六日目
六日目
キック一発でエンジン始動。ヘルメットをかぶりスロットルを回す。
第五橋松島橋→第四橋前島橋→第三橋中の橋→第二橋大矢野橋→第一橋天門橋と、一気に天草五橋を渡り切った。
今日福岡に帰ろうと決めた時から、寄り道は考えなかった。
266号線で松橋まで出て、三号線で真っ直ぐに福岡へ向かう。
途中で二度給油の為に停まっただけで、夕方には福岡に着いた。
家に着くと、母も多恵も、福の無事を喜んでくれた。
翌日、福はバイク屋へ行った。
オヤジさんに旅の話をしたかったし、ウインカーも修理しなければならない。
バイク屋の前でバイクを止めた時、福は我が目を疑った。
正確には、バイク屋のあった場所だ。
「確かにここだったのに・・・」
福の目の前には、黒土の更地が広がっていた。
建物のあった裏手の場所に、井戸がポツンと遺されていた。
鋳物の手押しポンプが、コンクリートの蓋の上に錆びた姿を晒している。
一羽のカチガラスが、その上に留まっていた。
福が近づくと、何か伝えたそうにこちらを見たが、いきなり飛び立ってどこかへ行ってしまった。
福は、旅の間に彫り上げた、稚拙な仏像をポケットから取り出した。
『おじさんに渡そうと思ったのに』
それは、未来にこの世にあらわれて、衆生を救うと言われる弥勒菩薩の像だった。
福は、井戸の蓋を渾身の力を込めて押した。僅かに開いた隙間からは、真っ暗な水面に一瞬光が当たって煌めいた。
福は、仏像をその穴にそっと投げ落とす。
「いつかこの世に現れて、みんなを救ってください」
福は、井戸に手を合わせバイクに跨った。
福の、奇妙な旅は終わった。
また、いつか必ず旅に出る。
「さ、帰って宿題をかたづけなくっちゃ!」