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福 物語 〜高校生編  作者: 真桑瓜
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狼とコブラ

狼とコブラ


田岡は父親の秘書に天岡のデータを集めさせた。


昭和28年2月4日生まれ 20歳

血液型 B

父は某有名私立大教授。

某有名県立高校に入学するも、喧嘩で停学。

厳格な父と反りが合わず、高校を辞め家を出る。

市内のボクシングジムに下宿しながらボクシングを習得。

昭和46年プロ資格取得。

身長178センチ、体重124ポンド。

戦績、6戦5勝1分け4KO KO率8割。

得意は右ストレート。

現在は、夜飲み屋のバイトをしながら高岡学園高校に通う。


「ほう、歳は俺とあまり変わらんな、しかし四回戦ボーイのファイトマネーじゃバイクの維持も大変だろう」

「主将、天岡の奴、昨日の試合KOで勝ったそうです」副主将の中山が言った。

「ふん、怪我などしてないだろうな、負けた言い訳にされては困る」田岡が中山に訊いた。

「大丈夫です、それより昨日の試合の8ミリフィルムがあります」中山が得意げに囁いた。

「そんなものどうしたんだ?」

「一年にコッソリ撮らせました」中山が胸を張る。

田岡は暫く考えていた。

「よし、後で観よう」

中山はにんまり笑う。

「中山」

「押忍」

「観客は多い方が良い、幸い当日は土曜日だ、学園の掲示板で宣伝しろ」

「押忍!」

中山は、礼をして出て言った。

「さて、楽しくなってきたぞ」



高岡学園大ホールは見物人ではち切れんばかりだった。

中央にはボクシングのリングが設えてあ李、正面の来賓席には学園長始め地元政財界の大物も座っている。学園長の隣にいるのは田岡の父親に違いない。

応援団が壁際に並んで不気味に立っていた。足を肩幅に開き手を後ろに組んで微動だにしない。

福のクラスの生徒は、青いコーナーポストの後ろ側に陣取った。


「天岡君大丈夫かなぁ?」岩崎が心配そうにリングを見上げた。

「きっと大丈夫だよ、天岡君プロだからな」福が言った。

「そういえば昨日の試合観たんだろ?」鎌足が訊く。

「ああ、圧勝だったよ」

「あっ、始まるぞ!」元松がリングを指差して言った。


リングの上には事務長の佐伯がマイクを持って立っている。

「只今より、学園の士気高揚のための模範試合を始めます」佐伯は場内を見回して言った。

「選手は二人とも当学園の学生であり、その道では将来を嘱望される実力の持ち主です。皆さんもこの二人を見習ってトップを目指しましょう」

「チエッ、勝手な事を言ってやがる、きっと俺たちへの見せしめにしたいんだ」井上が憎々しげに言った。

「なお試合時間は3分間3ラウンド、安全の為に手には6オンスのボクシンググローブをはめマウスピースも使用します」事務長は『安全の為』を強調した。

「何が安全なものか、空手には蹴りがあるんだぞ、天岡が不利じゃないか」金子が不服そうに呟いた。

「なおレフェリー・・・というか、見届け人は、当学園剣道部顧問、範士八段の中園先生にお願いしてあります」佐伯は中園に目で合図を送った。

中園がリングに上がり、佐伯が降りて行った。

「私が見届け人を引き受けたのは、二人の若者の将来を守るためです。危険な行為には即刻試合の中止を命じます」中園は厳しい目を正面の学園長に向けた。


二人の選手が控え室から出てきた。

田岡は手に赤いグローブをはめ黒い空手着を着けている。

「黒い空手着だってよ、カッコつけやがって」井上が毒吐いた。

天岡は白いトランクスにリングシューズ、青いグローブをはめて出て来た。

二人はリングに上がり、グローブの色と同じコーナーポストの前に立つ。

「二人とも用意は良いかね?」中園が訊いた。

二人は頷く。

中園はリングの中央から三歩下がって右手を挙げた。

「はじめっ!」

同時にゴングが鳴った。


天岡はリング中央に出て、両拳を胸の高さに構えた。蹴りを警戒しているようだ。

田岡は左構え、左右の拳は正中線上に浮かせている。


身長もリーチも天岡の方が有利、しかし田岡は天岡の試合の映像を観ていた。天岡の右ストレートには十分に注意をしなければならない。



天岡はステップを使い、田岡の反応を見るために反時計回りに躰を運ぶ。

田岡は天岡の進路を塞ぐように移動した。

天岡は時計回りに方向を変える。田岡はまたも、とうせんぼをするように動いた。

天岡が前に出ると田岡の前蹴りが飛んで来た。


天岡は左の拳で蹴りを叩き落とすと、接近した状態からフックを放つ。

田岡は身を沈めてこれを躱すと、右肘を天岡の胸に叩き込んだ。

天岡が胸を押さえて後退る。

「汚ねぇ!肘なんか使いやがって!」

「この分なら膝も使うんじゃね!」

「この野郎、不公平だぞ!堂々と戦いやがれ!」

福のクラスから怒号と野次が飛んだ。

田岡がそれを聞いて北叟笑ほくそえむ。『空手は全身が武器なんだよ』

間髪を入れず田岡の正拳が天岡の顔面に飛んだ。

天岡はガードをあげて辛うじてこれを塞ぐ。

ここでゴング、最初の3分間が終わった。


田岡はコーナーに戻り天岡に背を向けて正座をした。

天岡はコーナーのロープに背を預け、田岡の背中を見ていた。肘でやられた胸が、赤い痣になっている。


「矢留、どうなんだ?どっちが有利だ」金子が訊く。

「分からない、ただ田岡が何をやって来るか心配だ」

「ちきしょう、田岡の奴。拳だけならぜってぇ負けねぇのに!」


第2ラウンドのゴングが鳴った。

同時に天岡が田岡に向かって走った。

田岡は予期していたように、立ち上がると同時に跳んだ。

天岡は反射的にガードを上げた。

田岡の飛び回し蹴りが唸りを上げて天岡のグラブを直撃した。

天岡は右によろける、が田岡の攻撃は止まらない。

拳を捨てて肘、膝、蹴りをこれでもか、と叩き込む。

天岡は防戦一方となった。田岡の技が放たれる度に、天岡の躰には痣が増えていった。

天岡は辛うじて頭部は守っている。が、いかに鍛えたボディといえども、このままでは倒されるのは時間の問題だ。

田岡は笑う、残忍な笑顔だ。

猫が鼠を痛ぶる様に、天岡に倒れる隙を与えない。

田岡が天岡の左膝を蹴込んだ時、腱の伸びる嫌な音がした。

観客席から悲鳴が上がった。

「もう、見ちゃいられねぇ!」

「誰か試合を止めろ!」

「審判、何してるんだ!」

倒れた天岡の顔が苦痛にゆがんでいる。

田岡がさらに追い打ちをかけようとした時、中園が割って入った。

「それまでだ!見届け人の権限で、この試合中止と・・・」

「まだだ!」

天岡は歯を食いしばって立ち上がり、ファイティグポーズをとった。

「俺はまだやれる、止めたら殺すぞ!」

その時漸く第2ラウンド終了のゴングが鳴った。


田岡はコーナーに戻った。

天岡は、右足を引きずりながらコーナーに戻り椅子に倒れこんだ。

クラスの全員が青いコーナーポストの下に集まった。

「頑張れ!天岡」

「負けないで天岡君!」

「みんな応援しているぞ!」

口々に必死の声援を送る。

天岡は椅子に座り込んで目を瞑っていたが、右の口角が少し上がったように見えた。


最終ラウンドが始まった。

天岡は足を引きずりリングの中央でファイティグポーズをとる。

田岡が天岡の前に立つ。

『天岡の足はもう限界だ、きっと得意の右ストレートに賭けてくる』田岡は、そう予測した。

田岡は、天岡との間合いの中に足を踏み入れた。

天岡の動きが伸びた、左のフックでフェイントをかけ田岡の足が居着いたと見るや、目にも止まらぬ右ストレートを田岡の顔面に放った。

『来た!』田岡は天岡の試合のビデオを見た時からずっとこのチャンスを待っていたのだ。

田岡は天岡のパンチを掻い潜り、天岡の右肋骨を狙って頭突きを繰り出した。

『かかった!』天岡が笑った。

天岡はパンチを放つと同時に右膝を蹴り上げていた。

天岡の膝が、田岡の鼻と前歯を粉砕して舞い上がる。

田岡は天井を見上げながらゆっくりと倒れて行った。



青コーナーからどっと歓声が上がる。

「反則だっ!」赤コーナーから中山が叫ぶ。

空手部の黒い集団がリングへ雪崩込む。

「控えろ!誰もリングへ上がることは許さん!」中園が赤コーナーを睨みつけた。

黒い集団は渋々引き下がる。

中園はマットに跪くと、田岡に訊いた。「大丈夫か?」

田岡はゆっくり頷いてから言った。「俺の・・・負けです」

「中園先生、ボクシングが膝蹴りを使うなど卑怯ではないですか?」中山が執拗に食い下がる。

中園は中山を無視した。「皆さん、これは空手対ボクシングの試合ではありません、田岡対天岡の戦いです、依存はありませんね?」

場内から拍手が沸き起こった。

中園はリングの中央に出て改めて宣言した。「この勝負、天岡の勝とする!」

青コーナーの方から歓声が上がった。

中園は正面の学長席に向き直った、「これが貴女の望んだ結末でしょうか?」

女傑は黙って立ち上がり会場から出て行った。

やがて田岡は自分で立ち上がると、礼をしてリングを降りた。


後日天岡は学園に退学届けを提出した。

政界の大物の次男坊に怪我をさせたのだ、もう学園にはいられないと思った。

しかし、それは受理される事はなかった。

学園長が抑えたかったのは、田岡の方だった。

父の権力を笠に着た田岡の横暴が目に余ったのである。

天岡は今まで通り学園に通うことになった。




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