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かさね譚  作者: やなぎ怜
4/5

~アイスコーヒー~

 小学生のあるとき、夏のあいだ、私は母方の祖父母の家に預けられていた。


 山を背負い、海が間近に迫った典型的な田舎の村で、私はつまらない夏休みをすごしていた。



 家にやってきた子供に出す飲み物と言えば、真っ先に思いつくのはジュースやサイダー、コーラなどだろうか。


 夏ならば麦茶だろうか。


 しかし夏のあいだ世話になっていた祖父母宅で出されるのは、真っ黒なアイスコーヒーだった。


「真っ黒な」という形容詞をわざわざつけたのだから、それは当然のようにブラック。


 冷めた子供であった割には妙なところで遠慮しいだった私は、黙ってその真っ黒なブラックコーヒーを飲んでいた。


 もちろん内心イヤイヤながら飲み干していた。


 平凡な小学生にはブラックコーヒーのおいしさなんぞはわからなかったのだ。


 真っ黒なアイスコーヒーを出すのは祖母の役目だった。


 年代的なものもあるのだろうが、祖父は台所には入らないので、自然そうなる。


 そうして台所で真っ黒なアイスコーヒーを作ってくれた祖母は、目尻を下げて私にグラスを渡してくれる。


 決して、ミルクやシロップを入れるかどうかなどとは聞かず、氷が入っていない割には妙に冷たい真っ黒なアイスコーヒーをくれるのだ。


 アイスコーヒーどころか、そもそもコーヒー自体の存在を認識したのが祖父母宅であったこともあり、私はコーヒーにはミルクやシロップを入れることもあるのだ、ということを知らずにいた。


 そういうこともあり、私は毎度、その真っ黒なアイスコーヒーを眉間にしわを寄せないようにしながら飲み干していた。


 困ったことはもうひとつあり、体質的にカフェインを受け付けないのか、弱いのか、真っ黒なアイスコーヒーを飲むたびに腹がゆるくなってしまうのが悩ましかった。


 ものすごい腹痛がやってくるというほどのことではなかったが、由々しき事態である。


 それでも祖父母に対しては多少猫をかぶっていた私は、その事実を言い出せずひとりどうすればあの真っ黒なアイスコーヒーを飲まずに済むか、ということに頭を悩ませた。


 転機がいつごろ訪れたのか、正確な記憶はない。


 ただ今まで真っ黒なアイスコーヒーを私が飲み干すのをニコニコ笑顔で見届けていた祖母が、それをやめたのは明らかな転機だった。


 祖母が台所へと立ったのを見計らって、私は縁側に出ると素早く縁の下に真っ黒なアイスコーヒーを流してしまった。


「食べ物を粗末にするな」という教育を受けていたから、その行為には罪悪感を抱かざるを得なかった。


 祖母のことを思うとなおさら胸が痛んだ。


 でも、仕方がないのだ。


 私はその真っ黒なアイスコーヒーを飲みたくない一心で、祖母の目を盗んでは縁側の下に流してしまっていた。


 しかしそんな行いが常態化していたときに、事件は起こった。


 どういう経緯があって通りがかったのかは知れないが、村に住むおじいさんに真っ黒なアイスコーヒーを捨てているところを見られたのだ。


 私は動揺し、おじいさんをしばらく見ていた。


 おじいさんはなにも言わずにすたすたと去って行ったが、私は祖父母に告げ口をされるとおびえた。


 けれども、その日の夜になっても、次の日になっても、私が真っ黒なアイスコーヒーを捨てていたという事実は、祖父母に露見していないようだった。


 そして私は歳の離れた兄が迎えに来てくれる日まで、真っ黒なアイスコーヒーを捨て続けた。



 ……あれから数十年経ち、もはやあのときの三人は生きてはいないだろうと思う。


 なのでなぜ祖母が真っ黒なアイスコーヒーを出していたのか、なぜあのおじいさんは告げ口をしなかったのか、私に知るすべはない。



 ふと先日、真っ黒なアイスコーヒーの件を歳の離れた兄に話したことがある。


「真っ黒なアイスコーヒーって、中になにが入っているかわからないよね」


 ……祖父母宅での出来事以来、コーヒーはできるだけ飲まないように避けて生きてきたが、恐らくそれは私が死ぬまで続くだろうことを確信した。

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