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福 物語 〜高校生編  作者: 真桑瓜
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学園祭

学園祭


学園祭の前日、福はクラスの仲間と一緒にバイクを教室に運び込んだ。

福のバイクは特別展示に回され、[原チャリで九州一周した男!]という触れ込みで、撮って来た写真や装備と一緒に展示する事になった。

壊れたウインカーもそのままにして、興味のある客に福が旅の思い出話をするという趣向である。

他に黒と銀の車体がレトロなホンダのCB、トレールバイクのはしりのヤマハDT1、キャメルゴールドのダックスなど総勢六台のバイクが、広い教室に余裕を持って配置され、その間隙にテーブルを置いて赤白格子のクロスをかけた。ここで、客にコーヒーとお菓子を出す。

梅津率いるスケ番達は、コーヒーを淹れる練習に余念が無い。

「こんなに真剣にやったのは初めてだよ」と、誰かが言っている。

音楽はビートルズとストーンズの抗争があったが、レコードを交互に流すという事で話がついた。


ほぼ準備が終わり、あとは翌日の本番を待つだけとなった時、音楽科の野田翠みどりがひょっこりと姿を現した。

「こんにちは、お邪魔します。矢留君いますか?」

皆の視線が翠に集中した。

「ここだよ、野田さん」福は軽く手を振った。

「あれ音楽科の野田じゃないか、お前付き合ってんの?」隣にいた井上が小声で囁く。

「いや、そんなんじゃない。彼女も学園祭の実行委員だから・・・」慌てて福が否定した。


皆が注目する中、意外と平気そうに翠が福の前に立った。

「矢留君、約束覚えてる?」翠が真剣な顔で福に訊いた。

いつだったか、福は翠が喫茶店の手伝いをしたいと言っていたことを思い出した。

「ああ、覚えてるよ。あれ本気だったんだ・・・」

「当然じゃない、ずっと楽しみにしていたんだから!」

「ご、ごめん・・・」

福は喫茶の責任者、梅津を振り向いた。

「梅津さん、この子が喫茶店を手伝いたいって言ってるんだけど、いいかなぁ?」

梅津はジッと翠を睨んでいたが、やがて呆れた顔で言った。

「あんた、あたい達が怖くないのかい?」

翠はにっこりと微笑んだ。「うん、怖い事は怖い、だけど音楽科のクラスメートとはあんまり馴染めなくて。それにこっちの方が面白そうだから」

「あんた、お嬢様のクセに案外ハッキリものを言うね・・・どうする、みんな?」

「私しゃ構わないよ、私らだけじゃきっと客が寄り付かないからね」

「こんな可愛い子が一人いたら、客も大喜びするんじゃないか?」

「それじゃ、みんないいんだね?」梅津が念を押した。

梅津が顎を上げて福を見た。「矢留、あんたが責任を持つならOKだよ」

「責任って?」福は首を傾げる。

「考えても見なよ、こんなところに来る客なんて、ろくなもんじゃないよ。あんたがちゃんと守ってやるんだ。それができるかい?」

翠が不安そうに福を見詰めた。

「分かった、俺が責任を持って野田を守る!」

そこら中から歓声と口笛が飛んだ。


学園祭が始まった。

衛生看護科は、ミニ人間ドックと称して、視力・聴力、血圧・体温、身長・体重、胸囲・腹囲などの測定。

看護教諭の指導のもとに、健康相談・栄養相談などを行い、教師や職員、大学生などに人気を博した。


音楽科は、クラシックのミニコンサートの番組を組んだ。

基本はピアノ・バイオリン・フルート・声楽などのソロで、時々重奏が入る。

野田翠は、自分の出番が無い時に、普通科のバイク喫茶にやって来るのだ。


大学の学生は、グラウンドで露店を開き、焼きそば・お好み焼き・たこ焼き・綿飴と賑やかに客を呼び込んでいる。


大学の運動部、文化部もそれぞれ趣向を凝らした催しで学園祭を盛り上げた。


高校と違い、高岡学園の中学生は優秀で高専に行くものが多い。

自分たちで作ったロボットを戦わせる、ロボコンをやって見物人を感心させている。


福達のバイク喫茶、[ケンタウロス]にもポツポツと客が入りだしたが、とてもまだ盛況とは言えない。

それでも、授業が無いので皆ウキウキしている。交代で他の催し物を冷やかしに行くのも楽しい。

客の入りは、野田翠がいる時とそうでない時では、明らかに差があった。

翠がいない時にはちょっと覗いただけで帰って行く客もいるが、翠がいると躊躇ちゅうちょなく入ってくる。場の雰囲気がすっかり和んでしまうのだ。

一日目が終わる頃には、すっかりケンタウロスのアイドル的存在になってしまった。


二日目、コンサートの出番が終わり翠がケンタウロスの扉を開けると、店内の空気が固まっていた。

ちょうど昼休みで、居残っていた井上、金子、坂本の男子生徒三人と梅津は、突っ立ったまま店の中央を睨んでいる。

真ん中のテーブル席に、長い学ランの男が座っていた。その後ろに同じ格好をした男達が数人、直立不動で立っている。他に客は居ない、きっとこの空気に耐えきれず帰ったに違いない。

翠は何食わぬ顔で店に入り梅津の側にやってきた。

「何かあったんですか?」

「こいつら、天岡を出せと言って聞かないんだ」

男と目が合った。

「注文は取りに来ないのか?」

「私、行って来ます」梅津に耳打ちして、翠はテーブルに向かった。

「何に致しましょう?」

「コーヒーを貰おうか」

「はい、畏まりました」翠は急いで立ち去ろうとした。

「待てっ!」男が翠の手を掴む。

「痛っ、離して!」

「大人しく天岡を連れてこい!」男が井上を睨みつける。

「天岡なら今日は来ないって行ってるだろ!」井上が言った。

「何故だ?」

「明日は天岡の復帰第一戦があんだよ!」金子が今にも飛びかかりそうな勢いで言った。

「ふん、うまく逃げたな」

「馬鹿言え!天岡が逃げるもんか!」坂本が噛み付いた。

「空手部の田岡は腰抜けだが、応援団の青田はそうは行かない。天岡が来るまでこの女は預かるからそう伝えろ」

「ま、待て、ここは学園内だぞ!」

「知ったことか」

「テメェ!」その場にいた普通科の生徒たちが、一斉に青田に詰め寄る。

「いいのか、ここで問題を起こしても?」

「構うか!」熱くなった金子が青田に殴り掛かる。

その瞬間、金子がうずくまってうめき出した。青田の手にはスタンガンが握られていた。



「そろそろ帰らなくちゃ、井上達怒るぞ」

「大丈夫だよ、客なんか来やしねぇよ!」

グラウンドの屋台でたこ焼きを食べていた普通科の生徒達が、面倒臭そうに話していた。

「矢留、お前先に帰れよ」

「嫌だよ、俺だってまだ食べてるんだ」

「だってそろそろ翠ちゃん来る頃だろ、いいのか、ほっといて?」

「あ、そうか忘れてた!・・・じゃあ俺、先に帰るわ!」

福は食べ残したたこ焼きを鎌足に押し付けて駆けて行った。




皆一斉に後ずさる。

「キャッ!」翠が小さく叫んだ。青田は翠の右手首を掴んだまま立ち上がった。

「動くな!」青田が、翠にスタンガンを向けて怒鳴った。

「この女を返して欲しければ、今日中に天岡を連れて応援団の部室に来い!」

「このっ!」井上と坂本が飛びかかろうとするのを、他の男達が遮った。

青田は翠の手を引いて出口に向かう。

その時、ガラッと扉が引き開けられた。

「矢留くん!」

「矢留っ、翠を守れ!」梅津が怒鳴る。

福は一瞬戸惑ったが、翠の引きつった顔を見て状況を理解した。

「そいつ、スタンガンを持ってるぞ!」井上が叫んだ。

福は青田に向かって走りながら叫んだ。「野田、伏せろ!」

翠が頭を抱えて床に屈み込む。

福が床を強く蹴ったのと、青田がスタンガンを突き出したのが同時だった。

高く舞い上がった福は、思い切り青田の顔に右足刀を叩きつけた。

青田は、展示してあったバイクにぶち当たり、バイクもろとも床に倒れて動かなくなった。

それを合図に、井上と坂本が残った男達に躍りかかった。


少し遅れて、たこ焼きを食べていた奴らが戻って来た。

「んっ、何だか騒がしいな?」

「大変だ、ケンタウロスで乱闘が始まってる!」

「何だと!俺たちを除け者にするとは許せねぇ!」

「みんな急げ!祭りはこれからだ!」

「応!」



野田翠に怪我は無かった。

警察が来て、スタンガンで翠を連れ去ろうとした青田は連行された。

応援団の部室にも警察が入り、事情聴取が行われた。

この件を長引かせない為に、警察を呼んだ方がいいと判断したのは担任の大久保だ。

不祥事を起こした学生や生徒達は、それぞれに見合った処分を受けた。

福は、短い間に二度も警察沙汰を起こしたと言う事で、一週間の謹慎となった。

福に文句はない。ただ、学園祭の後半に参加出来なかった事は、少し残念だった。


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