1.ヴレイメール・アンドリュース
息が泡となって昇っていく。いや正確には、私が落ちているのだ。
見上げた水面はキラキラと揺れる光の帯を作り出し美しかった。
息苦しいはずなのに、そこで自由を手に入れた気がした。
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日々の営みが美しいと思わせる街並みをバルコニーから眺め、ため息を溢す。
街並みに感動したわけではない、憂いのため息だ。
何度目かのため息をついたところで風の冷たさを感じ部屋へと戻る。
豪華絢爛な作りで落ち着かない。
この部屋は聖女として扱われている私へのご機嫌伺いで作られた部屋。
正直、趣味ではない。
行動範囲は与えられた場所のみという制約魔法が掛けられ部屋から出ることは叶わない。
部屋自体が扉続きになっており、それこそが私の自由空間である。
「......暇、ですね」
ソファーに腰かけ、ぽつりと呟くがその問いに答える者は傍にはいない。
ぼんやり眺めていた本棚から視線を逸らした先には手入れし終わった小さな鉢植え。
それらは窓枠の近くで種類豊富に並んでいる。
長年の趣味であり、実用性を兼ねた薬草ばかりだ。
自分が育てた薬草たちがこの国の為に使われることはなく、採れたものは小さなマジックポーチに収納し自分の為に楽しむ。
ポーチを撫でながら今まで採取した薬草の事を考えていると木製ドアの乾いたノック音と女性の声が聞こえた。
「お嬢様エクラタンです、お茶をお持ちしました」
「どうぞお入りになって」
「失礼いたします」
エクラタン。
彼女は私が住む離宮唯一の専属メイド長であり亡き乳母の娘である。
そして、私は生みの親を知らない。
宰相の養子として育てられ、この部屋で16年軟禁状態で生活している。
エクラタンは私にとっての家族といえる存在の一人だ。
得体の知れない赤子が王族に属する者の下へ養子に入る事はない。
だが、魔力が膨大過ぎる為に近隣に影響を及ぼす恐れがあるとし王族庇護の許、離宮に住まう事を定められたそうだ。
宰相の養子という立場もあり、最低限のお世話役と護衛、教育係が与えられひっそりと暮らしている。
国からしてみれば聖女にも悪魔にもなり得る厄介者だと気づいたのは私が物心ついてまもなくだった。
それでも催事があれば聖女として表舞台に出る。
ベールを被るので私であるかどうか判断はできないのだけれど。
エクラタンが持つティーポットから注がれる湯気とラベダの香りが漂うと少しだけ気持ちが浮上した。
「本日はラベダに蜜を入れたものになります」
「ラタ、いつもありがとう。......勉強をすればするほど、外の世界を見てみたいわ」
「そうでございますね......」
「私の力は既に封じられているのだから出てもいいと思うのだけど......」
ティーカップをソーサーへ戻しソファーにもたれて思う。
叶わない願いと知りつつも“外の世界が見たい”という願いを繰り返す日々。
シャラリと涼やかな音を立てた両腕に嵌められているのは、細い銀細工腕輪。
5組の腕輪には美しい装飾と魔石が付いている。
まだ年端もいかない子供だった頃はこれがなければすぐに魔力暴走を起こしていた。
両腕の腕輪こそ、暴走を起こした数ともいえる。
今では魔力も多少安定しいくつか外しても力のコントロールが出来る。
本当にいくつかなのだけれど。
それでも国からすれば脅威でしかない。私の自由を犠牲に国は他国に強気でいられるという。
なんとも脆い礎だろうか。
この国の行く末はあまりいいものではないのかもしれない。
「私が消えてしまったら、陛下はどうするのでしょうね」
「......応えかねます」
分かっている、どうもしないだろう。
ただ私一人が居なくなれば国王もこの国の民も心底安心する。
私はいつ魔力破裂するか分からない腫物なのだ。
魔力コントロールが出来ていると訴えたところで、測定器を使ってみてもその力は計り知れない。
証明ができないのだ、かといって魔物討伐に駆り出すには危険すぎるのだという。
そういった観点から私はこのまま一生、籠の鳥として寿命を終えるだろう。
「お嬢様、陛下より任命を仰せつかっています」
「何かしら......」
「明日、皇太子殿下立ち合いの準備が整い次第、英雄召喚の議が行われます」
「数日前から魔力の流れが変わっていると思っていたのだけれど、儀式の準備をしていたのね」
「はい。そしてお嬢様をその儀式の一任者として立てるとの事でございます」
驚いた、陛下が私の膨大な魔力を活かせとの仰せらしい。
逆を言えば失敗すれば命を失う危険に陥る。
失敗は許されない。
「......畏まりました、このヴレイメール・アンドリュース拝命いたします」
ラベダ=ラベンダー
蜜=蜂蜜




