学園祭準備
学園祭準備
高岡学園の学園祭は夏休み明けの九月に行われる。夏休みの間に十分準備ができるようにとの配慮からだ。
特殊なのは、中学から大学まで総出で、文化祭と体育祭を同時に行うということ。
高岡学園のスローガン“一致団結“・“文武両道”を地で行く形だ。
もちろん、高校の普通科の連中は全くやる気がない。
学園祭の実行委員も、御座なりに福がやることになった。
第一回目のミーティングでは、まず文化系の出し物を各クラスで話し合って決めることになった。体育系の種目は、毎年概ね同じなので急ぐことはないのだ。よって、次のミーティングまでに案を提出しなくてはならない。
最近の福は、この事で頭が痛いのである。
「矢留君・・・だよね?」
月曜の放課後、校門を出た所で後ろから声をかけられた。
高岡学園の制服を着たポニーテールの女の子だ。
「そう・・・だけど?」福は怪訝な顔で答えた。
「音楽科の野田です、学園祭実行委員の・・・」彼女はおずおずと名乗った。
涼しげな目が印象的な、普通科にはいないタイプの女の子である。
「ああ、この前のミーティングで・・・会った?」福はぼんやり思い出した。あの時は平助の電話でそれどころではなかったのだ。
「うん」野田は小さく頷いた。
「何か用?」
「え〜と、普通科の出し物、決まったかなぁと思って・・・」
曖昧に答えた野田と、福は並んで歩き出した。
「まだだよ、みんな関心が薄くてさ、君たちは何をやるの?」
「コンサートだよ、クラッシックの」
「いいなぁ、専門の技術があるクラスは・・・看護科は何をやるんだろう?」
「ミニ人間ドックをやるんだって、血圧や身長・体重を測ったり、脈を取ったりもするそうよ」
「なんだ、俺たちは実験台かぁ」
「そうね、将来は看護婦さんになるんだもの。彼女たち真剣よ」
「君は将来何になるつもりなの?」
「音大の先生になりたい」
「ふ〜ん、偉いなぁ、もう将来の目標が決まっているのかぁ・・・」福は少々複雑な気持ちになった。
「矢留君は?」
「俺はまだ、何も決めていない・・・」
「いいんじゃない、まだ時間はたっぷりあるもの」
「そうだね、人それぞれだからな・・・」
「あ、私そこのバス停からバスに乗るから・・・矢留君と話せて良かった」
バス停が近づいた時、野田はホッとした顔で言った。
「ん・・・?」
「だって普通科の人、怖い人ばかりだと思っていたから・・・」
「そうでもないよ」福は軽く微笑んだ。
「何をやるか決まったら教えてね」
「分かった、だけど次のミーティングまでに決まるかどうか・・・」
その時、62番のバスが来るのが見えた。
「あっ、バスが来た!じゃあさよなら、頑張ってね」野田は手を振って、バス停へ駆けて行った。
「さよなら・・・」福はぼんやりと、野田の後ろ姿を見送った。
次の日、帰りのホームルームで学園祭の出し物について話し合った。
司会は必然的に福である。
「音楽科はコンサート、看護科は人間ドックをやるそうです」
福は、昨日野田から聞いた情報を皆に話した。
「いいよなぁ、あいつら特技があるから」
「俺たちがやれる事なんて何も無いぜ」
「定番のお化け屋敷や喫茶店は、先輩達がやるだろうからな」
「体育系なら頑張るけどな」
「でも、何かやらなくちゃ」
「お前ら勝手にやれよ、俺はごめんだね」
皆それぞれに勝手なことを言う。福は困ってしまった。
「矢留、お前学級委員長だろう、なんとかしろよ!」イラついた野次が飛ぶ。
「バイクの展示なんかどうだ・・・」天岡がボソッと言った。
天岡は脚の傷も癒えて、昨日から学校に復帰している。
「そんなの無理だろう、先公が許しちゃくれないさ」誰かが投げやりに言った。
「だけど、もしそんなことになったら俺のバイク持ってきてやってもいいぜ」
「俺も、いいぜ。原付だけどな」
俺も俺もと声が上がる。
バイクと聞いただけで、急に場が活気付いてきた。福は他に意見は無いか聞いた。
「見に来たやつをバイクに乗せて、エンジンをかけさせるというのはどうだ?」
「それ楽しそうだなぁ!」
「ロックをガンガンかけてさ!」
「俺、ビートルズのレコード持ってくる!」
「馬鹿野郎、ロックといえばローリング・ストーンズだろうが!」
「分かったよ、俺から先生に話してみる」一頻り皆の意見を聞いた後、福が言った。
皆がやる気になるのなら、駄目元で言ってみる価値はあるだろう。
その日の放課後、福は提案をまとめて担任の大久保のところへ持って行った。
「いいだろう」
意に反して、大久保はあっさり首を縦に振った。
「えっ!いいんですか?」
「普通科は、毎年難航するんだ、こんなに早く決まるのなら却ってありがたい」
「はぁ・・・」福が狐に摘まれたような顔をした。
「俺が責任を持つから計画を進めてくれ!」
「分かりました」
「ただし、改造車はダメだぞ、オイルやガソリンが漏れているやつもな」
「はい!」明日の朝、皆に報告しよう。福はほっと胸をなでおろした。
翌朝、福はこの事をみんなに報告した。
全員から歓声が上がった。
「よく先公が許可したなぁ!」半信半疑だった生徒たちが感心したように言った。
「ああ、割とあっさり許してくれたよ、俺が責任持つから・・って」福が大久保の言葉をそのまま伝えた。
「うちの担任、話せるぅ!」
「私たち女子はどうするのさ?」女子のリーダー格、チリチリパーマの梅津が言った。
「テーブルを置くからコーヒーなんか出したらどうだろう」福が提案する。
「それじゃあ先輩たちと競合しないか?」
「こっちはバイクの展示がメインだから大丈夫だろう・・・一応今度のミーティングで聞いてみるけどね」
「そうだな、バイク雑誌も置いて寛げるようにするのもいいんじゃないか?」
「スケバンがウエートレスじゃ、落ち落ち寛げないだろうよ!」誰かが雑ぜ返したので、大爆笑になった。
「詳しいことは、次の学活で話し合います、いいですか?」
オー!と声が上がって、ホームルームが終了した。
「ふ〜ん、バイクの展示かぁ、いいな〜楽しそう」野田が言った。
昼休み、福は学食で偶然彼女と会ったので、自然に同じテーブルで話し始めたのだ。
「そうなんだ、天岡君が言い出して、みんなが乗り気なんだ」
「天岡君、て、あの・・・」
「そう、ボクシングの天岡君。大っきいバイクも持ってるんだ」
「矢留君は持ってないの?」
「まだ免許も持ってない」
「免許っていくつからとれるの?」
「十六歳からだよ」
「矢留君も取る?」
「う〜ん、考えたことなかったなぁ」
「免許取ったら、後ろに乗せてくれる?」
「い、いいけど・・・怖くない?」
「私、ジエットコースターなんて大好きよ」
「へ〜意外だね」
「今度の出し物だって、本当はクラシックのコンサートなんてつまらないと思ってる」野田が口を尖らせた。
「じゃあ何がやりたかったの?」
「そうねぇ、喫茶店なんかいいわ、ウエートレスやりたい」
「なら暇な時間に手伝いに来たら?バイクコーナーの横で喫茶もやるから」
「えっ、いいの、行く行く!」野田の目の色が変わった。
「スケバンだけじゃお客さん来ないからね」福は誰かの冗談を思い出した。
「わ〜楽しみになってきた!」
「梅津たちには話しておくよ、案外気のいい人奴らだよ」
「ありがとう、よろしくお願いします」野田はぺこんと頭を下げた。
高岡学園の学園祭は前後五日に亘って開催される。
前二日間は文化祭、中一日置いて後の二日間は体育祭という形だ。
福たちの出し物も承認され、準備を進めるよう指示された。
体育祭の方は、毎年同じプログラムだ。
一日目は運動会形式で、仮装行列・クラブ対抗リレー・100m走・ムカデ競走・玉入れ・大学応援団によるエールの交換・空手部による演武など。
二日目は、ソフトボール大会が全員参加で行われる。
第二回目の学園祭実行委員会ミーティングでは、これらのことが確認されて閉会となった。
学園祭まではまだ間がある、ここまで決まればあとは着々と準備を進めるだけだ。
福は多少気が楽になった。