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8章17節:《正義の誓い》

 レインヴァールとその仲間たちは山を飛び回り、グリムグレイを本隊から引き離すような形で交戦を始めた。

 グリムグレイは他の《魔王軍》幹部と同様、《絆の誓い》によって身体能力を増幅されており、まばらに生えた木々を容易になぎ倒す膂力と矢のように空中を駆け抜けられる機動力を発揮している。

 しかし《夜明けをもたらす光(デイブレイク・レイ)》の方もそれに引けを取らない。

 速度勝負は瞬間移動を可能とするレイシャの専売特許だし、アイナも風属性マナを操作して使用する浮遊系や加速系の《術式》は得意だ。

 レインヴァールはシェリンに加速の《術式》を使わせられるし、アダムはあらゆるタイプの魔法を操れるため高速戦闘にも対応出来るのである。


 戦闘を開始してからすぐに、部隊中央部から駆けつけてきたレティシエルや、《シュトラーフェ・ケルン》を中心とする護衛隊が合流した。

 とは言っても直接戦闘に参加しているのはオーラフだけであり、他はレティシエルを傍で守ることに専念している。そのオーラフもグリムグレイに追いつくことは出来ないので、離れたところから炎弾や雷撃、水流などを放つに留まっている。

 ただレインヴァールたちは、一見すると足手まといである王女がわざわざ前に出てきた意味を、明言はされないまでも直感的に理解していた。

 明らかに彼女が来る前よりも体力や気力が増していたからだ。

 レティシエルが持つ《権限》、《寵愛の誓い》の効果である。

 これが一体どういう現象なのか本人以外は知らないものの、強敵との戦闘中ということもあり気に留めている暇などなかった。


 やがてレティシエルを追う形で序列第三位、《輝ける黄金(ゴールドライツ)》もやってくる。

 今やたった二人になってしまったものの、戦力としての価値は以前よりも増していた。

 フェルディナンドが剣の能力を使って注意を引き、エミルが攻撃を弾く《防壁(バリア)》や膂力を強化する《強健(フォース)》でサポートする。

 付き合いが長い「たった二人」だからこそ出来る、優れた連携である。

 かつてのように人数の暴力に頼ることが出来なくなったというのが、皮肉にも彼らを急成長させていたのだ。


「これなら《闇晶の魔人》と言えど何とでもなる。噂ほどの相手ではなかったな」と、皆の戦いぶりを観察しているローレンスや辺りの騎士たちは思った。

 実際、攻撃が漆黒の鎧を掠ることがだんだんと多くなってきている。グリムグレイが力尽きて致命的なダメージを受けるのも時間の問題であろう。

 一方で、レインヴァールは違和感を膨らませていた。

 確かにグリムグレイは素早く、力強く、反応も良い――が、「たったそれだけ」なのだ。

 他の組織であれば筆頭になれたとしても、こと《魔王軍》幹部に関してはこの程度で名を連ねられるほど甘くない。

 本人の力量というよりは指揮能力に秀でたタイプなのかと言えば、単独で最前線に立っている時点でその線も薄い。

 だからこそ、幾度となく激しい戦いに勝利してきたレインヴァールは調子に乗るどころか「何か切り札を隠している」と考えるのだ。

 「一度見た攻撃を無効化する」という強力ではあるものの決して無敵ではない《権限》と付き合ってきた彼は、強敵と戦う時にはごり押しをせず相手の手札を読み切ることを意識する。

 故に、慌てて全力の攻め手を打つよりも牽制と回避を優先していた。

 他の者たちも彼の意図を理解し、同じようにしている。

 だが、個人もしくは少人数で強敵とぶつかった経験のないローレンスはそうではなかった。


「何をしているのだ、あなた方であれば楽に押し切れるだろう! 早急に始末してしまえ!」


 彼が怒号を飛ばすと、レインヴァールもまた焦りを感じ始めた。

 ローレンス自身はただ痺れを切らしただけとはいえ、急いだほうが良いというのもまた、あながち間違った判断とは言えないことに彼らは気付いたのだ。

 レインヴァールたちは本隊をグリムグレイから守るために彼を引き付けている。逆に言えば本隊が別方面からの奇襲を受けた際、すぐには駆けつけられないということを意味している。

 あちらにはルアやフレイナのような手練れも混じっている王侯貴族、それとトロイメライを守る為に残った聖団系勢力も居るものの、さっさとグリムグレイを倒して合流した方がより安全というのも確かだ。

 葛藤の末、最終的にはリスクを受け入れて短期決着に切り替えることにしたレインヴァールたち。


 しかし、いささか決断が遅かったようだ。

 突然、敵意が本隊を包囲するようにして出現したのである。

 真っ先に反応出来たのはアルフォンスだった。彼は聖団騎士や修道術士たちに指示を出して防御壁を展開させる。

 次の瞬間に本隊を襲ったのは、攻撃の雨ではなく雪崩だった。


「これが狙いだったか……!」


 アルフォンスが僅かに焦りを見せる。

 それもその筈。彼も部下たちも広範囲にわたる大質量の奔流に対処する手段など持っておらず、部隊全体を守ることは不可能なのだ。


 迫り来る雪塊を前に、多くの者はひとまず自衛だけを考えた。

 そんな中、ルアは全てを守る方法を模索すべく時間を停止させた。

 今、動いているのは彼女と傍に居たフレイナだけだ。


「やられましたね。幹部クラスが自ら囮になるとは……」

「ルア、感心している場合じゃありませんわよっ!? わたくし達はともかく、対応出来ない連中が巻き込まれて崖から落ちてしまいますわ!」

「分かってます! 発火系や防壁系の《術式》を扱える者たちの陣形を整えて守らせれば或いは……」

「で、誰が役に立つかは分かってるんですの!? 全員を配置につかせるまであなた自身は持ち堪えられるんですの!?」

「ホント、ごちゃごちゃうるさい人ですねっ! じゃあもっとマシな案を出してください!」

「そ、それは……!」


 フレイナが言葉に詰まった。

 その時、彼女の思考の内側に誰かが「おい、お前」と語りかけた。

 ルアとフレイナ以外に動けるものは何一つ存在しない筈なのに、だ。

 ふと瞬きをしたら、フレイナの視界からルアを含めた全てが消えた。

 

「なななっ、なんですのぉっ!?」


 困惑するフレイナの前に、燃えるような赤髪の女が現れる。

 顔立ちは美しく、高身長でスタイルにも恵まれている。見かけ上は二十代後半といったところだ。

 大胆に腕や脚を露出させた軽装であるものの、色気というよりはむしろ自信を感じさせる。

 彼女は高圧的かつラフな口調で話し始めた。


「まだるっこしいのは好かん、単刀直入に説明してやる。私はお前に力を与えることにした。《権限》と言えば分かるだろう?」

「《権限》って、ルアの……? ということは、あなた様は……!?」

「お前たちが《輝焔天(きえんてん)》と呼ぶ存在だ」


 《輝焔天》。十二の神のうちの一柱であり、炎と憤怒を司る女神。

 ルアに力を与えた《水浄天》とは対照的だ。

 フレイナは非現実感を覚えつつも、聖団の信徒の一人として神と対面できたこと、そしてそれ以上にルアと対等な立場になれることを喜んだ。


「ああ……本当に光栄ですわ……幾ら感謝してもし切れませんわ!」

「であれば、お前のやるべきことを果たしてみせろ。その為に力を与えるのだからな」

「わたくしにはどのような《権限》を下さるのですか!?」

「《正義の誓い》。お前の正義に反するものだけを焼き尽くし、他には影響を与えない炎を放つことが出来る。その気になればこれだけで街一つを滅ぼすことも出来るだろう」

「わたくしの、正義……」

「お前はかつてあれこれと無駄な考えを巡らせ、動きたくても動けないでいた。そんな恥ずべき生き方はもうやめて『許せない』と思うものを即刻、消し炭にしてみせろ。これが能力の『代償』だ」


 女神の指摘を受け、フレイナは王立アカデミーでの記憶を蘇らせていた。

 寄ってたかってルアを迫害した学生たちやオーラフ。ルアを救いたいと思っていたのに結局何も出来なかった情けない自分自身。

 たまたまリアが来たから良かったものの、そうでなければどうなっていたか。

 考えれば考えるほど自分への怒りが湧いてくる。

 だから、フレイナはまず「自分自身の弱さ」を焼き尽くすことにした。


「……ああ、わたくしはもっとシンプルで良いんですのね。そういえばリアにも『周りの目なんか気にせず自分の信じる道を行ったらいい』なんて忠告されましたわね」

「そうだ。お前は自分の思うままに戦っていればいい。『何が正しくて何が間違っているのか』などと考え込むのは、考えるのが大好きなお前の友にでも任せておけ」

「分かりましたわ。まずは雪崩を解かし、次に卑劣な伏兵共も焼滅させてみせますわよ!」


 フレイナが目を閉じ、再び開いた時にはルアが戻ってきていた。

 彼女は自信に満ち溢れた様子のフレイナに対して問う。


「どうかしたんですか? 何か良い作戦を思いついたとか?」

「いいえ! でも、今のわたくしならばどうにか出来るかも知れませんわ!」

「そんな訳な……」

「ありますわっ! だって、わたくしもあなたと同じように《権限》を賜ったんですからっ!」

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