28.里に何があったのか
次の日も採取。
もう冬籠もり需要が高まっているらしくて、薬草も染色素材も高値で買い取って貰える時期だ。雪が積もるとわたしのような採取専門は仕事にならなくなってしまうし、今のうちに稼いでおきたいところ。
ラルもそれを理解してくれていて、わたし以上に薬草も毒草も素材も採取してくれる。相変わらずの過保護を発揮して、毒草は触らせて貰えなくなったけれど。
今日もたんまりと薬草類を採取して、お喋りをしながらギルドに帰る。ずっと一緒に居るのに話題が尽きないのが不思議なくらい。
日が沈んでもまだ青が残る空と、綺麗に染まった茜雲。色合いがまるでラルみたいだねって、そう言ったらラルは目を瞬いて、それから照れたように笑っていた。
ギルドに戻って、いつものようにキリアさんに買い取りをお願いする。帰ってご飯支度をしなくちゃ。今日は何を食べようかな、なんて考えていた時だった。
奥から現れたタパスさんがわたしとラルに向かって手招きをしている。わたしとラルは顔を見合わせてから、促されるままに応接室に向かった。
応接室のソファーには先客がいた。
管理院のレグルスさんだ。手には魔導板を持っているけれど、やっぱりそれはタブレットにしか見えないな。
「お疲れのところ悪いが、【命波】の情報登録をさせて貰いたくてね」
勧められたソファーにラルと並んで座る。タパスさんはレグルスさんの隣に腰を下ろした。
わざわざレグルスさんがギルドにまで足を運んでくれる……わたしが思っていた以上にハルピュグルという亜人種は国にとって見過ごす事の出来ないものなんだろう。
「すみません、来て頂いて」
「大した事ではないよ」
ラルに返事をしながら、レグルスさんが魔導板を操作する。
その画面には『ジェラルド』と名前しか記入されていない。前回に登録したそのままだ。
「家名は思い出したかい?」
「はい。……フォン・ルプス。ジェラルド・アストルム・フォン・ルプスです」
長くて格好いい名前。家名も長いけどミドルネームまであるのか。
レグルスさんは何度か頷いて、それを記入していく。名前だけだった画面には、ラルの名前とハルピュグルという種族名が増えていた。
「間違いがないか確認してくれ。間違いがなければ、ここに右手を」
画面に視線を向けたラルが、小さく頷いてから魔導板に手を載せる。光が弾んで右手を包む。その踊るような光達が何だか可愛らしくて、わたしは好きだったりする。
「……うむ、これで情報は追加された。しかし……あの子どもがすっかり青年ではないか」
「あの時は幼体でしたから」
「奴隷紋に阻害されていた影響か?」
「そうだと思います。アヤオに外して貰って次の日の朝には、この姿に戻れたので」
子どもの姿のラルしか見ていなかったレグルスさんは、ラルの姿に苦笑いだ。まぁびっくりするのは間違いないよね。面影はあるけれど、すっかり大人の姿だもの。
「さて、【命波】の件も重要なのだが……呼んだのにはまだ理由がある。その為にレグルス殿にもご足労頂いたのだが」
話が落ち着くのを待っていたように、タパスさんが口を開いた。
その表情は険しく、なにか良くない事があったのだろうと思えるくらいだ。
陽の落ちて暗くなった部屋で、タパスさんが指を振る。呼応するように天井に埋め込まれている灯りの魔導具が光源となり、タパスさんの狼耳にあるリングピアスが煌めいた。
「管理院でもハルピュグルの里の事は把握していた。不可侵を結んでいるが、その場所は管理院の地図に記載されている。もちろん門外秘ではあるがな。そして三ヶ月程前に、その里がある森で火災があった事も知っていた」
レグルスさんの言葉に、ラルが体を強張らせる。
部屋を満たす緊張感。知らず内にわたしも息を詰めていて、ゆっくりと意識して呼吸をした。
「ハルピュグルの里がある森。本来ならば近付く事も出来ない地だが、森林火災となると話は別だ。水魔法に長けた魔導師、それから騎士で編成された消火隊が陛下からの親書を携えて森へ向かった。
里を侵すつもりはないという事。消火を終えたらすぐに帰還するという事。もし被害が出ていて救援が必要ならば、遠慮せずに申し出て欲しい事。親書にはそう言った事が書かれていた」
そうか、いきなり王国からの一隊が向かったら警戒されてしまうものね。だから国王陛下の親書が必要だったのか。
わたしが内心で納得していると、不意に手が取られた。わたしの膝の上で揃えていたはずの右手は、ラルの左手に捕らえられている。そしてラルの膝の上に。
ちらりとその横顔を覗き見るけれど、ラルはこちらを見てはいなかった。ただ縋るようにわたしの手を握っている。だからわたしも、声を掛ける事はしなかった。いつもよりも冷たい指先を握り返しただけ。
「森林火災を鎮めた消火隊はハルピュグルの里に向かった。しかしそこには誰もいなかったそうだ」
「……誰も?」
ラルの声が低い。
レグルスさんも言葉を選んでいるような感じがある。言い辛そうに視線を手元の魔導板に逃がし、それからまたラルに視線を戻す。その瞳には憐れむようなそんな色があった。
「里は焼け落ちていた。消火隊が見つける事が出来たのは……七体の遺体だけだった」
ラルが息を飲む音がした。
血の気の引いた顔色、驚愕に見開かれた青藍の瞳。
震える唇から、言葉は紡ぎ出されない。繋ぐ手に力が籠る、痛いくらいに。
誰も口を開けなかった。静寂が部屋を支配する。重苦しい沈黙はまるで水の中のよう。
だんだんと冷えていく体は、夜のせいなのか分からなかった。