揺らいで 傾いて 動き出す
この後もう1話投稿します。
「・・きて、お・・て」
ペチペチと額を誰かに叩かれる。
誰・・?まだ眠いから寝させて。
*
「起きろーー!!」
「ひゃあああ!!!」
耳元に響く大音量に飛び起きる。
何?何!?
一気に覚醒してガバッと飛び起きた私の視界に入ったのはエメラルドの瞳で見つめてくる緑髪の青年だった。
「あ、起きましたね。
蒼月さん〜朱若〜目覚めました。」
装飾が施されたロココ調の扉が開き二人の男性が入って来る。
「やっと起きたんだね。
中々目覚めないから少し焦ったよ。」
「起きたのか。正直目覚めないかと思っていたぞ。」
群青色の短く切り揃えられた髪と、鮮血のように赤い癖のある髪が印象的だった。
「あ、あなた方は誰ですか?
ここは、何処なのですか!?」
混乱気味の私は矢継ぎ早に質問した次の瞬間。
ふにっと私の唇に群青色の髪の人が右手の人差し指をあててきた。
「しーっ。落ち着いて、焦らなくても順を追って話してあげるから。」
私を見つめる藍色の瞳は陽だまりが込められたように暖かだった。
*
「落ち着いたか?」
私がさっきまで眠っていた寝台の近くにある長椅子にどっかりと赤髪の人が座ってじーっとこちらを見ている。
「朱若、見過ぎ。ほおに穴が開くよ。」
ほんと、ほんと、緑の瞳の人の言う通りだよ。
ちょっと恥ずかしいからこっち見ないで欲しい。
「視線で穴が開くのなら、上空にいる時点で鳥につつかれて体が穴だらけになっている。」
「え?穴だらけって何ですか?」
驚いて朱若さんを見た私。
こちらを見ていた朱若さんが遠い目をして窓の外に視線を向けた。
「元々、君を見つけたのは朱若だったんだ。」
群青色の髪の人が私が今、ここにいる経緯を話しだした。
そこからは、ちょっと長い話だったのでダイジェストでお届けします。
*
黄金の鳥から落下して気絶していた私は、たまたま飛竜で通りかかっていた赤髪の人、ではなくって、朱若さんに助けられた。
そして、朱若さんは、私の所持品とかを確認してみたけどこれといって身元を確認できるものがなく。
仕方なく、朱若さんは信頼できる群青色の髪の人、じゃなくって蒼月さんの館に私を連れてきた。
館に着いた朱若さんだったが家主の蒼月さんは館を留守にしていて途方に暮れていると、そこにたまたま先客として翡翠さんがいた。
翡翠さんは最初、朱若さんに抱えられた私を見て、女性絡みの厄介ごとかと思ったらしい。
けど事情を聞いた後、奥へ行って侍女さん達を連れてきた。
板に乗せられた私は翡翠さんの指示で運び込まれ、半日くらい翡翠さんに看病されていたらしい。
そうこうしている間に、館の主人である蒼月さんも戻ってきて、そろそろ看病に嫌気がさしてきた翡翠さんは強制的に私を起こして、今に至るらしい。
この人たちって、結構フリーダムなの?
そう思ってしまうほど、自由な人たちだった。
「ああ、私たちの自己紹介がまだでしたね。
私は翡翠ここから西の翠と言う土地の出身です。どうぞ、仲良くしてください。」
膝をつき、翡翠さんは私と目線を合わせる。
ニコリと顔は笑っていたけど、エメラルドの瞳はどこか冷ややかで笑っていなかった。
「朱若、次はお前だよ。」
「はいはい。言われなくても分かってる。」
こっちを向いた朱若さんの赤い目が私を見る。
「俺は朱若。ここから南の朱の地の出身だ。」
「最後は私だね。
私は蒼月。ここから東の蒼と呼ばれる土地の出身で、今はここ中つ国で働いているんだ。」
「・・よろしくお願いします。翡翠さん。朱若さん。蒼月さん。」
「私と、朱若のことは呼び捨てでいいよ。
あ、でも蒼月さんは一応、年上だから、そのままでね。」
「わかりました。」
「さて、一通り話したけど、ここからは君の番。」
蒼月さんの物静かな藍色の瞳が私に向く。
「君は、何処から来たんだい?」
つっと、首から背筋につたった汗は冷たかった。
*
「なるほどね。ようは異世界から来たと。」
飲み込みが速い人達なのか。
それとも、そういった事例が既にあるのか、蒼月さんも他の二人も妙に飲み込みが良かった。
「こういった事って珍しくないんですか?」
若干の戸惑いを含んだ私の質問に、蒼月さんがこちらを振り向いて答えた。
「百五十年に一度の周期でこういった事例は、文献でも見たことがあるよ。
異人は川から、土の中から、炎の中から、光の中からやって来た。
この四件が古い資料に残っているよ。
まあ、今回みたいに空から降ってくるって事例は今まで無かったから、話を聞いた僕も驚いたんだ。」
「そんな感じに、特殊な場所から発見された人は大抵の場合はこの豊葦原ではなく、全員別の国に生まれたと言うんです。」
「記録の中には沙羅蘭さん、あなたが言った日本、という国の名に近い日の本という国の記載もあります。」
日の本、古くから日本史の資料に載っていた呼び方だ。
「そこから来た人は、そこから来た人たちは帰れたのですか?自分たちの世界に。」
「残念だが、その記録は一切無い。
少なくとも、公的記録に記されている異人は、全員この国で生涯を終えている。」
「そう、なの。」
朱若の無慈悲な一言は、私の心に小さな靄を増やした。
*
窓から見える陽光が少しづつ陰り始めてきている。
もう半日が経ったんだと、ぼんやり私は窓の外を眺めていた。
朱若は仕事に戻るといって、飛竜と共に館から飛び立った。
蒼月さんと翡翠は会議の為、続きの間へ行ってしまった。
自分の手が視界に入る。
蒼月さんが問いかけた言葉が、様々な事で淀んでいく思考が歪みを増した。
*
去り際、蒼月さんが振り向いて、私に歩み寄った。
「ねえ。これから如何生きたい?君は何ができるんだい?君は何をしたいの?」
蒼月さんはこちらに向き直り温度を感じさせない目で静かに問いかけてくる。
その目に地に足がつかなかった私の心は一気に現実へと引き戻された。
この世界は、日本でもない、外国でもない、文字通りの生活環境が根底から違う。
戸籍も地位何も無い根無草に近い私など、吹けば簡単に飛んでしまう存在なのだ。
だからこそ見ず知らずの素性怪しい小娘の私に親切に接してくれたのが珍しいくらいだった。
見知らぬ世界への恐怖心が思考を覆っていく。
「私、私、これから如何しよう。如何やって生きていけるんだろう。」
心に渦巻いていた不安が噴き出しいつの間にか言葉になって出ていた。
自分が発する言葉で、目の前が暗くなっていったその時。
ふわり。
細い指が壊れものを触るように私のつむじに触れる。
よしよしと、蒼月さんが私の頭を撫でていた。
緊張の糸がほぐれていくような、そんな感触だった。
変な気は一切ない、親が子供を愛しむような撫で方だった。
「焦らなくても大丈夫。時間はたくさんあるからゆっくり考えてみて。」
その指先は暖かくて、迫り上がってくる涙を溢さないように必死に歯を食いしばった。
*
手を握って、開く。グーパーグーパー。
いつもはスッキリとした思考が靄がかかって上手く働かない。
辛い。
私は、今まで夢を持っていなかった。
周りに流されて生きてきた。
選ぶ事から意図的に目を逸らし続けてきた。
分からない。
何も考えたくない。
俯いた顔を上げると、開け放たれたバルコニーへの透きガラスの扉が目に入った。
『あそこから飛び降りればもう悩まなくて済む。』
不意に脳裏に声が響いた。
思い浮かんだだけのただの考えだった。
しかしそれが、全てを無にしたい私にとっては救いの手にも等しいものに思えたのだ。
「あそこから、あの欄干から飛び降りればスクワレル。」
ひたひたと裸足の足で大理石の様な冷たい床を踏み締めてバルコニーに近づく。
バルコニーへと上がると白と茶色の沢山の建物が見えた。
下を見ると縦に二つ窓があった。
ここって、三階なんだ。
そんなこともう、どうでもいいや。
段差をまたぎ、太い木目調の手すりを掴み片足を掛けようとしたその時だった。
『ガッシャン!』
派手に食器が割れる音がした。
驚いて振り向こうとしたが、光の様な速さで両の腕を掴まれて、後ろを振り向く事ができず、私は何者かに拘束された。
「バカか!あなたは。」
頭上から降って来たのは怒りを内包した温度を一切感じさせる事のない絶対零度の声音。
見上げると、まるでこの世の怒りという怒りを詰め合わせパックの様な表情をした翡翠だった。
翡翠の表情を見て、私はようやく自分が大変な事を起こそうとしていた事を思い出した。
「私、私、死のうとしていたの?」
「私が部屋に入ろうとした時にはもう片足を掛けていたから驚いて茶器を放り投げて飛び降りようとするあなたを止めることを優先した。」
「お陰で、結構値の張る茶器を一つ潰してしまったよ。」
惜しい物を無くしたと言うかのように翡翠の口から盛大にため息が出る。
「ご、ごめんなさい。弁償、できるかな?」
「いい。茶器に関してはこっちでなんとかする。」
フッと息を吐いて、翡翠が何かを言おうと口を開いた次の瞬間。
『ガーッ!ガーッ!』
耳障りな音が部屋中に鳴り響く。
驚いて、キョロキョロと辺りを見回す私の手を取り、翡翠は部屋を飛び出した。
翡翠の全速力について行けず何度も蹴つまずく私にしびれを切らした翡翠は私を横抱きに抱え上げた。
「ちょ、え!?何?」
「急ぐよ。」
私の質問を意に介さず走り出した。
振り落とされないように、必死に翡翠の服の端を握っていると、翡翠はドンドンと回廊を進み外に飛び出した。
片腕で私を抱えながら、翡翠は腰のホルダーを探り、何かを取り出す。
「ごめん。ちょっとこれ持ってて、お守り代わりに。」
ぎゅうぎゅう翡翠に押し付けられて受け取った物は細工が施された鈍色に光る細身の銃だった。
「え?え?なんで、銃?」
「これから危険な場所に行く。念のために渡した物だけど、身の危険を感じたら躊躇わずに相手の目玉を撃ち抜いて。」
「でも、銃なんて今まで撃ったこともないよ。」
「そこは、心配していない。いざとなったら銃自身が教える。」
「は?」
そうこうしている内に、敷地内にいたドラゴンのような生き物の背中に固定するように乗せられる。
翡翠は後ろに回り込むと手綱を握り、私は安全バーに固定されたような状態になってしまった。
「いくよ。手綱しっかり握って振り落とされないようにね!!」
「え、ちょっと待ってってって、、きゃあああああああ!!」
言葉と共に、ドラゴンは私と翡翠を乗せて空に飛び上がった。
鳥に乗っていたときとは比べものにならない速さに、私は目を回す。
沙羅蘭15歳?初めてドラゴンに乗りました。
裏話
翡翠がひっくり返して壊した茶器は磁器で作られた物なので結構良い物です。
それを知った蒼月は翡翠にめっちゃ説教した後頭を抱えたとか。