一日目
一日目
旅立ちの朝、福はまだ暗いうちに起き出した。
母と妹を起こさないように、そっと家を抜け出す。
シートに荷物を括りつけ、家から少し離れたところまでバイクを押した。
エンジン始動。
服装はデニムの上下にバスケットシューズ。
バイク屋のオヤジさんからもらった、ゼロ戦のパイロットのようなゴーグル付きのヘルメットを被り、バイクに跨がった。
福は、国道3号線に出るために、空港に向けて街中にバイクを走らせる。
3号線に出たら、北九州市に向けて北上。
朝の冷たい空気が心地よい。すべての煩わしいことから解放された気分だ。
何の計画もない旅、いつ迄に何処へ行こうと誰も文句を言わない旅。
『これが、自由というものなんだ・・・』
「そうだ!」福は寄り道を思いつき、一度3号線を離れて志賀島に向けて進路を変えた。
海の中道あたりで夜が明けてきた。潮の香りが鼻を打つ。
周囲がはっきり見えるようになると、砂の浮いた道路が気味悪かった。
『コーナーは気をつけなくっちゃ、乗り上げたら確実に転倒だ』
左回りで島を一周してから、福は再び3号線に戻った。
「ああ、自由っていいなぁ!」声に出して言ってみた。風も笑っているようだ。
その後また、ひたすら北上した。
遠賀川を渡ったところで空腹に気付き、折尾の駅の売店でカレーパンを買って遅い朝食をとった。
タンクキャップを開けて中を覗くと、いくらもガソリンが残っていない。
『バイクにも、朝飯やらなきゃな』
最初に見つけたスタンドで給油、199号線に乗り換え若戸大橋を目指す。
『懐かしいなぁ、小さい頃、家族で見に来たっけ』
当時は、東洋一の吊り橋だったのだ。
暫く鹿児島本線沿いに渋滞の道路を走り、やがて国道10号線に出る。
今度は、ひたすら南下が始まった。
国東半島を回ると半日が潰れる、予算と日程を考えてショートカットし、夕方別府に着いた。
福は、駅前に汚いビジネスホテルを見つけて宿をとる。
荷物を部屋に置き身軽になってから、バイクで猿の楽園高崎山に行った。
『うわっ、そこらじゅうに猿がいる。目を合わせちゃいけないんだよな』
猿から目をそらしてふと上を見ると、枯れた木の枝にカチガラスがとまっていた。
身体の腹と胸が真っ白な美しいカラスが、じっと福を見下ろしていた。
本日の走行、193キロメートル。
初日はまずまずこんなところだろう。
福は、駅前のラーメン屋で晩飯を食べて、今日は、早めに寝ることにした。