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8章16節:魔王軍幹部・《闇晶の魔人》

 連合軍主力部隊の最前列を歩くレインヴァールたちは、真っ黒な人影を視界に捉えた。

 その人物は物陰に隠れるでもなく気配を遮断するでもなく、下り坂の真ん中を闊歩している。

 それも、たった一人でだ。

 姿がよく見えずとも、宿している自信と敵意から強者であることはすぐに察せられた。

 皆が警戒する中、レイシャは《天閃の誓い》の視覚強化効果によって真っ先にその者の風貌を確認し、そして動揺した。


 全身を覆う漆黒の鎧。

 同じく黒い大鎌。

 鱗をまとったいかにも強靭そうな尻尾。魔族の中でも「竜人種」と呼ばれる者達の特徴である。


「……グリムグレイだ」


 レイシャが小さくその男の名を呼ぶと、彼女の焦りが仲間達にも伝播する。


「グリムグレイ!? まさか《魔王軍》幹部の《闇晶の魔人》か!?」


 ローレンスが言う。

「闇晶の魔人」という呼び名は、11年前のラトリア北方戦争で王国正規軍に壊滅的な被害を与えたグリムグレイに対し、ラトリア側の人間が畏怖を込めて付けたものだ。

 ローレンスや《夜明けをもたらす光(デイブレイク・レイ)》を含むこの場に居る大多数は例の戦いには参加していないものの、その名を知らぬ者は誰一人として居ないだろう。

 彼の言葉に反応するのは、唯一いつもと同じ冷静さを保っているアダムだ。


「幹部クラスが単独で来るとはな。敵の戦力を削る好機……と言いたいところだが、そう簡単には行かないのだろうな」

「ローレンス、ここは僕らに任せてくれないか」


 地形の悪さゆえに大軍勢で敵を包囲するのは不可能であり、戦闘に参加する者を下手に増やしても無駄な犠牲が出るどころか足を引っ張ってしまう。

 レインヴァールはそう判断し、申し出た。

 ローレンスはすぐに頷き、進軍を止めて総軍に状況を伝え始める。

 一方でレインヴァールたち四人は駆け出し、グリムグレイの前に立ち塞がった。


「《勇者》とその仲間か。私はグリムグレイ、お前たちを殺しに来たぞ」


 鎧の中から男の低く冷淡な声がした。

 レインヴァールは剣を消去し、訴えかけるように両手を上げる。


「僕らだけじゃない。今、ここには世界最強と言ってもいい戦力が揃ってるんだ。それをたった一人でどうにかするだなんて無理に決まってる……だから、退いてくれないか」


 彼は《魔王軍》幹部に対し説得を試みた。

 無論、怖気づいた訳ではないし、逆に見くびっている訳でもない。

 魔族すらも同じ人間として認めているレインヴァールは、どんな状況であっても「お互い傷つかずに済む可能性」を考えているのだ。

 今までだって、彼だけは遭遇した伏兵を殺さないように立ち回っていた。

 世界がどれだけその善性を蔑ろにしようと、彼は世界に理想を見出し続ける。これこそが《不屈の誓い》の代償――「決して絶望しないこと」である。

 そしてグリムグレイもまた、今までレインヴァールが相対してきた敵と同じように、その優しくも独り善がりな想いを踏みにじるのであった。


「なるほど。噂通り《勇者》という渾名に相応しい、愚かな男だ」

「君は《魔王軍》の幹部なんだろ? どうか魔王にこの戦いをやめるよう言ってくれ。君たちが強引な支配拡大をしないのならこっちだって戦い続ける理由はないんだ」


 レインヴァールの非現実的な主張を聞き、グリムグレイは冷たい声色に少しだけ怒りを混ぜて答える。


「われわれ魔族には安心して暮らせる場所が必要なのだ。お前たちはそれを受け入れるというのか? 平和的な共存に至れると言うのか?」

「僕が何とか王や貴族たちを説得してみせる。彼らだって《勇者》の言葉は無視出来ない筈だ」

「戯言を。それが可能なら何故、世界はこうなっている?」


 レインヴァールは口ごもった。この男の言うことがどうしようもなく事実だからだ。

 彼は機会さえあれば人々の前で反戦的な物言いをしてきた。口だけではなく、実際に犠牲を最小限にするような戦い方もしてきた。

 だが結局のところ、世界は彼の在り方を無視している。

 人々にとって《勇者》とは「魔族を討ち滅ぼす人間族代表」でしかない。「平等主義」「反戦主義」という名の役立たずな理想を掲げる姿など求めていないのである。


「《勇者》よ。お前やその周りの数人が平和を望んだとて、大多数の人間が同調せねば意味がないのだ。そういう意味で、多くの魔族の夢を叶えるべく動いた魔王様とお前では天と地ほどの差がある」

「……それでも誰かが望まなきゃ永遠に世界は良くならない」

「勝手にするがいい。少なくとも魔王様や私は人間など信じないし、許すこともないがな。これまで人間どもに奪われてきた大切な命や居場所はもはや戻ってこないのだから」


 口を開き、飽くまで食い下がろうとするレインヴァール。

 しかしアダムが彼の前に手を出して制止した。


「もうやめておけ。それがお前の抱える代償とはいえ、相変わらず無駄を好む男だ」

「……戦うしかないのか」

「当然だ。これまでもそうだったし、これからも変わることはない」


 グリムグレイが大鎌を構えた。


「そちらのエルフはお前よりも物分かりが良いようだ。そう、退く選択肢など初めから無いのだよ。お前に出来るのは武器を出して私と戦うことだけだ」

「くっ……シェリン!」


 レインヴァールは悔しげに下唇を噛みながら、青く光る剣を呼び出すのであった。




――《闇晶の魔人》、グリムグレイ。

 彼は齢六十に近い、老いた魔族である。実年齢で言えばダスクやアルケー、リゼッタより下だが、《絆の誓い》による増幅をもってしても老化の抑止が出来ないほどにマナ操作能力が劣っているのだ。

 ダスクが天上大陸に村を作ったばかりの頃、まだグリムグレイは地上で屍肉とゴミを漁って暮らす無力な少年に過ぎなかった。

 父親は不明。母親はグリムグレイがまだ幼い時に飢えて彼を食い殺そうとしたところで、魔物に襲われて死んだ。彼の心には母を喪った悲しみなど存在せず、ただ「母を食らったことで魔物が満足してくれて良かった」という安堵だけがあった。

 愛するに値するものも居場所も何も無い。だから生まれたことに絶望して世界を憎む。そういった、掃いて捨てるほど居る地上人の一人だ。


 だが、やがて彼は希望に出会うことになる。

 ダスクやヴォルガスは村に移住させる者、すなわち周囲との協調が可能な者を見定める為、度々地上に出向いていた。

 その日はヴォルガスが単独で視察に訪れ、地上の人々に対し村を紹介すると共に「天上大陸に国を作る」という理想を語った。

 通りかかった地上人の殆どが「バカバカしい」と言って無視したり彼を攻撃する中、グリムグレイは彼の目標や思想に未来を見出し、移住を望んだのである。

 それからヴォルガスはグリムグレイと何度かの面談を行った後、ダスクの許可も得た上で彼を移住させることに決める。

 しかしその矢先に村が襲撃され、グリムグレイはダスクと同様、深い絶望に陥るのであった。


 少し経って、天上大陸を征服する為の戦力を求めて地上に降りたダスクは彼に接触し、雲の上で起きた惨事を包み隠さず伝えると共に協力を求めた。

 グリムグレイはそれを二つ返事で引き受けた。

 復讐の為に。そして、未来を見せてくれたヴォルガスとダスクに報いる為に。

 他に何も持たない彼はこの二つの想いだけを胸に、ずっと生きてきた。

 そんな男が、この期に及んで退く筈もないのである。

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