39.縛られているのは誰?
食べ終えたし、もうそろそろ帰ろうかな。
そんな事を思っていたら、シャーリーさんがわたし達にまたデザートを注文してくれた。奢ってくれるそうなので、有り難くそれを頂く事にする。
わたしとラルの前に置かれた、プリンアラモード。
カラメルが艶めくプリンの周りには、飾り切りされた果物が沢山並べられている。隙間を埋めるように生クリームが絞ってあって、とにかく可愛い。ガラスの器まで可愛い。
「いただきます。そういえばシャーリーさん、チャンルチャンルって食べました?」
「サブマスの故郷の味ってやつでしょ? あたしは食べてないけど、ナッドは食べたわよ」
スプーンでクリームを掬って食べる。うん、美味しい。
わたし達の話を聞いていたメイナードさんが、珍しく困ったように眉を下げる。
「あれは……好き嫌いが分かれる味だな」
「牛乳と生姜が……?」
「いや、それは案外悪くない。あの中に入っていた団子が、また独特の味でな」
「うぅん……やっぱり気になる。食べてみようかな」
「経験として食べてみるのもいいだろうな。タパス殿も、好みが分かれると言っていたし」
いつか食べよう、チャンルチャンル。
わたしがそう心に決めながらプリンを掬っていると、エールのジョッキを握ったままライノがテーブルに突っ伏した。
「アヤオが……俺のアヤオが、他の男に……」
酔っぱらってるのかな?
「ねぇライノ。オルガさんとはどうなの?」
「な、なななな!? お、オオオオルガ!?」
あのデルメルン大森林での任務以来、オルガさんとは会っていない。お互い苦手同士だから会わないに越した事はないのだけど。
わたし達が先に竜車に乗って、その後。二人に何かあったのか……なんて軽い気持ちで聞いただけなのに、この反応。何かあったな。
「歌劇を見に行ったのよね」
「おい! アヤオの前でそんな……!」
ジョッキを空にしたシャーリーさんが、悪戯に笑う。
ライノの動揺は凄まじく、空になったジョッキをテーブルの上でぐるぐると回し始めている。見かねたのかメイナードさんが、エールのおかわりを注文していた。
「デートじゃん」
「デートだねぇ」
幸せそうなオルガさんが思い浮かんで、わたしの口元に笑みが乗った。同じことを思ったのか、わたしとラルの声が揃う。それが可笑しくて、二人で目を合わせて肩を揺らした。
そんなわたし達に目を向ける余裕もなく、店員さんが持ってきてくれたジョッキを一気に呷ったライノは、首を横に振るばかり。
「そんなんじゃねぇよ。チケットが余ってるっていうし、一人で行かせるのもアレだと思っただけで……」
「オルガさん一人だと絡まれちゃうかもだしね」
そう、この男は無神経で騒がしいところばかり前面に出るけれど、優しいところもあるのだ。友人として嫌いになれないのはそれが理由だったりもする。
「別にそれだけで、オルガとは何もねぇし……」
そう言うとライノは小魚のフリッターを食べ始めた。飲み込んでいないのに次を口に入れるものだから、まるで頬袋が膨らんだリスみたいになっている。
「わたしに言われるのも微妙だろうけど……」
プリンを食べながら、わたしはゆっくりと言葉を紡いだ。
「わたしに好きって言って、それに一番縛られているのはライノなんじゃないかなって。好きと告げたからって、ずっと好きでいなくていいんだよ。わたしはライノの気持ちに応える事は出来ないんだから」
もぐもぐと口を動かしながら、ライノがわたしに目を向ける。あれだと口の中のものを飲み込むまで時間が掛かるだろうし、飲み込むまで話す事はできないだろう。
「応えられなくても、ライノには幸せになって欲しいんだ。わたしの大切なお友達だもの」
そう、この世界で出来た友人だ。
この賑やかさに救われた事だって、何度もある。
時間を掛けて全てを飲み込んだライノは、小さな声で「おう」とだけ返事をした。
「あたしもお友達よね?」
感傷的な雰囲気を吹き飛ばすように、シャーリーさんがわたしの肩に腕を回す。その勢いでスプーンがわたしの唇にあたって、ちょっと痛い。
「もちろん。シャーリーさんもメイナードさんもお友達」
「ふふ、可愛い事言うんだから。そうよ、ちょっとアヤオに聞こうと思っていた事があって。その髪ってどこで染めてるの?」
少し酔っているのか、シャーリーさんの頬が赤く染まっている。なんともけしからん色気が漂っている。
「おすすめの美容室があるの。わたしは元の世界でもこうやって染めていたんだよ」
地毛の黒髪に、インナーカラーで緑を入れている。ずっとこれがお気に入りで、もうしばらく変える予定はない。
「可愛いなって思ってたのよ。あたしにも似合うと思う?」
「シャーリーさんの金髪はそのままでも綺麗だけどね。毛先の色を変えても可愛いんじゃないかな」
こうして色々お話するのは楽しい。
ふと正面のラルに目を向けると、いつの間に移動したのかメイナードさんがラルの隣に座っている。ライノも変わらずラルの隣で、ラルは二人に挟まれる状態になっていた。
「ジェラルドには男同士でしか話せねぇ事を教えてやるからな」
「ライノ、もう少し声を落とせ。聞こえる」
……あの二人はラルに何を教え込むつもりだろうか。
「しかしジェラルド。言っておくが、別に俺はお前を認めたわけじゃねぇからな? ただアヤオが惚れた男っつーんなら、まぁ、仲良くしてやってもいいってだけだかんな」
「それは認めてると言わないか」
「うっせーな、メイナード。認めてねぇんだっつーの」
「はは、ありがとう。ライノさん」
ラルが楽しそうにしているからいいか。何を教えようとしているのかは、声を潜められて聞くことは出来なくなってしまったけれど。
スプーンで掬った生クリームが甘い。
カラメルの苦味やフルーツの酸味と混ざり合って、もっともっと美味しくなる。
この時間を楽しみながら、わたしはシャーリーさんと美容室やネイルサロン、それからやっぱり恋話に花を咲かせていた。
気付けばすっかりと日が暮れていて、このまま五人での夕飯に突入したのも仕方がない事だったのかもしれない。