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40.無くした記憶を求めて

 ある日の事。

 タパスさんに呼び出されたわたしとラルは、ギルドの応接室に居た。応接室に入ってすぐの角っこでは、魔植物が葉っぱをゆらゆらと動かしている。……受付の近くにいるメロウちゃんの親戚だろうか。


 最近座る事の多いソファーにラルと並んで座る。向かいのソファーに座っているタパスさんが、テーブルの上に二つの指輪を並べた。


「ハルピュグルの里へ向かう許可が出た。これは里を保全する為の結界を通る、魔導具となる。これらには既にお前達の【命波(クアン)】が登録されていて、お前達以外に使う事は出来ないようになっている」


 ラルが指輪に手を伸ばす。つられるようにわたしも指輪を手に取った。

 大きな丸い水晶が台座に留められている。その水晶の大きさ以外には別に特徴もないというか、大きさ以外は目に入らないというか。スーパーボールみたい。


「里には結界が?」

「事件性が否定できない事が一番の理由らしいがな。ジェラルドは里の出身者という事もあって立ち入る許可が降りた」

「……あの、わたしは……?」


 ハルピュグルとは無関係のわたしも、里に行っていいんだろうか。

 おずおずと手を挙げると、魔植物が真似するように葉っぱを上げた。


「ギルド関係者も行った方がいいのではないかと、レグルス殿が進言してくれたそうだ。アヤオはギルドお抱えの回復師だからな、関係者で問題ないだろう」

「問題ないというか……いいんでしょうか。いや、ありがたいんですけれど」



 以前からタパスさんには相談をしていた。

 ハルピュグルの里に行きたいと。無人となったその場所が国の管理下におかれていると知って、何とか里に行く事が出来ないかとお願いをしていたのだ。

 タパスさんにもレグルスさんにも、この事では大分無理をして貰っているかもしれない。ギルド案件、管理院案件の依頼があれば積極的に受けようと心で誓った。


「管理院としても、里で何があったのか究明を進めたいというのもあるだろうな。里に向かえばジェラルドの記憶が戻る事も期待しているのかもしれん」

「オレもそう願っています」

「何かの襲撃、事故、様々な可能性が考えられるが……少しでも手掛かりを見つけてきてくれると助かる」

「努力します」


 ラルが神妙な様子で頷いている。わたしはラルのものと自分のもの、二つの指輪をマジックバッグに入れた。里に入る為の大事な魔導具だ。無くしたり壊したりしたら困るもの。


「里への移動手段だが……ハルピュグルなら問題ないな?」


 タパスさんが隻眼を細める。この様子だと、ラルが鷲の姿になれる事も知っているのだろう。ラルは何も言わず、ただ頷いた。

 タパスさんも応えるように頷くと、テーブルに身を乗り出した。その両膝に肘を乗せて、真剣な表情でわたし達へ交互に視線を向けてくる。


「……これは口外しないで欲しいんだが」


 少し固い声に、わたしは思わず姿勢を正した。

 

「亜人狩りがおきている」


 亜人狩り。

 その不穏な言葉に、部屋の温度が急速に下がった気さえする。


「襲われたのは鬼の力を持つオグウァ族、蟲を操るキメテフィオ族。もしハルピュグル族も何者かの襲撃を受けたのなら、犯人は同じ人物かと考えられたのだが……」

「犯人が分かっているんですか?」


 ラルの声が低く、固い。

 震える右手を、左手で抑え込んでいる。わたしはその手に、自分の手をそっと重ねた。震えは次第に治まっていくのに、指先が氷のように冷たい。


「オグウァ族もキメテフィオ族も襲撃は受けたが壊滅状態にはなっていない。勿論被害は少なくないが」

「里も焼かれていないんですか?」


 わたしは思わず問いかけていた。

 ハルピュグルの里は焼け落ちていたのに?


「襲撃者は爆炎魔法を使っていたそうだから、ハルピュグルのように焼け落ちていた可能性もあっただろう。しかし襲撃者は里を荒らして立ち向かった数人を殺害したが、途中で殺戮をやめて消えたと証言がある。まるで、飽きたかのようだったと」

「生存者はその襲撃者をはっきりと見ているんですか?」

「ああ」


 ラルの問いに、タパスさんは大きく頷く。

 そしてラルを真っ直ぐに見つめながら口を開いた。


「赤い髪、青い瞳。背中には翼があったそうだ」


 がつんと何かに殴られたかのような衝撃だった。くらくらと眩暈までしてくるほどに。

 赤い髪に青い瞳、背中に翼。それじゃまるで……。


「ラルはそんな事してません! ずっとわたしと居たし、そんな事をする人じゃ――」

「落ち着けアヤオ。俺もそれは分かっている」


 思わず叫んでいたわたしの声を、タパスさんは遮った。立ち上がりかけたわたしの腰にラルの腕が回ったと気付いたのは、座るようにラルに促されたからだった。


「アヤオ、ありがとう」

「だって……そんなのって……」

「ジェラルドが襲撃者だとは思っていない。しかし特徴が当てはまるのも確かだからな、確認しないわけにはいかなかった」

「確認……?」


 また頭に血が上りそうになる。

 分かってはいるのだ、確認しなければならないタパスさんの立場も。襲撃者と確認するわけではないという事。襲撃者ではない(・・)と確認する為だという事も。しかし気持ちが追い付かない。

 ラルは困ったように眉を下げたまま、わたしの腰を抱いているだけだった。


「二つの里の生存者に、ジェラルドの写真を見せた」

「いつの間に撮っていたんですか」


 ラルは苦笑いをするばかり。わたしは意識して深呼吸を繰り返した。


「それに関してはすまないと思っている。生存者は口を揃えて『この人ではない』と言ったよ。しかし『よく似ている』とも証言した」

「オレに似ている……まさか」

「思い当たる人物はいるか?」


 ラルが口を手で押さえ、震える息を漏らした。その眉間には深い皺が刻まれている。


「……オレには弟がいます。髪色も目の色も同じ、爆炎魔法の使い手でもあります。いや、まさか……そんな」


 そうだ、ラルは祖父母と両親、弟と暮らしていたと。

 祖父母の遺体は見つかったけれど、両親や弟は行方不明のままだ。その手掛かりを探しに里に行くつもりだったんだけど……一体どういう事なんだろう。

 先程までの沸騰するような衝動はすっかりと鳴りを潜め、わたしの胸には不安ばかりが渦巻いている。


「もし襲撃者がハルピュグルの者だとして、ハルピュグルの里を襲う理由が分からんのだ。お前の記憶の中に、その答えがあるのかもしれん」

「……なんとしても、記憶を戻さないといけないですね」


 ラルの瞳が色濃く翳る。

 決意を宿したようなその瞳には、同じくらいの悲しみがはっきりと映っていて。


 どうかラルの記憶が辛いものではありませんように。

 そう願うしかわたしには出来なかった。



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