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2.武器は魔法のアサルトライフル

「よっし……こんなものかな」


 立ち上がったわたしは大きく伸びをした。ずっと身を屈めていたから背中がばきばき鳴っている。心地よい疲労感に満たされながら、わたしは刈り取った草花を腰に下げたポーチ型のマジックバッグ(空間収納)にしまっていく。


 こういうのを見ると、本当に異世界、それもファンタジーの世界なんだなぁって改めて実感してしまう。収納できるスペースによって、このマジックバッグの価格もピンきりだった。わたしが使っているのは、そこまで大きいものではないからお手頃価格。

 魔獣討伐に行く冒険者はもっと大きなマジックバッグを使っている事が多い。魔獣の素材を回収してくる為だ。


 遠くで四つの鐘がなる。

 空を見上げればそろそろ夕方にさしかかる頃だった。そろそろ帰らなければ、街に向かっている最中に暗くなってしまうかもしれない。

 平原から森まで来てしまっている事だし、帰るのには一時間ほど。いやほんとに体力ついたな、わたし。


 それにしてもお腹が空いた。おやつも食べないで、夢中で採取してしまった。

 街に戻ったらまずギルドに依頼品を渡して、それから買い物に行って……今日は何を食べようかな。流れる雲にオムライスを思い浮かべながら、くぅくぅ鳴るお腹を宥めるようにそっと撫でた。


 穏やかな夕暮れ空の下、不釣り合いな唸り声が聞こえた。反射的に短剣を抜いて身構える。

 木の陰から現れたのはムーレスと呼ばれる魔獣だった。昔、動物園で見たカピバラをもう一回り大きくして、狂暴そうにした感じ。当然可愛らしくはない。爪も牙もこれ以上ない程に鋭く尖っている。


「……臨戦態勢じゃん」


 わたしの呟きを合図としたようにムーレスが飛びかかってくる。

 そうだよね、ムーレスって肉食獣だもんね……。


 わたしは短剣を腰に戻すと左手を前に、右手を胸の前に寄せた。うすぼんやりした輪郭で現れるのは――濃緑のアサルトライフル。ずっしりとした重みに安心感さえ覚える程、この武器はわたしの手に馴染んでいた。


 ショートスコープを覗いて狙いをつける。トリガーを引くと、銃口から風弾(かざだま)が発射される。聞きなれた軽い発砲音と共に、弾丸はムーレスの眉間を貫いた。

 声もなくムーレスはその場に崩れ落ちる。わたしはアサルトを胸に引き寄せながら、他の魔獣がいないか周囲を探った。……いなさそう。


 いまのは一応(・・)魔法である。

 転移してすぐに魔力検査を受けたところ、わたしには風属性を使える魔力がある事が分かった。魔法を使える人は異界人の中でも半々で、わたしは使える方の半分だったらしい。

 王国のバックアップの一環で、異界人の為のアカデミーに通わせて貰った。そこで魔法や剣技など、身を守る為の術を習ったのだ。


 本来魔法というものは、精霊の力を借りる為に詠唱が必要なのだという。詠唱して現れた風の刃を上手く扱えないでいたわたしに、アカデミーの先生は優しく教えてくれた。


『魔法とは想像力だ。自分の体にある魔力でイメージを膨らませれば、どんな形にも自由自在だよ』と。


 そこで試しに銃を撃つようにしてみたら、見事に風を圧縮した弾丸で攻撃が出来たとそういうわけだ。お父さんのサバゲーに着いていった経験が活きた。手入れやカスタムをしている手元を見ていて良かったと、本当に思う。

 弓にも出来るんだけど、射ったことがないから狙いがうまく定まらない。頑張ったら他にも魔法を使えるようになるんだけど、とりあえずこの風弾があれば身を守るのには困らない。


 わたしはムーレスの亡骸もマジックバッグに突っ込むと、沈み始めた太陽の下を駆け出した。夜は魔獣の活動が活発になる時間でもある。この平原と繋がる森は比較的安全だけど、それでもやはり警戒するに越したことはない。


 お腹も空いたし、早く帰ろう。

 そう思っていたわたしだけど、一時間ずっと走り続けるのはしんどくて、途中から歩く事になってしまった。うん、お星さま綺麗。



 ギルドに帰ってきた時には、もうすぐ六の鐘が鳴る頃だった。

 併設されている酒場では、冒険者達が賑やかに騒いでいる。お肉を焼くようないい匂いも漂っていて、わたしのお腹が限界を訴えて大きく鳴いた。


「ただいまー」

「お帰り、アヤオ。遅かったから心配していたのよ」


 受付カウンターにいるキリアさんが、安心したように笑みを浮かべる。その優しさが嬉しくて、わたしも笑った。


「森まで行ったら、ちょっと遅くなっちゃった。でもいっぱい採れたよ」

「もう、あんまり無理しちゃダメよ」

「はぁい」


 身を案じる言葉。

 この世界で拠り所もないわたしには、それがひどく嬉しくて。込み上げてくるものを押し隠すようにまた笑った。


 キリアさんがカウンターの跳ね扉を開けて、ホールに出てきてくれる。受付横の大きなテーブルは依頼品を見てもらう為の場所だ。魔獣をたくさん討伐した時とかは、また別の場所を案内されるのだけど、基本的に薬草採取が多いわたしはいつもこのテーブルを使っていた。


「薬草と、毒草。それから染色用の草花と……じゃじゃん、ムーレス!」

「あら、魔獣も?」

「帰る時に遭っちゃったの。これも買い取りしてくれる?」

「もちろん。傷みもないから高く査定してあげる」

「やったー!」


 マジックバッグから取り出したわたしの戦利品を、キリアさんは丁寧に見てくれる。手元の書類にペンを走らせてから大きくひとつ頷いた。


「お願いした通り、染色系を多く採ってきてくれたのね。ありがとう。これで在庫もなんとかなりそうだわ」

「これがわたしの仕事ですから」

「ふふ、本当に頼りにしているのよ。こうして採取をしてくれる冒険者は少ないの。駆け出しの人が持ってくるものは、やっぱり状態も良くなかったりするしね。アヤオのおかげで生活が支えられているわ」

「それは言い過ぎだけど。ありがとう、キリアさん」

「清算はどうする? 持っていく?」

「ううん、貯めておいて」

「了解」


 わたしはキリアさんにドッグタグを渡す。

 なんとギルドは冒険者専門の銀行のようなものでもあって、報酬金を管理してくれるのだ。治安が悪くないとはいえ、現金を持ち歩くのはやっぱり不安なわたしにとって、ギルドで預かってもらえるのは本当にありがたい。


 この一年間で、わたしの貯蓄はそこそこ貯まってきている。いつ何があるか分からないから、お金を貯めておくに越したことはない。いつか郊外に家を買って、そこで悠々自適な生活を送るのがわたしの夢だったりする。

 与えられたものではなく、自分で手にいれた揺るぎないものがほしいのだ。


 キリアさんがわたしのドッグタグを機械に翳して、何やら操作をしている。ドッグタグには本人を認識する何か(・・)があるらしくて、もし落としたとしてもわたし以外は使えない。何かが何なのかは企業秘密らしいけれど。

 ちなみに元々は『認識票』と言われていたらしい。昔に転移してきたある国の軍人さんが『ドッグタグ』と呼んだことで、その名前が広がったとか。


 わたしは色んな事をぼんやり考えながら、ホールの端っこにあるソファーに座っていた。今から作るのもしんどいし、今日はもうお弁当買って帰ろ……。がっつりお肉が食べたいな、なんて思っていたらイイネと言わんばかりにお腹が鳴った。


「お待たせ、アヤオ」

「はーい」


 キリアさんが受付カウンターから手招きをする。わたしは足取りも軽く駆け寄った。

 返して貰ったドッグタグを首から掛けると、キリアさんが一枚の紙を差し出してくる。それを受け取ったわたしは、ひとつ頷いた。


「ギルドからの任務よ。回復師として、参加してほしいの」


 回復師。

 それはわたしのもう一つのお仕事だった。


 風属性は癒しも司る。

 アカデミーで治癒魔法も習ったわたしは、時々こうして回復師として依頼を受けていた。


「了解。じゃあ明日また」

「お願いね」


 紙には集合日時とギルドマスターの署名しかない。詳細は明日、集まってから聞かされるのだ。


 わたしはその紙をキリアさんに返すと、手を振ってギルドを後にした。

 そして全力で市場まで走る。すれ違う人が不思議そうにしているから、だいぶ目立っているかもしれないけれど仕方がない。

 早くご飯を食べないと、もう本当に無理だから!




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