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44.あの夜、何があったのか

 シルヴィスと呼ばれた男の人は、流れるように木から飛び降りる。結構な高さがあったのに、トン……と軽い着地をした彼の背中には、ラルが持つものと同じような鷲の翼があった。


「兄さんが死ぬわけはないと思っていたよ。あのジジイが連れていった時にはどうしようかと思ったけれど」


 にっこりと笑いながら、言葉を紡ぐシルヴィス。その声も穏やかなのに、違和感がある。……温もりがないんだ。その笑顔にも、声にも、熱がひとつも籠っていない。


「連れていった?」

「……兄さん、まさか覚えていないとか言わないよね?」

「悪いが、幼体で森を彷徨っていた以前の記憶がないんだ。もちろん里での生活は覚えているけど、あの日に何があったのかは――」

「あはははは!」


 ラルの言葉を遮ってシルヴィスが笑う。

 その哄笑にびくりとわたしの肩が跳ねた。ラルの弟だから仲良く、というか……友好的な関係を築きたいけれど、あの人怖い。


「なんで幼体になったのかも、何もかも覚えてないんだ? あの夜、みんなが燃えて焼かれて死んでいく中で一人逃げ出した事も? あはははは、次期族長が聞いて呆れるね!」


 ラルが拳を握り締める。ちらりとその顔を伺うと、眉を下げて唇を噛んでいた。青藍の瞳が悲痛に揺れている。


「……すまない」

「いいんだよ、別に。あのジジイが連れ出さなかったら、兄さんだって死んでいただろうしね」

「シル、あの夜……何があったんだ?」

「何がってわけじゃない。里が滅びただけさ」

「滅びた理由を聞いている」

「僕がみんなを殺したから」


 あっさりと紡がれる言葉に、わたしもラルも言葉を失っていた。

 シルヴィスは悪びれた様子もなく、ただにこにこと笑っている。その冷たい瞳にラルを映して。

 わたしは思わずラルの背中にすがって、ジャケットの布地を握り締めていた。


「父さんも母さんも、この里に暮らす全ての人間を僕が殺した。焼き尽くした」

「……一体なぜ、そんな事を……」


 ラルの声が震えている。

 わたしは布地から手を離すと、固く握られた拳を両手で包んだ。声だけでなくその手も震えていて、ひどく冷たい。


「ハルピュグルの誇りも忘れて、外界と融合しようとするからだよ」

「……は?」

「これも覚えてない? 里での閉鎖的な生活をやめて、外界との交流を増やしていこうって決まったでしょ」

「それは覚えているが……」

「だからだよ」


 当然とばかりにシルヴィスが言葉を紡いでいく。

 ラルは理解が追い付いていないようで、ただ呆然とシルヴィスを見つめている。理解が出来ていないのはわたしも一緒だった。


「外界との融合? ふざけやがって。ハルピュグルは絶対強者、孤高の存在。媚びへつらわなくても力で全てを制圧する事が出来る。今までだってそうしてきたのに、なんだって仲良しごっこをしなくちゃいけないんだ」

「お前が反対をしていたのは知っているが、そんな理由で……里のみんなを?」

「そんな理由とは失礼な。僕はこの世界を支配するのはハルピュグルが相応しいと主張していたし、今もそれは変わらない。ハルピュグル以外の種族は、僕達ハルピュグルに畏怖して仕えていればいいんだ。……それを是としない一族なんて滅びてしまえ」

「……何を言っているんだ、お前は」


 ラルの声が低くなる。ぞくりとする程の怒りがその声には潜んでいるのに、シルヴィスは気にした素振りもない。


「兄さんを襲って、殺す前にあのジジイが割り込んできた。とどめを刺せていないから、可哀想に兄さんは幼体なんてみっともない姿になっちゃったよね。兄さんを抱えたジジイはそのまま逃げやがって……追いかけようとしたのに今度は父さんと母さんが立ち塞がって。何を言っても聞いてくれやしないから、殺した。いくら耐性があるって言っても、特大の爆炎を至近距離で浴びたら流石に溶けて消えたよね」


 この人はどうして笑っているんだろう。

 自分の、両親でしょう? ラルのお母さんが持っていたロケットペンダントを思い出す。いつもそれを外さずに、夫と子ども達の写真を身に着けて……そこには確かな愛情があったはずだ。


「それからは目につくものを全て焼いていった。最後の方になってやっと、死体を残した方がいいなって思い至ったんだ。だからジジイとババアや双子達は殺しても焼かないでおいといた」


 得意気に話すシルヴィスの熱量と反比例するように、ラルの纏う気配が凍てついていく。

 その顔には何の表情も浮かんでいない。ただ青藍の瞳だけが怒りに燃えて色を濃くしているようだった。


「正解だったよね。兄さんは国に保護されて、国の人間が遺体を見つけたんでしょ。それを同じハルピュグルである兄さんに伝えて、確認する為に里に戻ってきたってとこかな。行方不明になった兄さんを探すのは結構手間だったから、自分から戻ってきてくれてよかったよ」

「……ふざけるなっ!」


 勢いよく地を蹴ったラルがシルヴィスに飛び掛かる。それを軽く避けたシルヴィスはラルのお腹に蹴りを入れる。衝撃にラルは体を折って、苦痛に顔を歪めながらその場に崩れた。わたしは漏れそうになる悲鳴を、口を両手でおさえる事で飲み込んでいた。


「体術だって魔法だって、僕の方が上だったでしょ。先に生まれただけで次期族長に決まっただけの能無しなんだから、歯向かうなんてやめてくれる?」


 シルヴィスはラルの前髪を掴むと、無理矢理に顔を上げさせた。逆手で額を撫でるその表情は愉悦に満ちている。


「この火傷、残っているんだね。僕が襲いかかって最初に焼いた場所だ」


 指先が愛しげに額を辿る。不意に落ちたその手を軽く振ったと思うと、シルヴィスの手は鉤爪へと変化していた。

 わたしは深呼吸を繰り返すと、震える両手を背中に隠した。ゆっくりと魔力を練っていく。急激に魔力を使ったら、きっとシルヴィスにバレてしまう。


「兄さん、どうする? 僕と一緒にハルピュグルが支配する世界を作る? それともここで僕に殺される?」

「どちらもごめんだね」


 鉤爪を振りかぶって問うシルヴィスに対して、ラルは笑って答えた。


「言うと思った」


 シルヴィスは低く笑うと鉤爪をラルに突き立てようとする。

 ――そんなの、させない!


 わたしは作り上げたアサルトライフルを構えると、スコープも覗かずに引き金を引いた。どこかに当たるか、当たらなくてもラルから離れてくれればいい。


 シルヴィスは鉤爪で簡単に風弾を壊してしまう。しかしその一瞬の隙に、ラルが手を鉤爪に変化させていた。髪を掴んでいたシルヴィスの手を鉤爪で弾くと、大きく後ろに飛んで距離を取る。そしてわたしの前に立った。


「……人種の女。魔導師か」


 シルヴィスが初めてわたしの事を視界に捉えた。

 違うけど、否定しない。回復師だと教えるつもりもない。


 また雪が降ってきた。

 悲しみのように、全てを覆って積もっていく。


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