2.英雄召喚の議
「・・・畏まりました、このヴレイメール・アンドリュース拝命いたしました。」
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翌日、滞りなく英雄召喚の議の準備が整ったとの連絡を受け自身の準備を整える。
白い衣に金刺繍の入ったシンプルな礼装に着替え迎えの馬車へ乗り込み儀式塔へ出発する。
屋敷の前では執事長と教育係の先生が心配そうに見送ってくれていた。
「アリスターとロン先生まで、わざわざ見送りに出てきてくださったのね」
「お二人ともお嬢様以上に緊張されていました。かくいう私も不安でございます」
エクラタンに視線を移せば彼女が膝に置いた手が少しだけ震えていた。
「怖い......?」
「怖い、です」
「そうよね、私の力はいつ暴走するかもわからないし」
「はっ、違います、そちらの恐怖心ではなくお嬢様を失う事が怖いのです」
エクラタンが伏せていた顔をあげればしっかりと目線が合う。
彼女や離宮に残ったアリスターとロン先生が私を思ってくれている事実にじんわりと心が温かくなる。
彼等と巡り合っていなければ私は私足りえなかっただろう。
「大丈夫よ、失敗はしないわ」
「はい......」
馬車の揺れが次第に小さくなりやがて止まる。
ベールを被りエクラタンが容易には外れないように整えてくれている。
そうしている間に馬車の扉を挟んで男性の声が聞こえてきた。
「ヴレイメール様、お待ちしておりました扉を開錠致します。」
施錠が解除され扉が開く。
声をかけてくれた騎士は催事の際に私を出迎える役目を担っている。
緊張した面持ちで降りるためのエスコートをしてくれるのだが、私の手が離れれば安堵した表情を見せてた。
騎士として表情が見て取れる事に気付いているのかいないのか。どうやら彼は素直な性格の方のようだ。
塔の中へと通され上へ上へと登っていく。
最上階へたどり着けばガラス張りの光溢れる広間が儀式の場所だ。
先を歩いていた騎士が立ち止まり広間で指示を出していたこの国の王子殿下に私の到着を告げる。
「殿下、ヴレイメール様が到着されました」
「そうか、ご苦労」
広間の光を一身に集めるように輝くプラチナブロンドの髪を揺らし振り返る。
グリフィス王国の王子殿下、レンドール・スチュワート・グリフィス。
彼はアイスブルーの瞳で私を一瞥した後、魔導士達へと指示を出す。
どうやら私に声をかける気はない様子である。
矛盾した扱いはいつもの事であり、ため息を飲み込んで儀式台へと足を進めた。
(ここは美しい場所ですのに、息苦しいわ......。これから呼び出される方を思うと失敗したほうがいいのかもしれないわね)
「ヴレイメール様ご足労頂き感謝いたします」
「ごきげんよう宰相様、魔導士長様。本日の議を成功させる為、皆様のお力を借りたく存じます」
「はい。では、腕輪をお預かりします」
魔導士長の初老男性と養父である宰相に会釈を返す、感情が伝わらない態度に心のどこかでは寂しさを感じる。
養父である宰相が差し出したトレイへ腕輪を預ければ。準備は整った。
腕輪を全てを外すのは何年ぶりだろう。
陣の周りにいる魔導士達へと視線を向け様子を確認する。
最後に少し離れた場所で見守る王子殿下へとベール越しに目配せをすれば頷きが返ってきた。
一呼吸を置き両手を広げ魔力を込めれば体から溢れ出し温かな淡い光を放ち始める。
失敗は許されない。
私の為ではなくこの儀式に携わった魔導士の彼らの為に、気を引き締め詠唱を紡ぎだす。
『 神聖なる泉より生まれしものよ 永き眠りより目覚めよ 無限なる深淵より今ここに 時の門を開け 』
私と魔術師達の詠唱の声が重なれば、中央にある魔方陣が輝き始め瞬く間に広間が光で塗りつぶされた。
一瞬の暗転は直ぐに落ち着き、光溢れる広間に戻る。
魔方陣の中心には尻もちをついた王族のような出で立ちの男性が驚いた顔をしている。
「「「おおおおお!やったぞ、成功だ!!英雄様が来てくださったぞ!!」」」
「英雄殿、我が国へとお越しいただき感謝します!」
「......はい?」
美しいホワイトシルバーの髪が揺れる度に薄いブルーへと変化する。
海を思わせる吸い込まれそうな青い瞳とベール越しに目が合った気がした。




