32.依頼達成
王都が見えてくる。
尖塔が特徴的な城を中心にして円を描く、独特の作り。王城の周りには高い壁が聳え立っていて、招かれざる者の侵入を拒んでいる。
城を第一層として、周りを囲っている第二層は役所や図書館などの公共施設。わたしが転移してきた神殿もここにある。
そしてまたそれを囲うように第三層、貴族や富裕層の暮らす場所。高級店もこの層にあるけれど、わたしには縁のない場所だった。
更に外側を囲っているのは第四層、平民達の居住区だ。市場や冒険者ギルドもここに存在している。わたしが通っていたアカデミーもこの層だ。
更に第五層。それは城壁で、騎士団や魔導師団の支部施設がある。軍事拠点というやつだろう。
遠く高い場所から見ているのに、とてつもなく大きな街だ。
半年程はこの街に住んでいたのに、未だに慣れない。
『少し離れた場所に降りるよ』
「うん」
ラルはそう言うと王都から離れた森へ進路を取った。水平だった体が垂直になって、わたしはしがみつくように羽に掴まった。
勢い良く森へ突っ込んで、地平すれすれの位置でぐんとまた頭が上がる。そして、そっと着地した。風で舞い上がった枯葉が落ち着くのを待って、わたしはふぅと息をついた。
身を屈めてくれたラルの気遣いに感謝しながら、わたしは地面に足を下ろした。すこしふらつくのはずっと飛んでいたからかもしれない。
魔力が高まっていくのを感じて、そちらを見る。また光の奔流に包まれたラルはあっという間に人の姿に変わっていた。
「空の旅はどうだった?」
「すっごく素敵! 四日はかかると思っていたのに、その日に着いちゃうなんて思ってもみなかった」
「酔わなかった?」
「それも大丈夫。ありがとね」
「オレがしたかっただけだから。さて、行こうか」
ラルはどこまでも優しい。
そんな事を思っていたから、差し出された手を気付けば取ってしまっていた。
わたしよりも大きくて、力強い温もり。確かめるようにぎゅっと握ると、同じように握り返してくれた。
改めて見ても王都は本当に大きい。王城に近付くにつれて段が上がっていくような造りは、まるでケーキのようだと思ってしまう。
第五層の入管施設で【命波】を確認されたわたし達は、ギルドからの文書を持っていた事もあって難なく街に入る事が出来た。兵士さんがラルの【命波】を見て目を丸くしていたのは……やっぱり種族名のせいだろうな。
不可侵条約を結んでいるハルピュグルだけれど、ラルはまた特別なケースだと、レグルスさんが王都の管理院と連携を取ってくれている。ラルが王都を訪れる事も話がいっているはずだし、ギルドからの文書にも書いてあるはずだ。
少し畏怖したような兵士さんに見送られて街に入る事になったのは、まぁ仕方のない事だと思う。
わたしは内心ドキドキしていたのだけど、ラルは全く気にしていないようで平然としていた。本当にメンタルが強いよね。
案内板に導かれるまま、第四層を進む。
アカデミーに通っている間にここの冒険者ギルドに来ていた事もあるから、迷う事もない。ラルは興味深げに周囲に視線を巡らせていた。
辿り着いたのはペルレアルのギルドよりも大きな建物。灰色煉瓦で出来ている武骨な造りだけど、なんとなく格好良く思える。
黒アイアンのフレームに、ダークブラウンの木板で出来た看板が、風に揺れていた。
中に入ると、ホールは冒険者達で賑わっている。喧騒も聞こえるけれど、血の気の多い冒険者の間では日常茶飯事だろう。たぶんペルレアルのギルドが平和なんだと思う。
内装は全て、外看板と同じダークブラウンとアイアンで揃えられていて、うん、やっぱり格好いいな。
わたしとラルは幾つかある受付カウンターのうち、空いているひとつに向かった。
職員で揃いのスーツにも似た制服を着ていて、それがよく似合っている綺麗なお姉さんだった。
「いらっしゃいませ。ご用件は?」
「ペルレアルのギルドから来ました。アヤオ・ユキシロです」
「承っております。当ギルドのマスターへ、お届けものですね?」
おお、さすがタパスさん。しっかりと連絡をしてくれていたらしい。
腰に下げていた収納ポーチから、両手で抱えるくらいの包みを取り出す。随分と重いんだけど、中身はどうやらお酒らしい。
それをカウンターに置くと、お姉さんが手を翳す。一瞬だけきらりと光ったと思うと、次の瞬間にはにっこりと微笑みをくれていた。
「はい、確かに確認致しました。依頼達成の報酬はペルレアル冒険者ギルドにて行って下さい」
「分かりました」
よし、これで依頼も終了。四日以上かかると思っていたのに、まさか半日で終わってしまうなんて。これも全部ラルのおかげだな。
そんな事を思いながら受付のお姉さんに会釈をする。振り返るとラルは端の壁に凭れ掛かっていた。わたしと目が合うと笑ってくれて、鼓動が跳ねたのは……気のせいではないと思う。格好いいもんね、うん。
そう、文句なしにラルは格好いいのだ。
このギルドに集まってきている冒険者、依頼者の視線を集めているのも当然だろうと思うくらいに。
頬を赤らめながら見つめる人も居れば、声を掛けるタイミングを伺っているのだろうと分かる人もいる。
「お疲れさま」
「わたしは何もしていないというか、疲れたのはラルの方でしょ。お疲れさまでした」
ラルがわたしに近付いて、言葉を交わすと周囲の雰囲気が少し変わった。小さな声だけどわたしがラルと一緒に居る事に対して、何か言っているのがわかる。地味だとか、平坦だとか。何であんな子が……なんてのも聞こえてくるぞ。
どこの世界でもこういう事は変わらない。面と向かって言われたものではないから、聞こえない振りをするに限る。そういえばわたしを嫌っているけれど、オルガさんは陰口みたいな事は一切言わないな。まさかこんな遠く離れた王都で、あの人の事を見直すとは思わなかったけれど。
「行こうか、アヤオ」
「……え? うん」
ぼんやりと考え事をしていたからか、ラルの声掛けには反応が遅れてしまった。誤魔化すように笑って見せると、大袈裟な程に溜息をつかれてしまう。
そして、ラルはわたしの耳を両手で塞いだ。
「聞かなくていいんだ、あんな言葉。オレの言葉だけを耳にしていて」
身を屈めたラルが、わたしと目線を合わせる。その視線も、声も、表情も蕩けるくらいに甘やかで、わたしの顔は一気に熱を持ってしまう。
塞がれた耳に届くのはラルの声だけで、こんなにも人がいるにも関わらず、まるで二人きりになったかのような錯覚さえする。
羞恥に耐えかねたわたしが何度も大きく頷くと、満足そうに笑ったラルに肩を抱かれてしまった。
ちらりと周囲を伺えば、先程まで何やらひそめき合っていた人達は顔を赤くして黙り込んでいるようだった。ラルの色気にあてられたんだよね、わかるよ……。
肩を抱く力強い腕を離す事も出来ず、わたしは足元に視線を逃がしながらギルドの建物を後にした。
夕暮れまでもう少し。石畳に伸びた影も寄り添っている。表情のないその影は、まるで想い合う恋人同士のようにも見えて、わたしの鼓動はおかしくなるばかりだった。




