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豊葦原物語  作者: 秋野萌葱
第一部
8/9

決断のその先

遅くなりました。

まだギリ12時を回っていないからセーフ、なはず。

「それで、結論を教えて貰おうじゃないか。」


「はい。」




あの後、呼び鈴を鳴らしたら蒼月さんが来て、「決まりました。」と伝えると頷いた。

朱若は、流石に帰らないと後が大変だよと蒼月さんに脅されて渋々飛竜で帰っていった。


仕事が終わったら話を聞くと蒼月さんは一度執務に戻っていき、私はする事が無いので夜になるまでゴソゴソと部屋を物色していると、その夜、蒼月さんと茶器を持った翡翠が部屋に来た。



ゆっくりと蒼月さんは私の目の前に腰を下ろす。

その前に茶器が並べられていく。

白磁の飾り気の無いそれに緑色の香ばしい液体が注がれていった。

スン。と鼻を動かすと薔薇と茶葉が混じったような香りが鼻先を掠める。


緑茶とは違うのかな…?


滑らかなスッキリとした甘い香りにそんな疑問が頭をよぎったが、今考えるべき事では無いので頭の片隅に追いやる。


お茶を入れ終わると、翡翠はゆっくりとその場を下がってドアの前に立ち、気配を消した。

その場に居るけどいない、そんな感じになっている。


「飲んでみてご覧、美味しいよ。」


そう言って蒼月さんは流れるような美しい姿勢でティーカップのフチに唇をつけると、コクリと喉が動いた。

それにつられて自分も手が動く。

緑色の液体が喉をつたって胸の内に薔薇の香りが広がっていった。

ほろ苦い緑茶みたいな味が口に広がって甘みを感じてきた。


美味しい。


そう感じれる味だった。


私が一息ついた頃合いを見計らって蒼月さんが口を開く。


「それで、結論を教えて貰おうじゃないか。」


怖い怖い。

目が笑ってなくてまるでガラス玉を見ているようで怖かった。


首をギチギチと動かして頷く。


「はい。」


「では、教えて貰おう。君は今後、どうしたい?どう生きる?」


ピクリと肩が動く。

緊張でうっすらと息が荒くなってきた。


『すうぅっ。ふぅぅぅっ。』


目を閉じて、一呼吸つく。


大丈夫。今度はハッキリと言える。

自分の意思を。

その問いかけの答えを。


「元の世界に帰るために、この世界で生きます。」


「そう。じゃぁ、私の養女になるかい?」

「はい。なります。」


反射的に口から出てきた返事に迷いはもう一つも無かった。

その言葉で十分と言うように満足そうに頷くと蒼月さんは話し出した。


「翡翠。もう大丈夫だよ。」


「やっと意思が固まりましたか。」


「わっ!びっくりした。」


皮肉を少しこめた言葉とともに、薄くて全く気づかなかった翡翠の気配が元に戻る。

正直、気配を消した状態で話しかけられると心臓に悪い事が分かった。


鋼鉄のワイヤーの如き心臓にならないといけないなと思った。

そうじゃないと、多分、心臓がいくつあっても足りない。

そう自分のカンが告げた気がした。


「これから君は、僕の養女になってもらう。だが、対外的には実の娘として扱うことにする。」


「それは何故ですか?」


疑問がそのまま口から出た。

呆れたような目をした翡翠がつぶやく。


「朱若のことを思い出して。」


朱若がなんかあったかな?


目を閉じて考え込む。


朱若、朱若、うーん。あーっ!そっか!



前に翡翠が教えてくれた事を思い出す。

朱若が幼いときに実の両親を亡くして今も苦労している事を。



「思い出したかい?」


蒼月さんが私を見ながら聞く。


「はい。なぜ養女ではダメかもわかりました。」


コクっと蒼月さんが頷いた。


「うん。じゃあ、話を進めようか。」





そこからは、私が対外的に活動するための設定や、準備していく事など三人で話し合った。


まず出自に関しては蒼月さんは未婚の為、私は外で生まれた子供ということになった。

婚外子になるが一人娘にあたる為、名目上は家を継ぐ事ができる嫡子になることができる。

そうすればお披露目をされていない私でも、貴族の身分を得ることができるそうだ。

貴族の身分を得るその辺りの事に関しては、蒼月さんが請け負ってくれる。

まあ、この国の文字も満足に書けない私では、戦力外だ。


身の回りのことでは、階級が上がるため部屋を変わる事になった。

新しく私と歳周りが近い侍女さんも付くらしい。


そして私は文字と数字の勉強と、基本的な礼儀作法、そして、この国の誰でも知っていることに関して、徹底的に勉強することになった。

教育に関しては私の秘密を知る翡翠が請け負ってくれる事になった。

蒼月さん曰く、翡翠は豊葦原でも一・二を争うほどの秀才なんだとか。


とほほ。デスマーチが始まる予感しかしないよ。


「以上。その他に何か質問とかはあるかい?」


その言葉に、私はずっと考えていたある事を質問する。


「あの、私に仕えてくださる侍女さんは蒼月さんに近い年齢の方にして頂けませんか?」


「それはどうして?」


「歳が近いと余計な軋轢が生まれて、これから先私が苦労すると思ったからです。それなら、蒼月さんが信頼する近しい方で選んでいただいた方が、これから先、良いのでは無いかと思いました。」


「ほう。」


嘘だ。いや、嘘は言っていないけど、年配の人の方が何かと都合がいい。

若い人だと、これから先身体のことで何かあった時、対応できないかもしれない。

その点、信頼できる年上の女性の方が即座に対応してくれるかもしれない。

憶測だらけの考えだが、十九年生きて来たからこその考えだ。


「良いと思いますよ蒼月さん。男の我々では口を挟めない領域もありますし。」


私を援護するように翡翠が言う。


「・・分かった。信頼できる者を付けることを約束しよう。」


「ありがとうございます!」


よかった。これで分かることも増えてくるだろう。


よっこらせと、蒼月さんが席を立つ。


「じゃあ、私達は戻るよ。あ、足枷はもう必要ないね。」


長身の体がこちらに歩み寄る。

ゆっくりと、身をかがめて蒼月さんが足枷に触れる。


「八式・解錠。」


そう唱えると、ガシャっと枷が外れ、足首が自由になった。


「わっスッキリした!ありがとうございます。」


ぐるぐると右足を動かしてみる。

跡は少しあったが、もう移動するたびに鎖が張ってつんのめったり、ひっくり返ったりすることがなくなる事が嬉しい。


「君の考えを聞けた以上もうこれは必要がないものだ。まだ行動制限は設けるが、これからは館も自由に歩いていいよ。」


足枷が外れると共に大幅な行動制限の解除が許可された。


やばい。ワクワクしてきた。明日ちょっと探検してみようかな。


蒼月さんは振り返るとドア前で腕を組みじーっとこちらを見てる翡翠に言う。


「翡翠も今日はもう遅いから戻りなさい。」


「わかりました。蒼月さんおやすみなさい。沙羅蘭もおやすみ。」


そう言って、ドアを開けて翡翠は出て行った。


足音がなくなるのを見計らって、蒼月さんは再度椅子に座り直すと、口を開く。


「さて、ここからはちょっと大切な話だ。」


真剣な口調に思わず私は居住まいを正した。


「なんでしょうか?」


「君の名前に関してだよ。」


どう言う事だろう?首を傾げて問いかける。


「沙羅蘭では不都合があるんですか?」


「それは真名だろう。真名だと、色々と不都合なことが多い。ましてや沙羅蘭、君は異人だ。異人ということを話すと好奇の目で見られて生きづらくなるだろう。その事実を隠しておくためにも別の名が必要になってくる。かといって、今の名前を捨てろというわけでもない。真名を隠すための隠し名が必要なんだ。」


「隠し名_。」


「何か思いつく他の名はないかい?」


難しい。そう言われてもこの世界でどういった名前が普通か分からないし、下手に変な名前を言いたくもない。

昔、狐に似ているハムスターを飼っていた時にチロヌンプと言う名前をつけて、養母(かあさん)に微妙な顔をされた事があったのもある。

それ以来、名付けに関しては極力避けるようにして来た苦い思い出があった。


「わかりません。。私、名付けがそんなに得意ではないので。。」


「そっか。なら。」


そっと目を閉じて、蒼月さんは何かを思考した後、目を開ける。


伽羅(きゃら)は、どうかな?」


「伽羅、ですか?」


「伽羅の香木。そういうのがあるんだ。そこからとって伽羅。どう?」


きゃら。蒼月さんが考えたその名前を口にする。

何処か耳馴染み良く自分にしっくりとくる感じがした。


「良いと思います、伽羅。その名前でお願いします。」


「分かった。今度からその名で呼ぶことにするね。」


話は以上。そう言って、蒼月さんも部屋から出ていった。

夜も更けて来たので眠い目を擦りながらベッドに倒れ込む。


ふかふかな毛布に包まれて、私の意識がだんだんと落ちていく。

これから始まる明日を思い描きながら。



しかし、現実はそんなことを許してはくれなかった。

次の日に積み上がった課題の山々を前に私は頭を抱えた。





・裏話・

伽羅

沙羅蘭の名前を隠すために蒼月につけて貰ったこの世界での名前。

香木の一種。

沙羅蘭の名前には結構意味がこもってますが、無意識に決めた伽羅にも案外しっかりと込めてるのかもしれない。

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