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59.切なさを埋めるもの

 それから数日の間、わたし達はなんやかんやと忙しい時間を過ごしていた。


 ギルドからの依頼という任務だったけれど、報告すべきマスターが全てを見ていた訳だから、報告する事も特になく。ただ執務室に呼ばれたわたしとラルは、マスターとお茶をしながらあの日の事を振り返るだけ。お茶を飲みに行ったようなものだけれど、まぁマスターがいいと言っているのだから、それでいいのか。


 ある日には回復師としての依頼が管理院から回ってきた事もあって、それに参加したり。魔獣討伐任務にラルが駆り出されてしまったり。

 ギルドにも管理院にもお世話になっているから頑張ろうとは思ったけれど、息つく暇もなくて疲れてしまったのも仕方ないと思う。



 ある日のギルドではオルガさんにも会う事が出来た。

 相変わらず居丈高(いたけだか)な様子だったりもするけれど、本心では心配してくれていたと知っているから、わたしも噛みつかないでいられた。治してくれた事は本当に有り難いと思っていたから。


 その場に居合わせたシャーリーさんと受付のキリアさんも話に入ってきて、何がどうなったのかわたし達は四人でご飯を食べに行く事に決まっていて。夕方だった事もあってそのままわたしは多世界料理屋さんに連れていかれてしまったのである。

 恋話におしゃれの話、仕事の愚痴、色々な事をお喋りするのはやっぱり楽しい。オルガさんはやっぱりライノが好きみたいで、また観劇に誘うと意気込んでいた。

 女性陣だけでいっぱい食べて、飲んで(わたしはジュースだったけれど)、笑って、ちょっと泣いて。この世界に来て、わたしは本当にいい友人に恵まれたと改めて思った程だ。



 帰宅したのは日付が変わる頃だったけれど、ラルは起きて待っていてくれた。

 ラルはライノとメイナードさんと飲みに行っていたらしい。いかがわしいお店に行ってたり? なんて一瞬頭をよぎったけれど……ラルだし。ライノとメイナードさんだし。それはないなとすぐにその考えは放り投げた。


「お帰り」

「ただいま。遅くなっちゃってごめんね」

「ううん、オレもさっき帰ってきたところだから。本当は迎えに行きたかったんだけど」

「慣れた道だし大丈夫だよ」

「それでも。オレは心配なの」


 わたしの脱いだコートにブラシを掛けてくれながら、ラルが眉を下げる。その想いも嬉しくて、わたしはラルの背中に抱きついていた。


「……アヤオ?」

「くっつきたい」

「いいけど……珍しいねぇ」

「ふふ。ラルは今日、楽しかった?」

「楽しかったよ。メイナードさんが魔獣料理の店に連れていってくれたんだ」

「前に行っていた場所だ。美味しかった?」


 コートやマフラーを丁寧に掛けてくれたラルは、わたしの腕を掴んで離させる。抗議の声をあげる間もなく、わたしはラルの腕の中に収まっていた。


「うん。今度はアヤオと行きたいな」

「連れていってね」


 もちろん、と優しい声が落ちてくる。

 背中に両腕を回してしっかり抱き着くと、わたしを抱き締めるラルの腕にも力が籠った。温かくて、落ち着く場所。とくんとくんと響く鼓動が、耳に優しい。


「お風呂の準備してあるから、入っておいで」

「んー……うん、でも……もう少しこのままで居たい」

「今日のアヤオは甘えん坊だねぇ。オレとしては嬉しいのと、複雑なのと色々あるけれど」

「複雑?」


 抱き着いたまま顔を上げると、下ろしたままの赤い髪がわたしの頬を擽った。顔を寄せたラルがわたしの額に口付けを落とす。それだけでわたしの胸はざわざわと落ち着かなくなってしまう。


「もっと触れたくなっちゃうから」


 低く笑ったラルの瞳が蕩けるように甘やかで、胸の奥が締め付けられる。ああ、これがきっと切なさで……これを埋めてくれるのは、ラルしかいないんだろうな。


「……いいよ」


 返す言葉は自分でも驚くくらいに掠れていて。顔に熱が集まってくるのを自覚する。

 ラルはわたしの言葉に、瞬きさえ忘れたようだった。その青藍(せいらん)の瞳が色を濃くしていく。

 

 不意に体が抱き上げられる。

 足早に進むラルの腕から落ちないように、わたしはその首に両腕を絡めて体を支えた。


 ラルの部屋の扉が開く。

 ベッドサイドのランプが灯される。


 性急だった足取りとは打って変わって、わたしはそっとベッドに下ろされた。それがあまりにも優しい仕草で、まるで宝物に触れるよう。そんな事を思ってしまって、また胸の奥が苦しくなる。


「……ラルの匂いがする。これ、好き」


 下ろされたベッドに香るのは、ベルガモットの爽やかさ。そんな中に甘い香りも混ざって、包まれるだけでドキドキしてしまう。


「アヤオ、お願いだから煽らないで」

「煽ってなんか――」


 低く呻いたラルへの反論は叶わなかった。

 覆い被さるラルに唇を塞がれて、呼吸さえも奪われる。


 耳に響くのは水音や吐息ばかり。もっと欲しくて両腕をラルの首に絡ませるのに、ラルは唇を離してしまった。

 薄く目を開くと、互いを繋ぐ糸がゆっくりと切れるところで、それにさえわたしの体は震えてしまう。


「愛してる」

「……わたしも、だよ。ラルの事、愛してる」


 愛してるだなんて、恋愛小説の中だけだと思ってた。それなのに、この気持ちを伝える言葉はそれ以上に相応しいものがなくて。胸の奥から溢れる気持ちを込めて、わたしは何度もその言葉(愛してる)を口にした。


 嬉しそうに笑うラルが、わたしの首筋に顔を埋める。

 ワンピースのボタンが外されて、素肌に吐息が触れる。


 こわいのに、もっとしてほしい。

 おかしくなりそうなのに、もっとほしいと胸の奥が切なくなる。


 熱くて苦しくて――奥の奥まで満たされて。

 わたしはなきながら、ラルに縋りつく事しか出来なかった。



 迎えた朝。

 幸せそうに笑うラルが、わたしの顔を覗き込む。その全てが愛しくて、わたしも思わず笑ってしまう程だった。


 ベッドサイドに灯されたままのランプが、ラルの肩を美しく照らす。思わずその曲線を指でなぞると、唇へと噛み付かれて――その日はお仕事には行けなかった。



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