ハジマリノオハナシ
出す出す詐欺を繰り返していたお話です。
いざ投稿。
ふわふわと、宙に浮かぶ私の体は暖かな光に包まれる。
ゆらりゆらりと微睡が広がっていく。
『チリリン。』
・・何。?
『チリリン。』
何かが私の中の何かを呼び覚まそうとしている。
音、こだます。
花、落つる。
深い微睡の夢の中で、沙羅双樹の花弁が風に舞い鈴の音が聞こえた。
「お客さん。終点ですよ。」
しかし、現実は雅な鈴の音など聞こえるはずもなく、電車の駅員の気怠げな言葉が私の意識を覚醒した。
見回すと、時計の針は23時40分を回っており、周りには人一人おらず、目の前にはめんどくさそうな顔をした駅員がいた。
「すみません。今降ります。」
意気消沈としながら私は足早に駅を出た。
「はあ。」
思い溜息が、闇夜の道に溶ける。
また電車で眠りこけてしまった。
バイト終わりの車内は、人も混雑しており、ぎゅうぎゅうとした鮨詰め状態の中、たぶん私はその中の波に押し潰されて、いつの間にか気絶するように眠って夢を見ていたのだろう。
ザアザアと打ち付ける大雨は夜の帰り道の視界を塗りつぶしていく。
側にはドロドロと黒いうねりのある大川が流れていた。
土と、欠けたアスファルトと、雨が混じりぬかるんだ道は容赦無く私の歩みを鈍らせていった。
萩ノ原 沙羅蘭これが私の名前だ。
今年十九になったどこにでも居る大学生の一人だ。
正確に言えば、沙羅蘭だけが私を表す名前なのかもしれない。
私は養子とされているが、本来は変わった経歴を持つ捨て子だった。
両親が休日に趣味の川釣りをしていると、川の上流から葦の舟に乗った私が流されて来たらしい。
舟は古い葦のわりにしっかりとした造りだったらしく、中にいた私は汚れ一つなく無事だったらしい。
そして、その小さな手には沙羅双樹の花が握られていて、そこから私の名前、沙羅蘭が決まったらしい。
その後、もろもろの手続きを経て、私は萩ノ原家の養子となった。
そして、両親は私に養子だということしか話していない。
知らなくて良いと思い意図的に隠していたらしいが、十歳の時のある夜、私が就寝の挨拶の為にダイニングのドアを開けようとした時、両親の会話を漏れ聞こえた。
「・・なあ、本当にあの子に話さなくていいのか?川のこと。」
「無理よ。話したとしても到底信じれることではないと思うわ。」
養母さんの声は悲しそうだった。
私に隠し事が苦しいと漏らす養父。
その後、私はドア越しに漏れ聞こえた一通りの話を聞いた。
話さないのも無理もない川から小舟に乗ってやってきたなど誰も信じないだろう。
以来、私は自分自身の不明瞭な出自に怯え、両親に何処か疎外感を感じつつ、9年間笑顔の仮面を貼り付け生きてきた。
己の心の奥にある悲哀を悟られないように。
「それにしても酷い雨。」
傘を持ち上げ、私は曇天を睨む。
水無月の雨は道行く人間にも容赦がない。
そういえば、昔、養母さんがこんな事言ってたっけ。
記憶の糸を手繰り寄せ昔の事を思い出す。
「ねえ沙羅蘭。素敵な事を教えてあげる。」
ソファーに座って、リカちゃん人形と遊んでいた私に養母は隣に座ると、楽しそうにこんな事を話しだした。
「二重虹って見たことはある?」
「ふたえにじ?」
「二重の虹がお空に光っているの。」
「それを見た人は見た人は大きな幸せが訪れると言われているのよ。」
「まあ、生涯に一度見られるか分からない奇跡らしいから、本当かどうか分からない話だけれどね。」
昔を思い出し、私は少しセンチな気持ちになった。
何故、今母の言葉を思い出したのだろう。
こんな土砂降りのドロドロした闇夜に虹など見えるはずも無い、そう考えながら闇夜を歩き続ける。
大学生になった今では、忘れかけていた思い出でもあった。
中々家につかないな。
ぬかるみが足を捉えているのだろうか。
足取りが重い。
うーん。帰ったら何をしよう。
小さいけれど、趣のあるアパートの自分の部屋を思い浮かべる。
窓辺に今度黄色い水仙の花を飾ろうか。
壁には百均で購入したタペストリーでも飾ってみようか。
そんなウキウキとした予定は次の瞬間儚く崩れ去っていった。
「えっ。」
ミシッと何かがが裂ける音が耳に響く、驚いてあたりを見回した次の瞬間。
一気に2メートル先まで私が歩いている道に長い亀裂が走った。
e.なに何何何!?
逃げようと、山の方に走ったが、亀裂はそんなの待ってくれなかった。
「きゃあああああああ!工事会社これ絶対設計ミスあるでしょー!!」
意味のない言葉を口走る前に、自分に、逃げろと言いたかったが、足がすくみ、思うように走れない。
道の右側つまりは川側を歩いていた私は道の半分の倒壊と共に、ポーンとあっけなく大川に投げ出された。
ぎゅっと目を閉じて衝撃に身を任せようとした次の瞬間。
「ぐえっ。」
思いっきり、私の首を何かが締め上げて、体が宙吊りになる。
目を開けて見ると、母がくれた百合のペンダントが木の幹に巻き付き強い力で、流れが渦巻く大川に体が落ちるのを阻んでいる。
ぎゅうぎゅうと、どんどん首が閉まっていき、川に投げ出される恐怖よりも、ペンダントに絞め殺されそうな苦痛に、私は顔を顰めた。
川に落ちたくない。けれど、首は絞められ、気は遠くなっていく。
必死に手を伸ばし、鎖の部分に手を触れた。
川に落ちてしまう事よりも、目先の苦痛から逃れたい。
その一心で、私は鎖を引きちぎる。
ブチッ!
強い力で、私を守っていたそれは切れた。
守るものを失った体は真っ逆さまに大川の底へ沈んでいく。
川の中は深く暗く、こんな夜中に通る人も気付く人もいなさそうな夜道を帰っていた為、救助は絶望的だ。
このまま死んでしまうの私?
チリチリと、思い出が脳裏に流れて行く。
養父母と過ごした日々、少ない友達との交流、死が近づく間近になってそれらが次々とフラッシュバックする。
死んでも良いの?
いいえ。私はまだまだ19歳よ、やりたいことも沢山ある。
学びたい事もまだまだある。
「そう。私はタダでは死なないわ。」
ボコボコと言葉にならない声が泡になり、水の中に広がる。
グッと顔を上げ、必死に上へあがろうともがこうとした次の瞬間。
後頭部に鋭い痛みが走った。
何だろう?
水中で不自由な手を必死に動かし、頭頂部に触れる。
デロリとした感触がして、気がつくとおびただしい血の量が、頭から流れ出す。
落下の際、どこかに頭を打ちつけたのだろう。
そう思った途端に、頭がふたつに引き裂かれそうな痛みが襲ってきた。
痛い!
いたい!いたい!!いたい!!!
怪我に気付いた瞬間から絶え間なく突き刺すような苦痛が全身を襲う。
気を失わないよう必死に目を開いた。
しかし、この痛みではもう数分も、意識を保っているのも難しくなるだろう。
じわり、じわりと死の影が私の間近に近づいてくる。そんな気配がした。
もう、ダメだ。
強い意志は、忍耐は、誘惑の前では無力ということをこの時私は身をもって知った。
強い痛みによって薄れゆく意識の中、私は最後の悪あがきと言わんばかりに強く願う。
「神様この世にいらっしゃるのなら、どうか私の願いを聞いてください。
この体を失っても構いません。
この19年間生きた記憶を持って生まれ変わらせてください。」
そう願うと最後、私の意識はブラックアウトした。
沙羅蘭の意識が無くなったすぐ後、熱を失った体は淡い光に包まれ、萩ノ原 沙羅蘭の存在はこの世から人知れず消えていった。
沙羅双樹の花は、沙羅蘭の名付の際に、ちょっと使いました。
さらら、この名前、後々重要になってきます。(たぶん)