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56.地を濡らす赤

「マスター……」

「決着はついたようだけど、結界が破られるのなら介入せざるを得ねーのよ。理解してくれるわね?」

「それは、はい……もちろん」


 緊迫した雰囲気の中でも、ギルドマスターの纏う空気は変わらない。にっこりと微笑むと「いい子ね」と褒められてしまう……見た目は幼女なものだから、何だか落ち着かない。


 わたしは深く息を吐いて立ち上がる。折れている鎖骨も痛いし、ぶらぶらしている左腕も痛い。捻ったのか足首も痛いけれど、あとで纏めて回復できる。


「アヤオ、あんた怪我してるじゃない」

「大した事ないんで大丈夫です。それより……」


 わたしに駆け寄って体を支えてくれるシャーリーさんに、問題ないと首を横に振って見せる。それよりも――わたしを含む全員の視線が結界へと向けられた。


「離れろ、シルヴィス。このままだと結界に取り込まれてお前は死ぬぞ」

「結界? それを壊して、僕はアルヘオ(古代種)とひとつになるんだ。もう誰にも邪魔をさせない」


 結界に触れたシルヴィスを引き剥がし、ラルは自らの体をその間に割り込ませた。結界を背に、シルヴィスと向かい合ってその肩を掴んでいる。


「お前たちはあの弟を拘束しておいで。だいぶ削られて力を奮う気力もないようだけど……ああいう手合いは何をするか分からねーもの」

「おう」


 マスターの指示にライノとメイナードさんが、小さく頷いてラル達の元へと駆けていく。メイナードさんの手には薄く光を帯びた鎖が握られている。拘束に使う魔導鎖だろう。


「それにしても……結界も一枚は割れたし、残っているのも随分とヒビ割れちゃったものね。さすがはハルピュグルといったところかしら」


 結界の向こうから感じる威圧感も気にせずに、マスターは肩を竦めている。


「マスター、あの……アルヘオハルピュイアがそこまで……?」

「来ているでしょうね。結界が割れれば出られるんだもの。この機会を逃すつもりもねーでしょうし」


 結界が割れて、封印されているアルヘオハルピュイアが出てくる。そうなった時に、また封印する事が出来るのだろうか。

 背筋に冷たいものが走って、わたしは体を震わせる。そんな様子にもマスターはにっこりと笑うだけだった。


「私がいるのよ。あの結界を直しておしまい」

「そう、ですよね」


 そうだ。このマスターなら結界を簡単に直してしまうのだろう。問題なんてない。あとはシルヴィスの処遇をラルは……なんて考えていた時だった。

 先程までよりも強い熱波がわたしを襲う。わたしを庇うようにシャーリーさんが抱き締めてくれる。

 息も出来ない灼熱に身を小さくしたのも一瞬で、わたし達は薄い光で覆われていた。光を出す細い杖を振っているのは――マスターだ。


 その熱波の発生源に目をやると、倒れ伏したライノが顔を歪めているのが見える。メイナードさんは巨大な盾を支えに立ち上がろうとしていた。


「くっそ……ジェラルド、お前の弟とんでもねぇな!」


 ラルも吹き飛ばされたのか、少し離れた場所に倒れている。火傷のひどい腕を使って立ち上がるその様は痛々しい。


「弟は昔から気が強くてねぇ」

「気が強いなんてもんじゃねぇだろ。反抗期か?」


 軽口を叩きながらライノが剣を抜く。


 シルヴィスは結界の前で、全身から炎を立ち上らせていた。虚ろな瞳は青ではなく、炎と同じ真紅に染まっている。


「命を燃やしているのね。あのまま結界に突っ込むつもりかしら」

「そんな事したら結界は?」

「割れるでしょうね。そして魔物が飛び出してきた瞬間に同化するつもりかもね」


 マスターとシャーリーさんの言葉が耳をすり抜けていく。まるで炎そのもののようなシルヴィスは、ゆらりと揺れながら結界へと一歩を踏み出す。


「シル、終わりにしよう」


 鉤爪を出したラルが、一足で結界とシルヴィスの間に入り込む。炎に包まれた片腕をシルヴィスが振り上げると、向こうの景色が歪んで見える程の熱がその腕に溜まっていく。ラルに向かって振り下ろされたその腕を防いだのは――メイナードさんの大盾だった。止められた腕をシルヴィスが凪ぐと、熱波にメイナードさんがたたらを踏む。

 そこに割り込んだのはライノだ。下から振り上げるような剣はシルヴィスの首を狙っていた。後ろに体を反らして剣を避けたシルヴィスの首を、ラルの鉤爪が捉えた。

 首を掴んだラルはそのまま後ろにシルヴィスを倒そうとするも、シルヴィスがそれを堪える。炎で形取られた手をラルの腕に添え、ラルの腹を結界へと蹴り飛ばした。


「ぐっ……!」

「ラル!」


 腹部を押さえる足によって、ラルの体は結界に縫い付けられている。掴まれたままの腕は、シルヴィスの炎によって焼かれ続けていた。駆け出しそうになったわたしの腕を、マスターが掴んで引き留めた。


「近付くんじゃねーわ」

「でも……!」

()が来ている」


 奴? と問いかけるよりも早く、マスターが口を開いていた。


「お前達、避けな!」


 気迫の籠った声に空気が震える。

 シルヴィスとラルの間に割り込もうとしていたメイナードさんも、シルヴィスの炎を切り裂いていたライノも後ろに飛んだ。ラルも自由な片腕でシルヴィスの足を振りほどいて身を捩る。

 その刹那だった。


 神殿から放たれた真紅の熱線が、結界さえも越えて、シルヴィスの腹部を貫いたのだ。


「が、はっ……」


 聞こえるのは苦悶の声。全身から噴き上がっていた炎が一瞬で消え、シルヴィスは口から血を吐きながらその場に崩れ落ちた。


「シル!」


 すぐさまラルが駆け寄って、その体を抱え起こす。腹部から溢れる血は止まる事を知らず、ラルを、大地を赤く濡らしていく。


『騒がしいと思えばハルピュグルの力を奮う者か』


 くぐもった声は結界の向こうから聞こえた。

 息が詰まるほどの威圧感。


 現れたのは漆黒の髪を長く伸ばした男の人。青藍(せいらん)の瞳を持つその人は、ラルにも、シルヴィスにも似ているようだった。

 

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