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4.御用改めである

 王都の住宅街。

 ちょっと裕福な人が住んでいるんだろうなってくらいの、何の変哲もない邸宅だった。門の向こうに見える庭も美しく整えられているし、怪しげな門番もいない。


 近くの民家の陰に隠れて邸宅を伺うも、普通の家にしか見えない。

 本当にここがアジトなの? なんて思ってタパスさんを見ると、わたしの言いたい事が伝わったのかひとつ頷いた。


「ここで間違いない。さてお前達、準備はいいか」

「もちろんだぜ」


 ライノが真剣な顔で頷いた。それに続くように、わたし達も。


「よし。お前達が突入した後に、裏口から俺とアヤオが中に入る。全員捕まえろ」

「了解」

「では行くぞ」


 タパスさんの言葉を合図に、メイナードさんが走り出した。手に持っている大盾を前に構えて、固く閉ざされた門に体当たりをする。

 鈍い金属音にわたしが肩をすくませている間に、ひしゃげた門を駆け上るようにして三人は敷地内に突入していった。


「御用改めだ! 大人しくしろ!」


 生き生きとしたライノの声が響く。

 そういえばこないだ、本屋さんに新撰組の本が売られていたのを見たけれど、ライノもそれを読んだんだろうか。


「それでは俺達も行こうか」

「はい!」


 苦笑いをしているタパスさんと共に、わたしは裏口へと足を向けた。

静かな住宅街に響く怒号に、周囲から人が集まってきている。それを狙っての、あの『御用改め』なのか。……いや、ライノの事だからそれは違うな。ただ言いたかっただけだな。



 裏口からそっと中に入る。

 正面での騒動に人員を割いているのか、入った先の厨房には誰もいなかった。


 綺麗な場所だった。使っている形跡はない。この邸宅は生活する場所ではないという事なのだろう。


「こっちだ」

「はい」


 スン、と鼻をひくつかせたタパスさんが、厨房を出て廊下を進む。

 一階の奥にある部屋のドアノブを回すも、鍵が掛かっているようだった。奴隷となっている人達がここにいるのだろう。

 わたしは拳をぎゅっと握りしめた。ここからがわたしの出番なのだ。


 遠くでシャーリーさんの高笑いが聞こえる。それから建物自体が揺れる。だいぶ派手にやっているようで、緊張していたはずなのに何だか気が抜けていく。


 タパスさんが力任せにドアを開ける。蝶番の壊れる音と、歪んだドア。

 窓が全て塞がれているようで、薄暗い。わたしはマジックバッグ(空間収納)からひとつのガラス玉を出した。魔力を流すと発光したそれを、ぽんと軽く放り投げる。空中で制止したその魔導具は暗い部屋の光源となって、室内四隅まで照らし出した。


「ううっ……」


 眩しさからか、呻き声が聞こえる。

 そこに居たのは、身を寄せ合って怯える人達だった。皆痩せ細り、いたぶられたのか怪我をしている人もいる。首には奴隷の印である茨の紋様が浮かび上がっていた。


「俺は冒険者ギルドのサブマスター、タパスだ。救出に来た。アヤオ、回復を」

「はい」


 わたしは両手を、踞っている人達に向ける。大きく息を吸うと、清涼な風に包まれるのを自覚した。


「風が踊り風が舞う 数多の悲哀の果ての果て 癒しの道を展開せん 風癒発動(レクシエル)


 詠唱しているわたしの頬を、風の精霊が擽っていく。

 目が合うとくすりと笑った精霊は、部屋の中を舞い踊る。最後の文言を口にした時、室内には治癒の風が巻き起こった。


「……動く、体が」

「私達、助かったの……?」

「ままにあいたい……」


 衰弱していた人達の怪我を治すのはもちろん、体力も半分ほどは戻す事が出来た。それでもしっかり休まないと、元の生活には戻れないだろうけれど。

 それでも救出という言葉に安心しているのか、目には光が戻っている。小さな子達も多くいるこの場所に、胸が締め付けられるようだった。

 タパスさんはマジックバッグから簡易食料と水の入った皮袋を取り出して、人々に与えている。奪い合うこともなく、幼い子から優先的にそれを分け合う姿に、この人達はこの場所で支え合って生き永らえて来たのだと、そう思った。


「誰だてめーら!」


 聞こえた声にわたしが振り向くよりも早く、タパスさんが動いていた。部屋の異変に気付いたのか、正面の騒動から逃走してきたのか、男が二人。

 二人の向こうには、いつのまにかタパスさんの姿がある。片手に剣を持っているけれど、いつ抜いたのかも分からなかった。男二人は小さな呻きだけを残して、その場に崩れ落ちた。


「シャーリーのやつ、こっちに逃げてきたのを知っていて俺に始末させたな」


 男達が逃げた先にタパスさんの気配を感じ取ったシャーリーさんは、追い掛けずにタパスさんに任せたという事だろう。タパスさんは男達をぎゅうぎゅうに縛り付けている。


「他の部屋も行くぞ」

「はい」

「いま救援部隊が来るから、それまで待っていてくれ」

「分かりました。このご恩は忘れません」

「こんな記憶忘れた方がいいさ」


 場の中でも年長らしい男の人が、代表してタパスさんに返事をする。それを聞いたタパスさんが返した言葉を耳にして、わたしの胸がぐっと痛んだ。


 廊下に出たタパスさんはポーチから結界の魔導具を取り出した。先ほどの光源のようなガラス玉だ。

 それを床に落とすと光の障壁が出来上がる。これには認識コードがあるらしく、救援部隊の人は通れるが、それ以外の人は触れるだけで弾かれるものだとタパスさんがそっと教えてくれた。


 次の部屋へと向かうべく足を進めるも、ふと高笑いが聞こえない事に気付いた。それに走り回る足音が増えたような気がする。……国からの部隊が到着したようだった。



 最初の部屋とは別の二部屋に、奴隷となった人達は押し込まれていた。

 皆不安そうに、身を縮こまらせている。わたしは先程と同じように、回復魔法を使って彼らの傷を癒し、体力を戻していく。

 しかしわたしが出来るのはそこまでだ。この人達が負った心の傷までは癒せない。


 障壁は廊下の先からここに来る者を阻むだけで、部屋同士の行き来は自由にできる。一緒に捕らわれたのか再会を喜び合う人もいる。皆の表情は先程までよりも明るく、それに少し安堵したけれど、タパスさんの顔が険しくなるのを見てしまった。


「……タパスさん?」

「地下があるな」

「地下? そこにも?」

「……いや、これは……。アヤオ、お前はここに居ろ。絶対についてくるな」

「え、でも……回復が必要な人がいるなら――」

「腐臭がする」


 ついていこうと足を向けたわたしを止めた、短い言葉。

 腐臭って、それは……つまり。


 わたしの様子にタパスさんは眉を下げると、また頭をぽんと撫でた。


「見てくるだけだ。ここにいろ、いいな?」

「わかりました……」


 剣を手に部屋を去るタパスさんを、わたしは見送る事しか出来なかった。


「……おねえちゃん、はい」


 不意に掛けられた声に振り向くと、痩せた小さな女の子がわたしに水を差し出していた。

 わたしは身を屈めて女の子と視線を合わせる。頬が痩けて、髪もぼさぼさだ。この子はいつから、こんな場所に閉じ込められていたんだろう。


「おねえちゃんにも、おみず」

「ありがとう。でもわたしは大丈夫よ。……そうだ、髪をとかしてあげようか」


 その場に座り、自分の前の床をぽんぽんと叩く。

 大人しくその場に座った女の子の髪を、取り出した櫛でそっととかしていった。汚れて塊になってしまった髪を丁寧にとかしていく。ひとつに縛ってリボンで結んであげると、女の子の顔がぱっと明るくなった。


「ありがとう!」

「どういたしまして。さて、みんなやってあげるから、おいで」


 わたし達のやりとりを羨ましそうに見ていた子ども達が、我先にと集まってくる。

 女の子にはリボンで、男の子にはピンを使ってぼさぼさだった髪を整えていく。それだけしか出来ないが、子ども達の表情は明るくなって、お互いのリボンを触っては嬉しそうに笑っている。そんな子ども達の様子に、周囲で見守る人々も表情を和らげていた。


 不意に複数の足音がした。

 思わず身構えたわたしだが、部屋に入ってきたのは王国からの救援部隊だった。腕章には王国の紋章。手にはまるでタブレットのような魔導板を持っている。


「回復師のアヤオ殿だな。救援任務ご苦労であった。タパス殿は?」

「地下を見てくると言って……」


 そうわたしが説明しようとした時、タパスさんが戻ってきた。

 その腕に、幼い子どもを抱いて。


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