福 高校生
福 高校生
入学
四月、矢留福は高岡学園高等学校に入学した。
入学式に母の姿はなかった。それは福が望んだ事だった。
これからは、何でも自分で決めて行く。
新入生約百人の内訳は、衛生看護科五割、普通科三割、音楽科一割だ。福はもちろん普通科だ。
福がまず異様に感じたのは、普通科の生徒の目付きの悪さだった。
福の通った中学にも不良はいた。しかし、それは少数派だ。ここではそれが逆転している。
後でわかった事だが、クラスの半数がダブりか他の高校を退学になって来た連中だった。
高岡学園長の挨拶は、内容の優しさに比べて躰から滲み出る迫力が凄かった。
不良さえも逆らえない雰囲気を持っている。
式の後、それぞれのクラスに分かれた。
普通科の担任は大久保蒼一郎。髪は短く眉が太い。目が鋭い光を放っている。
三十代、細身、三揃いのスーツをビシッと決めて手に弓の折れを持っていた。何だか猛獣の調教師みたいだな、と福は思った。
「担任の大久保だ、地理を教える。それにしても、皆一癖ありそうな面構えだな・・・」
大久保はニヤリと笑って教室を見回した。
「まずは出席番号順に自己紹介と行こうか」
最初に天岡という男が立った。福より確実に二、三才歳上だ。
何と無く掴み所のない男で、顔は笑っているのだが目が笑っていない。どこか危険な雰囲気を漂わせてていた。
「天岡です、趣味はバイク」つっけんどんにそれだけを言って座った。
次に、髪をテカテカのリーゼントに固めた、色の黒い男が立った。
「井上だ、趣味は音楽鑑賞。主にロック、よろしく!」
「俺は金子、趣味はナンパかな」小狡そうな狐のような男が言った。
こんな調子で皆短い挨拶をした。舐められないようにという配慮からか多くを語らない。
福は当たり障りのない挨拶をした。
全員が自己紹介を終えた時、福は暗澹たる思いだった。
『このクラスで、これからやっていくのか・・・』
それからの福の学園生活は、カルチャーショックの連続だった。
初日、まず数人の生徒が授業をエスケープした。
先生たちも慣れたもので、生徒に連帯責任を強いる。クラス全員職員室で正座させられた。
「さあ、どこに行ったか知っている者は?」
一人の生徒が足の痛みに耐えきれず、居場所を教えてしまった。
エスケープした生徒達は、早速連れ戻されて停学処分を受けた。
口を割った生徒は、それから暫くして学校を辞めてしまった。
トイレでタバコを吸うのは当たり前、そのうち昼休みに教室で吸うようになった。
見張りがいて、先生が来ると窓を全開にする。
タバコはスピーカーの裏に隠す。もちろんそんなことで先生が騙せるとは思っていない筈だ。
不良達には変な連帯感がある、絶対にお互いを売ったりしない。
そのうち先生は真面目な生徒に白羽の矢を立てる。
悪事がバレて、処分される度に真面目な生徒が疑われる。
また一人、真面目組の生徒が学校に来なくなった。
坂本という生徒が、あろうことか教室にトースターを持ち込み、授業中にパンを焼いた。
普段はひょうきんな奴なのだが、行動が予測不能だ。
これに怒った、教師が坂田をボコボコにしてしまった。
こんなことが、何の問題にもならないなんて、ここは本当に高校なのか?
「お前、俺のことチクったか?」
ある日、リーゼント頭の井上が、福の席に来て言った。
福は黙って席を立った。返事をすると、声が裏返りそうだったのだ。
「どこへ行くんだよ、逃げるのか?」井上は後ろから付いてきた。
福は、中庭の花壇へ行き、中から手頃な卵型の自然石を拾ってきた。
「そんなもの、どうするんだ?」井上が訊いた。
「割るのさ」福はなるべく低い声で答えた。
福は、花壇のブロックの上に石を置き、左手を枕にして固定した。
「キエーッ!」なるべく大袈裟な声を出して、手刀で石を叩いた。
石は見事に真っ二つになった。
「お、お前すげーな!」井上は全く感心してしまった。
なんのことはない、この試割りはインチキなのである。
割る瞬間に、石の端を少し持ち上げると、石とブロックがぶつかって石が割れる仕組みになっている。
それでも、このパフォーマンスにはある程度の効果があったようだ。
井上は諦めて教室に戻って行った。