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豊葦原物語  作者: 秋野萌葱
第一部
7/9

Good country

目覚めたとき、ベッドの天蓋が目に入ったどうやら私は寝かされていたらしい。

右足に違和感を感じて、もぞもぞと毛布から足を出してみると。

ジャラリと鎖の音と共に、右足が出る。

うっすらと傷跡が残っている足首に、鈍色に光る枷がはめられていた。

・・解せぬ。なんでだ。


それからしばらくの間、私は部屋に軟禁された。

とは言えども、生活の支障は特になく、欲しいものも与えられた。

蒼月さんは私を軟禁する理由を物体との戦闘に関する諸々を処理するためにしばらく大人しくして貰うためと言ったが、私がこれから先の身の振り方を決める最後の猶予期間を与えたのだと言外に言われた。

ちなみに足枷されている理由は、私に勝手に自殺未遂されたら後処理が大変なので、しばらくつけておくそうだ。


蒼月さんと翡翠が、かわるがわる私の様子を見にきてくれたので、身の回りのことには困らなかったが、会うたびにお説教された。

困った目で見られて、居心地が悪くなったり、氷のような冷ややかな視線がグサグサと心に刺さたりと、私の心は次第に風船のように萎んでいた。




数日後、暇すぎて長椅子でうとうとしていると、頭上から聞き慣れた声が降ってきた。


「随分と長く眠っていたようだな。」


目をあげると、そこにはカゴいっぱいの饅頭を持った朱若が私の真上にいた。


「・・朱若、いたんだ。。モガッ!?」


「食べろ。ここ最近碌に食べていないだろ。」


モゴモゴと自分も饅頭を食べながら、朱若はパンみたいな饅頭を一口サイズにちぎって次々に私の口に放り込んでくる。

じんわりとした林檎ジャムの味が甘さと共に口の中に広がっていった。

正直に言って、食事はあまり喉を通らなかったから、甘いものはとてもありがたい。少々息苦しいが。


「モゴモガ。。なんでここにいるの?ムグムグ。。忙しいって聞いてたけど。」


「ひと段落したから様子を見にきた。」


「逃げて来たんじゃないの?」


「・・・・。」


顔はこっちを向いているけど目線を逸らした。図星か。


たまに話し相手になってくれる翡翠曰く、朱若の家は歴史ある家柄だけど本人は難しい立場にいるらしく、家を継ぐ跡取りだった朱若の父親が罪を犯して幽閉され、母親も離縁されて朱若のもとを離れて数年後死亡したため、新たな当主となった叔父の養子となり、嫡男としてひき続き教育を受けているそうだ。

けれど、養子の立場になって後継ぎとなるのは、女性が当主になるのと同じくらいハンデがあるらしい。


この世界の貴族と呼ばれている特権階級の人々は長男の家系が本家、次男からは分家とされていて、それがどんどん別れて行くことで一族となり、一つの大きな組織となるそうだ。

東西南北にそれぞれ巨大な島があり、四つの島それぞれに(うから)と呼ばれる最大規模の一族があり、四人の族長(うからおさ)が島を治めているらしい。


族長は一族の当主であると同時に、島を治める立場でもある為、地位の継承も少々特殊らしい。

例えば、朱若の場合は一族の長子である父親が死んでも、朱若が成人すれば当主の地位を継ぐことができる為、朱若は本家のままだ。

問題は、叔父の方らしい。

叔父は、分家の立場らしいが朱若が成人するまでの中継ぎの立場となった為、叔父の立場は分家から本家に戻った。

しかし、叔父の息子たちの立場は、朱若が死ぬか、罪でも犯さない限り継承権の無い分家のままなので、今も朱若の廃嫡を狙っている敵は多いんだとか。

本来なら、成人まで守ってくれるはずの実の両親がいない為、朱若は相当苦労したらしい。


無言の空間に耐えきれなくなった朱若は私の真上から離れると、ドカ!っと、椅子に座って胡座を組み無言の視線を送って来る。


よっこらせっと、起き上がって朱若がいる方を見る。


『・・・・・・・・・・・・・・・・・・』


やばい、気まずい。何か話をするべきなのだろうか。。


「・・・最近どう?」


「何が?」


「こう。何か楽しい事とかあった?」


「特に何も。大して変わらない。」


『・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・』


長い沈黙の後、朱若がボソボソと喋りだす。


「決まったのか?これからの身の振り方は。」


「え?」


「蒼月さんから聞いた。身の振り方を決めない場合、屋敷から蹴り出すと。」


「・・・・・・はえ?」


「蠅じゃない。追い出すって言ってたが。」


聞いてない。

そんなの聞いてない。

そろそろ何もしないのはやばいだろうと思ってたけど、タイムリミットがそこまで迫っていたとは思わなかった。

ある程度今後のことを考えていたけど、事前に知れて良かったわ。

蒼月さんは敢えて何も言わなかったんだろうけど、朱若に教えてもらえなかったら選択を迫られた時に、頭が真っ白になって野垂れ死まっしぐらだったかも知れない。


今になって知った現実に頭が真っ白になり、ボスっと再度布団に倒れ込む。


「世知辛いな。お前は此処に来てまだそんなに日は経って無いからその分知らなくて良いことを知らずに済む。」


「翡翠からは色々教えて貰ってるけど。」


それを聞いた朱若は何とも言えない表情で私を見た。


「肝心な事は殆ど聞かされていないんだな。」


「・・肝心なことって?」


「ちょっと待ってろ。」


そう言って、部屋の隅に行って棚をゴソゴソと漁ると、いくつかの小物を持って戻ってきた。


テーブルの上に、二つの小物を置き、それを前に私と朱若が向き合う。


「いいか?一度しか言わないからよく聞いておけよ。」


「え、うん分かった。」


真剣な声音を前に、私は頷いた。


コンと、朱若が木切れの一つを前に押した。


「まずお前は異世界から来た人間。これは変えようの無い事実だ。」


「うん。」


「そして、古い資料によると異人は皆元の世界に戻る事はなく、この世界で生涯を終えてる。」


「うん・・ちょっと待って、異人って異世界人のこと?」


「そうだ。ここでは皆がそう呼んでいる。」


「いや、正確には異世(ことよ)から来た偉大なる者と呼ばれていた敬称が時代を下るごとに珍獣を見るようなものに変わり、色々と省かれて今では異人という単語が定着した。」


「・・そうなんだ。」


耳慣れない言葉に、せり上がってきたなんとも言えないモヤっと気持ちを飲み込んだ。


コンと、朱若は紅色の綺麗な重しを前に出した。


「次に、お前の道は二つ。」


ビシッと突き出された二本の指の一つが下がる。


「一つ、このまま答えを出さない場合、お前に待っているのは__死だ。」


「・・うん。分かってるよ。」


「もう一つ。ここからは俺の助言だ。」


二本目の指が下がる。


「二つ、蒼月さん娘になれ。」


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


「・・・・はぁ?娘ぇ?」


むすめの単語が聞こえたとき、口から間抜けな声が出てきた。

当たり前だ、何を言っているというような顔をする朱若見て私はもう訳が分からなくなってきてしまった。


「そうだ。娘だ。あとさっきから思っていたが、何度も聞くな。面倒臭い。」


「なんで蒼月さんの娘になる必要があるの?」


首を傾げる私を横目に、朱若は続きを話し始めた。


「理由は色々とあるがまず、お前の利点を述べる。」


「一つ、まずこの世界での衣食住に困らない。二つ、この国の教育を受けることで、いずれ元の世界へ帰る為の術を知ることができるかも知れない。」


そう言葉を切ると、朱若は少し黙り込んだ。

その表情は少し影が刺していた。

重い口を開き、朱若はまた話し出した。


「確証が低い空想論だ。二つ目のことはあまり当てにするなよ。」


「・・そう。ありがとう。」


その言葉しか言わなかった。いや、言えなかったのだ。

磨き抜かれた白い床が、どんどんと黒く淀んでいくような気がしてきた。

沈んでいく気持ちに自分でもどうして良いのか分からなくなってきた。


「だが。この世界も案外悪くないぞ。」


「・・え_?」


朱若の言葉が澱んだ心を揺り動かした。


「この国は案外良い場所だぞ。綺麗な場所も多いし食べ物もまあ、それなりに美味い。お前がいた場所の生活水準には遠く及ばないかも知れないがここも、それなりに良い国だぞ。」


そう言うと、朱若は立ち上がり、振り返る事なく部屋を出て行った。


「良い国、ね…」


良い国と朱若が言う豊葦原に興味を持った。

自分の中で決めた答えを話す為に、私はのそりと起き上がり、サイドテーブルに置かれた呼び鈴に手をのばした。



・裏話・

パン饅頭

真ん中にジャムや餡子が入ってる。

外はサクサク中はフワフワ。

技術が必要なお菓子なので、豊葦原では高価。

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