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8章14節:白き山に潜む敵意

 山道を更に上っていくレインヴァールたち。

 ある程度開けた場所に出ると、誰もが東の方を見下ろした。

 この高さからだと空洞域のほぼ全域を見渡すことが出来るのだ。

 もし観光目的でこの場に来た者が居たらその絶景ぶりに感動しただろうが、連合軍の人々は「あそこを大軍勢で通過できたらわざわざ迂回しなくてもいいのに」と考え、意気消沈するばかりだった。

 大穴を渡る為の橋のようになっている部分を観察してみると、その辺りを中心として暴風や大爆発が発生している。

 以前の墓標荒野での戦いに参加した者であれば、それがアレスと彼の猛攻を凌ぎ切れるような存在、すなわち《魔王軍》幹部との戦いであることはすぐに察しがついた。


「リアたち、大丈夫かな……」


 レインヴァールが不安そうに俯く。

 彼は以前にアレスと一戦交えていたからこそ、「あいつが居れば大丈夫だろう」などとは思えなかった。

 確かにアレスは強いが仲間のことを顧みない男である。それに戦っている相手は恐らく、彼と因縁がある《黄金の魔人》だ。

 戦闘に夢中になったアレスが仲間を巻き添えにするような攻撃を放っているのではないかということが容易に想像出来る。


「気持ちは分かるけれど、今は信じましょ」


 レインヴァールの顔を覗き込んで言ったのはアイナだ。


「……うん、そうだね。自分のやるべきことに集中しよう」


 自らの頬を叩き、気合を入れ直すレインヴァール。



 それからしばらく歩いたところで、レイシャが危惧していた事態が起こった。

 突如として殺気が漂ってきたのだ。いつも通り気の抜けた振る舞いをしつつも神経を研ぎ澄ましていたレイシャは、真っ先に気配を感知する。


「山側から敵襲っ!」


 そう叫ぶとほぼ同時、気配遮断を解いた魔族たちが左にある山の上から姿を現し、木々の陰から一斉に矢を放った。

 しかし《夜明けをもたらす光(デイブレイク・レイ)》の面々は即座にレイシャの警告に反応しており、レインヴァールは青く輝く剣「シェリン」の力で障壁を展開。

 アイナもまた風を操る《術式》である《疾風(ゲイル)》を唱え、大量の矢を一気に吹き飛ばす。

 矢に混じっている魔法の弾丸に対しては、アダムが魔法破壊の魔法を行使して打ち消した。

 対応出来たのは彼らだけではない。

 第一位の動きを見て異変を察知した聖団騎士長アルフォンスは、攻撃が軍勢に届く前に抜剣。いかなる術技を用いたのか、矢だけでなく魔弾すらも切り払っていた。

 彼は聖団の戦士たちに指示を出した後、真っ先に山を駆け上がっていった《夜明けをもたらす光(デイブレイク・レイ)》に続いた。

 それから遅れてローレンスも全体を指揮する。だが正規軍や貴族たちの大半は狼狽えてばかりだ。

 彼らは平地で大軍勢を相手にした経験はあっても、このような地形でのゲリラ戦に関しては不慣れであった。

 その中にあっても、ゲリラ戦どころか戦闘経験そのものが薄いルアは、持ち前の精神性ゆえに落ち着いて状況を見極められている。

 フレイナもまた、ルアへの対抗心と信頼感によって辛うじて冷静さを保っていた。


「私は人殺しが出来ないので部下と共に流れ弾に対処します。フレイナは前に出た方々をあの鉄砲とやらで援護して下さい」

「あ、あなたに言われずともそのつもりでしたわっ!」


 フレイナを中心とするカーマイン公爵領の出身者たちが鉄砲を構え、弾幕を形成する。

 命中精度自体は劣悪であり、どこを狙っても当たる魔物の大群を相手取るならともかく、散開している《魔王軍》の伏兵に対しては全くダメージを与えられていない。

 しかし、その見慣れない武器は彼らを警戒させたという意味で充分に効力を発揮した。

 後方支援部隊を襲うべくそちらに接近していた伏兵たちが引き返していく。

 彼らは「これ以上戦っても得るものがない」と判断したのか、気配遮断の魔法を再使用してこの場から去っていった。


 こうして交戦は早々に終わった。

 連合軍側の被害は怪我人が数十人、魔族側は死者が数人。

 その結果を見て、ローレンスが鼻で笑った。


「ふん、みっともなく敗走したか。やはりこれだけの戦力が揃っていれば伏兵など恐るるに足らんな」


 強者たちに頼り切りであったにも関わらず調子付いているローレンス。それとは対照的に、アダムは周辺を観察しつつ顔をしかめた。


「なるほど、引き際をよく心得ている。なんとも面倒なことだ」



 連合軍は怪我人の治療を行うと共に態勢を立て直した後、再び進軍を始める。

「こちらの強さを思い知ったのだからもう仕掛けてこないだろう」などと楽観視する者も一定数居たが、現実は甘くなく、それからも伏兵による散発的な攻撃にさらされ続けた。

 二度目以降の奇襲は最初と異なり、より隠密性に特化したごく少人数の部隊によって実行された。

 奇襲するにしても戦力が充分でなく、伏兵を犠牲にして《魔王軍》の側が連合軍に与えられた損害はせいぜい、何人かが怪我をしたり物資が少しばかり失われたりといった程度である。

 明らかに士気を削る為に送られてきただけの捨て駒だ。

 しかし、そんな最悪な任務であっても彼らの目には意志の炎が宿っていた。洗脳や脅迫などによってやらされているのではなく、捨て駒であることを理解した上でこの場に臨んでいるのだ。

 《魔王軍》とは、ルミナス帝国とは、少なくとも彼らにとってはそこまでするに値する希望なのである。

 その為、端から無茶な戦いであっても攻撃に躊躇がない。

 実際のところ、彼らの存在は実際に与えた損害以上に連合軍にストレスを感じさせていた。


 そして、このような状況になるのを待っていたかのように、比較的規模の大きな部隊による全滅覚悟の奇襲が行われる。

 連合軍全体を狙っていたこれまでの攻撃と異なり、今度の伏兵は最初から後方支援部隊だけに狙いを定めていた。

 士気が下がりつつあること、隘路であること、ローレンスの指示により第一位の四人や聖団騎士といった練度の高い者が中央から最前列にかけて配置されていることが災いして対応が遅れた結果、追い詰められた支援部隊員と荷役動物が滑落した。

 それからすぐに襲撃者たちは殲滅されたものの、連合軍は数人の命とそれなりの量の物資を奪われることなった。


「クソっ、卑劣な魔族共めッ! 正々堂々と戦え! そんなに俺たちが怖いのか!」


 ローレンスが喚く。少し前にあった筈の余裕は早くも消え失せており、王子として人前に立っているというのに素の自分を表に出してしまっていた。

 レインヴァールは真剣な表情で彼に訴える。


「ねえローレンス、僕らは後方部隊を守った方が良いんじゃないかな。このままだとまた同じことになりかねない。腕の良い聖団の人たちも、トロイメライ様を守らなきゃならないってことで中央から動けないしさ」

「その必要はない。あなた方には是非、最前線で軍勢を導いて頂きたい」

「でもそれじゃあ……」

「分かっている! 中央に居る正規軍人を幾らか後方に回そう」


 二人の会話を見ていたアダムが、ローレンスの判断に呆れたかのように肩をすくめる。


 多くの者が焦り、苛立ち、恐怖といった負の感情を抱える中、クロードだけはいつも通り怪しげな笑みを浮かべていた。補給物資の大半は彼が負担しており、今回の被害は決して他人事ではないのにも関わらず、だ。

 彼は他の貴族らに混じって行動していた筈だが、いつの間にやら前方に出てきてレインヴァールたちの戦いぶりを観察していたのだった。

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