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8章9節:魔王軍幹部・《黄金の魔人》

 突如として私たちの前に現れた「生ける天災」、バルディッシュ。

 皆が悪名高い《魔王軍》幹部の出方を窺って、或いは単に恐怖して立ち止まる中、当の本人は落下していった人々を飲み込んだ雲海をさして興味もなさそうに眺めている。


「おっと。別に雑魚共を殺すつもりはなかったんだが、まぁ戦争だから仕方ないわな」


 そう呟いた後、彼は私たちに堂々と背を向けて後方の人々を――否、ある一点を見つめた。

 そこには彼と同じく黄金色の瞳を持つ男、アレスが居た。

 バルディッシュはあいつ一人を狙って奇襲を仕掛けたが回避された、といったところだろう。

 橋に取り残されて戦々恐々としている有象無象の前にアレスは立ち、これまでに見たことがないほど良い笑顔を浮かべている。

 最悪の状況に反して随分と楽しげである。

 あいつは今さっき自分を殺そうとした相手に対し、まるで久しぶりに友人か何かと再会でもしたかのような態度を取っているのだ。

 実際、私のその予想は的中していた。


「あはは……会いたかったよバルディッシュ(しんゆう)! 元気してた!? 魔王の犬として働く生活は楽しかったかい?」

「犬とか言うんじゃねえ。こっちは自由にやらせてもらってるぞ。貴様こそ雑魚と群れるなんてらしくねえな」

「キミに会いに来ただけで別に彼らの仲間になったつもりはないよ。可愛い女の子とちょっとした約束をしたから少しだけ手を貸してあげたけどね」


 バルディッシュは会話に集中している。アレス以外の人間など眼中に入っていないようだ。完全に舐め腐っている。

 私は一斉攻撃を行おうと考え、小声で仲間たちに指示を出した。

 他にも何人かの敵がこちらに近づいてきているが、速攻でボスを仕留めれば後はどうにでもなる筈だ。

 そう思い、私は聖魔剣を撃った。そこにリーズとウォルフガングが続くように距離を詰める。

 背後からの超高速の連撃だ。幾ら《魔王軍》幹部とはいえそう簡単に回避出来る筈がない――と、僅かでも考えた自分の甘さをすぐに呪うことになった。


 バルディッシュが一言も発さず、瞬時にその場から消えたのだ。

 見上げると、奴は空中でハルバードを構えて再び天からの一撃を繰り出そうとしていた。


「さっきの攻撃ッ! 退いて!」


 私の指示に即座に反応し、前に出ていた二人がこちらに跳んで戻ってくる。

 その直後、さっきまで彼らが居た地点が爆発して地面が抉れた。

 エメラインもリゼッタもとんでもない身体能力の持ち主だったが、こいつはあの二人を上回る化け物かも知れない。

 《魔王軍》の幹部というのはどうしてこんな奴ばっかりなんだ。他の種族と比べて素のスペックに恵まれていることが多い魔族にしたってこれは不条理だろう。

 それとも彼ら全員が何らかの強化を受けているのか?

 僅かに冷や汗を流しながらもそんなことを考察していると、バルディッシュはおもむろに口を開いた。


「へえ……リゼッタの奴を負かしたのは貴様らか」

「腕をぶった切ってやったよ。仇討ちでもする?」


 私は感情を揺さぶる為、挑発的に言った。しかし彼は怒るどころか豪快に笑い飛ばしてみせた。


「まさか! 負けた奴が悪いんだ。戦いってのはそういうもんだろ? むしろあいつを追い詰める程の実力者ってんなら興味本位で貴様らともやりあってみたい……が」


 バルディッシュは再び後ろを振り向き、アレスと相対する。


「今はもっと大事なこと……こいつとの決闘があるんでね。終わるまで外野は邪魔しないでくれや」

「そういう感じだからここは任せてくれないかな、リア。キミ達はボクのことなんて気にせず貴族連中の援護にでも行くといいよ。元々そういう手筈だったんだろう?」


 そう言ったアレスに対し私は一応、確認をする。


「本気で一人でやるつもりなの?」

「当然さ。この時のためにわざわざ勇者くんとの約束までしたんだよ。『手を出さないでくれ』ってね」


 彼はこちらを全く見ずに答えた。

 二人は完全に自分たちだけの世界に入り込んでいた。

 アレスはバルディッシュと何らかの因縁があるようだし、バルディッシュの方も連合軍というよりはアレス個人と戦うことを目的としてこの場に現れたようだ。

 考えるに、これは好都合ではないか?

 アレスは「連携」という概念が無いことを度外視すればこちら側で最強の戦力と言っても過言ではない。

 そんな男があの強敵を引き受けてくれるというのであればここは一任し、私たちは私たちの仕事をすべきだろう。

 何も急いで武勲を立てる必要はないのだ。この戦争はバルディッシュの撃破によって終わる訳ではないのだから。


「……分かった。但し、絶対に勝ってよ!」


 アレスは軽く頷いた。自分の勝利を一切疑っていないかのような躊躇のなさだ。


「言われるまでもない。さあ、久しぶりに()り合おうか親友ッ!」


 それを合図に、赤と黄金の魔人は空に飛び上がる。

 その直後、ドラゴンに乗った《竜の目》が私たちの傍に降り立った。

 私が状況をかいつまんで説明するとゲオルクは舌打ちをした。


「なるほど。オレたちが偵察した時は確かに誰も居なかったんだが、機動力に長けた少数精鋭の部隊で急襲したってとこか。これは空洞域を渡ってくることを読まれてたな」

「そうなっちゃうね。で、幹部も居るとはいえ少人数しか派遣してこなかったということは……」

「間違いなく山道側にはもっと戦力を送り込んでいるだろう。急いで合流した方が良さそうだ」

「でも橋に取り残された奴らを放ってはおけないよ。ここは私たちが何とかするから、きみたちはワイバーンとか使って連中を助けてあげて」

「分かってる。悪いなルル、レグス。もう少しだけ頑張ってくれ」


 ゲオルクが二人の仲間の目を見た。「レグス」というのは銀の竜の名か。

 「ドラゴンを操る力」はルルティエと命を共有しているレグスが持つ能力らしいから、あれを使い過ぎれば二人とも疲弊してしまうのだろう。


「周囲の敵を殲滅したらリアたちは先に山道の方に向かってくれ。オレたちもすぐに追いつく」


 ゲオルクはそう言い、人々を救助する為に空洞域へと飛び去っていった。

 しかしそれをのうのうと見送っている余裕はない。

 振り向くと何人かの魔人族が「ここから先へは行かせまい」とでも主張するかのように立ち塞がっていた。


「お前たちなんぞ俺らで充分だ。バルディッシュさんの手は煩わせねえよ」


 魔人の一人が言った。

 恐らくはバルディッシュと共に戦場を荒らし回った直属の部下、或いは仲間たちだろう。

 数の上では圧倒的にこちらが有利だ。だが練度の平均という点において敵の方が大きく上回っていることは戦うまでもなく分かる。

 決して油断は出来ない相手だ。

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