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8章13節:雪に覆われし山道

 空洞域を抜けたのち魔人部隊を壊滅させた私たちは、山道を進んでいる連合軍主力部隊を援護する為、草原を歩いていた。

 進むほどに景色は雪で白く染まっていく。動いていればそれほど気にならないとはいえ、かなり肌寒い。

 私たちを先導するように《竜の目》の三人と一体が上空を飛んでいる。

 彼らとはついさっき合流したばかりだ。

 空洞域に取り残されていた者達もついてきたが、その数は見るからに少ない。

 私たちが守った連中と合計しても、空洞域を渡り始める前の半分にも満たないだろう。

 更には序列九位、十位もワイバーンに食い散らかされたり、アレスとバルディッシュの戦いに巻き込まれたりで全滅したらしい。

 まあ最悪な状況だったことを思えば、むしろこれだけ救えたのを喜ぶべきか。

 なお二人の戦いの結末については《竜の目》も知らないらしい。アレスが何とか勝利してくれることを祈るとしよう。

 

 さて、ここから目的地である山道の入口まであと五日は掛かる見込みとなっている。

 激戦を乗り越えた上での長距離移動というのは流石の私でも辛いものがあるが、まだまだ音を上げるには早すぎる。

 皮肉なことに、部隊の人数が半減したお陰で行軍のストレスが些か軽くなった。これならば以前のようなトラブルは起こらないだろう――なんてことを考えている自分に嫌気が差した。

 人が死んでいるというのに、私は悲しむどころかそのメリットに思考を巡らせてしまった。

 今もこれまでも「自分とは無関係な誰か」の死に真っ直ぐ向き合ってこなかった私に、近いうちに訪れるであろう親友の死を悲しむ権利はあるのだろうか。

 


*****



 王侯貴族を中心とする連合軍主力が空洞域の手前でアステリアたちと別れてから一日後。

 彼らは《夜明けをもたらす光(デイブレイク・レイ)》を先頭として狭く険しい山道を進んでいた。

 降りしきる雪のせいで視界は悪いし、足もとへの注意を怠ればすぐに滑り落ちてしまう。

 緊張感を保たねばならない状況と寒さが相まって多くの者が苛立っている。

 一方、皆を先導する第一位の面々は「相変わらず」といった様子だ。


「さ、寒いよぉ~~~」


 エルフの少女、レイシャが《勇者》レインヴァールの腕に抱きつく。

 彼女は「肌を見せる」という《権限》の代償ゆえに、このような場所であっても殆ど全てをさらけ出していた。


「うーん、一時的に上着を羽織るとかは駄目なのかな」

「分かんないけど、それで能力失っちゃったらシャレになんないよー」

「だよなぁ……」

「そう。だからレイシャと温めあおー?」

「いや、それはそれで色々とまずいというか」


 顔を赤らめ、押し当てられる胸から目をそらすレインヴァール。

 そんな様子をジト目で見ているのは貴族令嬢のアイナだ。


「くっ……寒さをいいことにレインに迫るなんて……! ねえアダム、何とかしてよ」


 彼女はすぐ隣を歩いているエルフの青年に話しかけた。

 それに対し、彼はいつも以上に気難しい顔で返す。


「俺にどうしろと?」

「炎系の魔法で暖かくしてあげるとか。ほら、私ってそういうの苦手だし」

「ならば特訓すればいいではないか。お前が風系以外の《術式》も得意になってくれれば俺の負担も幾らか減る」

「頑張ってるわよ。でも私は人間族だし、みんなと違って《権限》も持ってない。限界というものはあるの。本当に悔しいけれどね」

「……やれやれ、仕方ないな」


 アダムが言った。それからすぐに、移動するレイシャを覆う形で温風が発生した。


「おー、あったかい。ありがとね」


 レイシャは一瞬だけ喜んだものの、レインヴァールが「もうくっついてる必要ないよな」と言って半ば無理やり自分を引き剥がしたので残念そうな顔をした。

 レインヴァールとて彼女が嫌いな訳ではないから気まずそうに「ごめん」と呟いた後、アダムの方を見る。


「《神理の誓い》……やっぱり凄いな」

 

 《神理の誓い》。それこそアダムの《権限》である。

 効果は「あらゆる系統の魔法に対する適性の向上およびマナ欠乏の無効化」。

 そう、原理は不明だが彼はどれだけ魔法を使用してもマナが枯渇しない、すなわち呪血病の発症に至ることがないのである。

 魔法や《術式》を扱う者であれば誰しも憧れる能力と言えよう。

 だが、それを称賛されてもアダムは表情を変えない。


「こんなことに俺の力を使わせるな。飽くまでマナが尽きないというだけで、魔法を扱う為に必要な体力や気力まで無尽蔵という訳ではないのだ」

「とか言いつつ使ってくれるんだから何だかんだ優しいよな」

「黙れ。さあ、そろそろ偵察に行ってきてもらうぞレイシャ」

「ん、任せて」


 レイシャが答える。進軍が一旦止まり、彼女は他の斥候数人――エストハイン王国女王レンの配下である《黄泉衆》のメンバー――と共に道の先へと消えていった。

 今までも同様にレイシャを中心する偵察要員が進路の安全性を調査し、問題がなさそうなら部隊を動かす、といったことを繰り返していた。

 こうした慎重さを煩わしいと思っているのか、第一位のすぐ後ろに居る指揮官、ローレンスは明らかに不機嫌そうだった。


 少ししてレイシャ達が戻ってくる。

 《黄泉衆》からの報告をまとめた彼女は、部隊の中央辺りに居る主のもとに帰っていく彼らを見送りつつ、ため息をついた。

 レインヴァールが声を掛ける。

 

「偵察から戻ってくる度にダルそうにしてるよな。一体なにがあったんだ?」

「あ~、んとね。女王さまの部下だから言いにくいんだけど、正直あの人たちが苦手でさ……」

「そうなのか。凄く丁寧な態度で真面目そうだし、あんまり悪そうな人たちには見えないけどなあ」

「逆に真面目過ぎるの。生身で崖を上り下りしたりしてさ、『女王さまの為なら命なんて惜しくない』って感じ。だからついつい気を遣っちゃって」

「なるほど。それは確かにやりにくいな」

「ん。これなら一人で偵察した方がマシかも~……」


 彼がレイシャのぼやきに付き合っていると、ローレンスは馬の上から二人を睨みつけ、「早く報告を」とだけ言った。

 レイシャは咳払いをしてから頷く。


「一応、この先も敵の気配はなかったよ」

「『一応』とは?」

「雪が酷くて周りがよく見えないし道もすごく狭くなってる。つまり敵からしたら絶好の襲撃ポイントってことになるから、伏兵がどこかに潜んでるかも~、って話」

「あなたならばそれを察知出来るのではないか!?」

「ある程度ならね。でも上手いこと風景に溶け込んでたり、ハイレベルな気配遮断系魔法とか使われてたらレイシャだってどーしようもない」

「そこを何とかするのが役目だろう!? やはり第一位のメンバーとはいえ所詮は女か……」


 ローレンスが苛立ちを隠し切れなくなり、つい無礼な言葉を放った。

 彼は昔から女を「戦場に居るべきではない、子を産むのが仕事の弱者」と見下しており、度々こういう言動を取っている。

 むすっとするレイシャ。流石に看過出来ないと思ったのか、レインヴァールもローレンスに近づいて口を出そうとしたものの、アダムがそれを制止する。

 レインヴァールは「相手が王族とはいえ仲間が侮辱されたのに黙っているつもりなのか」と思ったが、彼の予想に反してアダムはローレンスに対し難色を示した。


「今の発言は聞き捨てならんな。ライングリフ殿下やローラシエル殿下に報告しておこう」


 兄と姉の名前を出された為か、それとも男であり最高峰の魔術師でもあるアダムから批難された為か、ローレンスは僅かに萎縮した。


「そ、それは失敬……だが実際どうするというのだ、レイシャ殿!」

「もっと偵察要員が欲しいかな。じっくり見て、出来るだけ安全なルートを選ぶ」

「ええい、我々にそのような時間的猶予は与えられていないのだ! 進軍が遅ければそのぶん食糧は減るし士気も下がっていく。多少の伏兵なんぞ強行突破すればよい!」

「でも狭い雪道で襲われたら危ないよ」

「これだけの戦力が揃っているのだ、地の利など覆せる! 話はここで終わりだ、進軍を再開するぞ!」


 ローレンスは無理やり会話を打ち切って号令をかけた。

 彼の態度に呆れ果てたアダムが小さく呟く。

 

「……やはり真っ向から殴り合うことしか考えられん無能か。どうなっても知らんぞ」

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