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18.金花に青石

 食事を終えたわたしも、温かなお茶を飲む。チャイにも似たミルクティーで、スパイスのおかげでお腹からぽかぽかと温まってくるようだ。


「雨やまないね。もう帰りたいんだけどな」

「なんでだよ。もう少しゆっくりしていけばいいだろ」


 何杯目かも分からないジョッキを空にしながら、ライノが言葉をかけてくる。その顔は薄く朱に染まっているけれど、たいして酔ってはいないようだ。

 反対にシャーリーさんは既に酔い潰れ、テーブルに突っ伏している。メイナードさんがその肩に優しく上着を掛けてあげていた。


「騒がしいんだもん。家に帰ってのんびりしたい。お昼寝もしたいし、おやつも作りたいし」

「今日は何作る?」

「何にしよう……ラルは何が食べたい?」

「オレがクリームを泡立てるから、クレープが食べたいな」

「じゃあそうしようか」


 やった、とラルが嬉しそうに顔を綻ばせる。つられるようにわたしも笑うと、向かい合うライノが低く唸った。


「俺がいながら……」

「仲が良いな」


 ライノの言葉を遮ったのはメイナードさんだった。穏やかな青い瞳が細められている。

 わたしはカップを両手で包み込むと、それで暖を取りながら頷いた。


「いい意味で気を遣わなくていいんですよね。その分、ラルが気を遣ってくれてるんだろうけど」

「オレは何もしていないよ」

「うぅ……イチャイチャしやがって。おいジェラルド、俺と勝負をしろ!」


 突っ込みどころが沢山ある発言と共に、ライノが勢いよく立ち上がった。その騒がしさで起きてしまったのか、シャーリーさんが目を擦りながら体を起こす。


「ライノ、冒険者同士の決闘はご法度だぞ」

「決闘じゃなきゃいいんだろ。足の早さを競うとか、力比べをするとか……」

「小学生か」


 提案される勝負の内容に、思わず口を挟んでしまう。勝負というわりに平和的というか、性格の良さが滲み出ている。

 悪い人ではないのだ、騒がしいだけで。好きか嫌いかといわれると、嫌いではないし好ましくは思っている。それが恋愛感情ではないだけで。ときめかないんだ。


「アヤオを賭けての勝負? いいわね~」


 眠って酔いも醒めてきたのか、シャーリーさんの顔色も戻ってきている。こういう話に食い付くのも、楽しそうなのも、酔っていようが素面だろうが変わらないけれど。


「やだよ、賞品扱いされるなんて」

「私の為に争わないで! って言わないの?」

「シャーリーさん、いつもどんな本読んでるの」

「ドロッドロの愛憎劇」

「うわぁ……」

「今度貸すわよ?」

「結構です」


 面白いのにぃ、と肩を揺らすシャーリーさん。愛憎劇どころか、なんか尖りに尖った性癖特化のイメージがあるからちょっと怖い。

 そんな事を思っていると、お客さんが減ってきている事に気付いた。さっきまでは満席に近くて賑やかだったのに、少しずつ喧騒が引いてきている。窓から外に目をやると雨足が弱くなっているようだった。雲の隙間から、光が細い線で落ちてきている。


「力勝負もいいけど……ライノとジェラルド君、どっちがアヤオを喜ばせるかにしたらどうかしら?」

「喜ばせる?」

「そう、色んな(・・・)意味で」


 色気全開で囁くシャーリーさんが、なんか意味深で怖いんだけど。


「俺はいいぜ。なんせ俺はアヤオの事なら何でも知ってるからな!」

「え、気持ち悪い」


 自信ありげに胸を拳で叩くライノだけど、思わず漏れ出たわたしの本音に崩れ落ちてしまった。言葉を選べなかったのは悪かったけれど、何でも知ってるとか無いわぁ。


「その勝負だってラルの勝ちに決まってるでしょ。さて、雨も止んだようだしそろそろ帰ろうか」

「うん」


 だってラルはいつだってわたしの事を大事にして、考えてくれているもの。喜ばせるなんていつもしてくれている事だから。


「あらあら」

「ライノ、諦めろ」

「負けねぇ……!」


 ライノはテーブルに顔を伏せながら呻いているし、シャーリーさんとメイナードさんはそんなライノに呆れ顔だ。手を振って見送ってくれる二人に、わたしも手を振り返すとラルと一緒に外へと出た。

 雨上がりの匂いがする。石畳に出来た水溜まりが、空を映して綺麗な青。

 そういえば元の世界では、雨の時はアスファルトの匂いがしたな。そんな事を思い出して、胸の奥が少し痛んだ。


「アヤオ?」

「あ、ごめん。露店も戻ってるね」


 足を止めていたわたしに、ラルが心配そうに声を掛けてくる。何でもないとばかりに笑って見せると、ラルも表情を和らげた。


「見て行く?」

「うん、そっちから回っていこうか」


 雨宿りをしていた露店の人達も、また商品を並べ始めている。顔馴染みの屋台の店主も、椅子を並べたりと忙しそうだ。相変わらず今のメインはティラミスらしい。


 人通りも増えてきた道をのんびり歩いていると、不意に声を掛けられた。


「アヤオちゃん」


 声の主は口元を薄布で隠した、綺麗なお姉さん。昔見たプリンセスアニメのヒロインのようなアラビア調の衣装がとても良く似合っている。


「アーティカさん、お久し振りです。来ていたんですね」

「昨日着いたところなの」


 このお姉さんは、この国よりももっと西にある砂漠の国の商人さんだ。織物やアクセサリーをメインに取り扱っていて、時々この街にも立ち寄っている。何度かこのお店で買い物をしているうちに、仲良くなったのだ。


「新作のアクセサリーなんていかが?」


 言われるままに並べられた商品に目を向ける。細工が繊細な金銀で出来た指輪や腕輪。何重もの金鎖と宝石で作られたネックレス。


「彼氏におねだりしちゃいなさいな」

「ふふ、彼氏じゃないんですよ」


 わたしと同じように商品を眺めていたラルが、アーティカさんの言葉に驚いたように目を瞬いた。それも一瞬の事で、笑みを浮かべたラルは一組のピアスを手に取った。


「彼氏じゃないけど、アヤオに買ってあげたいな」

「いやいや、そういうわけには……」

「アヤオと同じものをつけたいんだ」


 優しい声。

 穏やかな青藍の瞳が、晴れ間の光を受けて輝いている。


「……ラルとお揃い?」

「うん、嫌じゃなかったら。といってもオレは一つしか穴が開いていないから、片方だけになっちゃうけど……。いや、いっそこっちにも開けようか」


 ラルは左耳に触れながらそんな事を口にする。ピアスホールが開いていたなんて気付かなかったな。


「じゃあ、一つずつつけよう。わたしも片耳につけるから」


 わたしは左耳に一つ、右耳に二つのピアスホールがある。

 一組のピアスを分けあってつけるなんて、何だか素敵だと思った。ラルの手元にあるのは、透かし彫りの金花に雫形の青石が下がっているものだった。タンザナイトかな。


「そのピアス、凄く綺麗」

「良かった。これがアヤオに似合うと思ったんだ」


 わたしの耳元にピアスを揺らして、ラルが嬉しそうに笑った。その眼差しがどこまでも優しくて、鼓動が跳ねる。胸の奥を鷲掴みにされるような感覚に、吐息が漏れた。


「お姉さん、これ下さい」

「はぁい。それにしても二人は本当に恋人じゃないの? すっかりいい雰囲気だけど」


 会計をして包みながら、アーティカさんが揶揄(からか)い口調で笑う。


「残念ながら。ありがとう、お姉さん」

「毎度あり。また来てね」


 商人のお姉さんに手を振って、わたし達は歩き始めた。

 ……言葉を返せなかった。


 胸の奥に感じる、不思議な感覚に戸惑っていたからかもしれない。わたしの様子に気付いていながら、ラルは何も言わなかった。

 ただ、手を繋いでくれただけ。そのまま二人で、雨上がりの道を帰った。


 見上げた空には、大きな虹がかかっていた。



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