどうでもいいじゃないか……とにかく殺せばいいんだ」

「殺す、殺す、殺す殺す殺す殺す!」


 私はレンのもとへ向かい、うわ言を言う洗脳の被害者たちを「無剣の剣術」でもって気絶させていった。

 私の予想が正しければ、この状況下であっても彼女の部隊は問題なく動ける筈だ。


「レン様っ!」

「リアか。どうやら以前、お主の報告にあったリゼッタとやらのせいでこうなっているようじゃのう。男限定とはいえ洗脳とは本当に厄介じゃなあ」

「でも、きみが操ってる死体(ひと)は影響を受けない……よね?」

「うむ。この者たちに意識はないからのう」

「やっぱり……! じゃあきみの力で……」


 と言いかけたところで、レンは制止するように両手を突き出した。


「待たんか。わらわの代償を忘れてはおらんか?」

「『蘇らせた人の名を覚える』だっけ」

「そうじゃ。お主は『死んだ者たち全員を蘇らせれば物量でリゼッタを倒せるんじゃないか』と言いたいんじゃろうが、幾ら何でも無理じゃよ。《黄泉衆》もわらわの護衛を任せている以上は動かせんしなあ」

「そっか……ってことはレン様の安全が確保されてるなら《黄泉衆》を動かせるんだよね? だったら私とリーズちゃんがきみを守るから、その人達を使ってリゼッタを引きずり出して」

「お主らが前線に出なくてよいのか? これは手柄を立てるチャンスとも言えるのじゃぞ?」

「他の皆に譲るよ」


 レンは訝しむように私の目を覗き込んだ後、不敵に笑った。

 どうやらこちらの意図に気付いたらしい。私の正体を察しているようだし無理もないか。


「ふむ、そういうことか! 良いじゃろう、リゼッタを仕留めるまではここに居てもらうが、その後は好きにせい。他の連中にはわらわが適当に説明しておいてやる」

「……ありがと、レン様」

「前に言ったじゃろう? わらわはお主に賭けてみたいのじゃ」


 やれやれ。結局、加勢する羽目になってしまった。

 しかし幹部クラスが出てきたからには見て見ぬ振りを決め込むという訳にもいかない。

 リゼッタの相手は他の連中に任せるにしても、女王様の護衛くらいは担当してやろう。

 それにレンが協力してくれるのであれば戦場を離脱しやすくなるから、何も悪いことばかりではない。

 正直、あまり借りを作りたい類の人物ではないけれど、今は躊躇っている場合でもないのだ。


「……あ。任せっぱなしってのも悪いし、多少の手助けはしておこうかな」


 ふと思いついた私は、全ての聖魔剣をこの場に召喚し、半ばリーズ専用になっている《迅雷剣バアル》と後々自分で使う《吸命剣ザッハーク》以外のものを《黄泉衆》メンバーの手もとに移動させた。


「リゼッタを倒すまでは使っていいよ」

「それがお主の力か。自ら剣を操るだけでなく、他者に貸与することも出来ると。いかにもリーダーらしい能力じゃのう」

「他人と連携して初めて真価を発揮出来るって意味ではそうかもね……ってことで、頑張ってね《黄泉衆》。きみたちのご主人様の護衛はやっておくから」



 その後、私はレンの傍を離れない範囲で、頼れそうな者たちに指示を出していった。

 まずフレイナ。彼女には《権限》による後方からの援護射撃を行わせる。

 後のこともあるので本音を言うと手を抜いて欲しいのだけれど、この子にそのような器用な真似は出来ないだろうから全力でぶっ放してもらう。

 次。フェルディナンドはエミルと共にリゼッタの手下を引き付けてもらう。

 彼は最初こそ苦しみながら洗脳の進行に耐えていたものの、過去にも同じ能力を使われているだけあって誰よりも早く克服。ほぼ万全の状態で戦えるようになっていた。

 それからウォルフガングが気合で侵蝕を抑え込むことに成功したので、ライルを救う意味も込めて彼と共に帝都方面を偵察してもらうことにした。


 なお、その他の連中が何も出来ずに居たのかといえばそうではない。

 こういった難しい状況どころか戦場自体に不慣れである筈のレティシエルは全く動揺する素振りを見せず、洗脳され切った者や進行中である者に対して必死に声を掛けていた。


「皆様っ! どうか正気を取り戻して下さい! あなた方は下劣なる魔族の為ではなく世界の為、ラトリアの為、そして私の為に戦わねばならないのですよ!」


 最初は「無駄な呼びかけだ」と思った。「私の為に戦え」なんて、むしろ洗脳されたフリをして斬り刻みたいくらいムカつく物言いだ。

 幾らレティシエルが人気者とは言っても、ただそれだけで淫魔の魔法に打ち勝てるものか――いや、「ただそれだけ」ではないとしたら?

 連合軍の一部が盗賊化しかけた時、レティシエルの説得を受けた者達は手のひらを返してあいつを持て囃し始めた。まるで洗脳でも受けたかのように。

 またあのような現象が起きるのではないか。

 そんな予感は的中し、あいつの声を聞いた者はたちまち正気を取り戻していった。

 やはりレティシエルはいつの間にか《権限》を得ていたのだろうか。それも、恐らくは精神操作系の。

 はっきり言って「今、リゼッタがこの場に居る」ということよりも遥かに面倒だ。

 精神操作など、あの悪辣な女が得ていい力ではない。神はいったい何を思ってあいつを選んだんだ。

 何にせよ、少なくとも今のレティシエルはこの上なく「頼れる味方」である。認めたくはないが、かといって足を引っ張っていられるほどの余裕もない。

 私は不快感を隠してレンの護衛に徹した。



 それから一時間ほど経過した。

 リゼッタによる洗脳は続いているものの、レティシエルのお陰で半数以上の男は正気を保てていた。

 彼らはリゼッタの能力が一切効かない《黄泉衆》と協力し、村を荒らし尽くした。

 アルマリカとフレイナの支援攻撃もまた破壊を加速させている。

 既に一般人が避難した後とはいえ、村を焼くのは何だか心が痛むな。

 だが悪いのはリゼッタだ。お前がさっさと出てきて倒されるなり降伏するなりしていればこうはならなかった。

 さあ、いつまでも隠れていないで姿を現せ。それとも、勝ち目がないと見て逃げる支度でもしているのか?

 

――などと思っていると、村の中央辺りの上空に眩い光が発生し、地上に落ちていった。

 間違いない。リゼッタが前に使っていた《星墜(アスター)》だ。


「む……ついに痺れを切らして出てきおったか。早々に我が下僕を三人も駄目にするとは」

「……勝てそう?」

「《黄泉衆》の強みは飽くまで『命令に忠実であること、恐怖心を持たぬこと』じゃ。強力な一個人相手では分が悪い……が、《シュトラーフェ・ケルン》の三人があちらに向かっておる」

「トリスタン、ベルタ、オーラフだね」

「後は《輝ける黄金(ゴールドライツ)》もじゃな」

「そのメンバーなら何とかなるかな。確かにリゼッタは強かったけれど、あいつ自身の戦闘能力って意味で言うとバルディッシュやグリムグレイには及ばないと思うし」


 レンは納得した様子だが、リーズが少し不安げだ。


「ほ、本当に大丈夫なのでしょうか……やっぱり加勢した方が良いのでは……」

「駄目だからね? これは命令だよ」

「むぅ……そう仰るのであれば……」


 リーズはフレイナと似たような気質だから、強敵を前にして全力を出さずに居るというのは我慢ならない筈だ。

 でも、こんなところでこの子を借りる訳にはいかない。

 親友だから、幾ら強がっていても見ていれば分かる――あと一回、本気で戦ったらきっと彼女の命は尽きてしまうだろう。

 ならば、その一回で戦争を終わらせる。

 彼女が最期に見るのは「ハッピーエンド」でなくてはならないのだ。



*****



 降り注ぐ炎と矢に家屋が壊され、仲間たちが敵兵に斬られてうめき声を上げながら死んでゆく。

 そんな音を聞きながら、リゼッタは辛うじて無事な屋敷の中で縮こまって震えている。

 屋敷の主や従者はみな戦場に立っているから、ここには他に誰も居ない。


「ふざけんな……あんたら、あたしからどれだけ奪うつもりなんだよ……」


 かつてリゼッタは、ようやく得た居場所を天上人に奪われた。

 あの時の記憶が呼び起こされるような状況に対してひどく恐怖しているのだ。

 しかも今回は一人で逃げ出す訳にはいかない。「王子様」が助けに来てくれることもない。


 リゼッタから見て、戦況はどうしようもなく絶望的であった。

 戦力の質では勝ち目がないから物量での戦いを挑もうとしたのに、連合軍は想定以上に行動可能な人員を確保出来ているし、能力に抗う術まで持っている。

 せめてエストハイン王国に居た時のようにじっくりと洗脳を行うことが出来ればまた違ったのかも知れない。

 広範囲に対して無差別に魅了能力を使う場合、どうしても強度が下がるし「その場で暴れさせる」程度の命令しか聞かせられないのである。

「ならば魅了をやめて単身で連合軍を殲滅するか?」とリゼッタは考えて、すぐに首を横に振った。

 そんなことをしたらこちら側が物量で押し潰される。

 そもそもアステリアの言う通り、リゼッタはバルディッシュやグリムグレイほど強くない。飽くまで大人数を動かせることが彼女の強みであるし、それを本人もよく理解している。


 あれこれと苦悩している間に、とうとう敵の攻撃が屋敷にまで及んだ。


「死にたく……ないなぁ。怖いのも痛いのも嫌だし、死んだらみんなに……レイジに会えなくなっちゃうよ」


 リゼッタは声を上げて泣いたが、それも戦場の喧騒によってかき消される。

 もはや選択肢は一つ。無理でも戦うしかない。

 覚悟を決めたリゼッタは涙を拭い、立ち上がった。

 

「……レイジ、あたしに勇気と力を頂戴」


 そう小さく呟いた後、《星墜(アスター)》を詠唱。

 屋敷ごと周辺に居た敵を吹き飛ばし、瓦礫と炎の中から躍り出た。

 腰に手を当てた堂々たる佇まい。強気な表情。

 リゼッタは臆病な自分を覆い隠し、「人々が恐れ慄く《魔王軍》幹部」を演じることにしたのだ。


「村をこんなにするなんて、相変わらず野蛮過ぎてあんたらの方がよっぽど魔族っぽいよ。平和の為にあたしが退治してあげないとねっ♪」

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