17.騒がしいお昼ご飯
三日働いたら一日休む。時々二日休む。
気分が乗っていたら四日働く。雨だったら仕事にならないから休むしかない。
わたしは今までそんな働き方をしていた。
日付があっても曜日がないこの世界では、日本で過ごしていた時のような平日休日の概念はない。
ちなみにこの世界の一年は三六〇日間だ。一ヶ月は三〇日で、それを一二ヶ月繰り返して新年となる。新年のお祝いの時には王族の方々が城下町を馬車で練り歩くお祭りがあるらしい。冒険者になると決めて王都を離れたわたしは、まだそれを見た事がないのだけれど。
ラルもわたしの今までのやり方でいいと言ってくれたので、そこは甘える事にした。お互いの体調が悪い時には無理をしないという事を約束して。
採取はラザフ平原だけでなく、反対方向のリエスポリ平原だったり、もう少し遠くのデルメルン大森林まで足を伸ばしてこなしている。
デルメルン大森林の奥地には強大な魔物が封印されている神殿があるとかで、魔獣も半端なく強い。だからわたしが行くのは本当に森の入口付近だけだ。ラルが一緒になっても、それは守っていた。
そんな生活を続けてもう三週間。
ラルと初めて会ってから一ヶ月以上が経った事になる。
子どもじゃなくて大人だった驚きも、穏やかなラルの気質のおかげかすぐに消えて、二人での生活を楽しめるだけの余裕は出てきたんじゃないだろうか。
いや、それでも恥ずかしい時とかはあるけどね? 子どもの姿だった時に既にすっぴんだって晒しているし、わたしがだらける姿も見慣れていたラルは何も気にしていないようだった。それはそれでどうかとも思わなくもないけれど……。
「おいアヤオ、聞いてんのか!」
ぼーっとしていたわたしの思考は、大声によって現実へと引き戻された。うん、現実逃避をしていたのか、わたし。
「大丈夫?」
ラルも心配そうにわたしの顔を覗き込んでいる。
「大丈夫だよ。ごめんね、ちょっと考え事してた」
そう告げると安心したようにラルの瞳が柔らかくなる。
「おい、俺の話を聞けって!」
「うるさいなぁ。そんな大きな声出さなくても聞こえてるよ」
わたしはライノを一睨みすると、手にしたフォークに刺さったままだった鶏肉を口へと運んだ。
ここはギルドに隣接されている酒場だ。
いつものようにラザフ平原で採取をしていたんだけど、『雨が降る』というラルの言葉を信じて早めに帰り支度をしたのだ。お昼前にギルドに戻って、それを待っていたかのように雨がぱらりと降ってきた。今は大雨。激しく打ちつける雨のせいで、道が白く煙って見えるほどに。
雨宿りを兼ねて、この酒場でお昼ご飯にしていたら……『クオーツ』のメンバーも現れて、なぜか同じテーブルを囲む事になってしまったのである。
「だからその男は誰なんだって」
ライノはずっとこの調子だ。
シャーリーさんはにやにやしているし、メイナードさんは黙々と昼食を食べている。
「保護した子だよ。名前はジェラルド」
「いや、だって子どもだったじゃねぇか。成長期にしたって程があるだろ……」
「大人だったの。あの茨があって、戻れなかっただけで」
わたしは声を潜めながら、自分の首をとんとんと指で示して見せた。満席に近くて賑やかな酒場で、わたし達の話に耳を傾けている人はいないだろうけれど。それでも奴隷紋と口にするのはしたくなかった。
「おねショタじゃなかったのね」
昼間にも関わらずお酒の入った木製ジョッキを持ちながら、シャーリーさんが笑う。
ほんとにいい加減にして欲しい。本屋さんにおねショタおねロリ本が並んでいるのがいけないんだ。
「違うってば」
「二人で一緒に仕事しているの?」
「そう、採取ばかりだけどね」
ラルは無言でランチプレートを食べている。わたしも同じもので、今日の鶏肉のトマト煮込みは最高に美味しい。付け合わせのポテトフライもカリカリなのにホクホクで、これは家でも作りたいな。
それにしてもラルの機嫌が悪いような気がする。知らない人ばかりだからかな?
「俺というものがありながら、他の男と一緒にだと……!」
拳でテーブルを叩くライノの頭に、メイナードさんが拳骨を落とす。「うるさい」という低音に、ライノは涙目になりながらジョッキを一気に煽った。
「保護して一緒に暮らしていたわよね? もしかして、今も?」
「そうだよ。ラルは家事も出来るし気遣い出来るし、もう本当に助かっちゃってる」
あらあら、とシャーリーさんの笑みが深くなる。絶対に楽しんでるな。
「な、なっ、……なんて羨まし、……いや、けしからん話だ」
ライノが声を震わせている。羨ましいって何だ。
「未婚の男女が一つ屋根の下だなんて、そんなふしだらな事があっていいのか……!」
「あんたはわたしのお父さんか」
深い溜息をついたわたしは、食事に集中する事にした。隣に座るラルは既に食べ終えていて、温かいお茶を飲んでいる。その眉間には薄く皺が寄っている気がして、わたしは口を動かしながらラルをじっと見つめてしまった。
その視線が気付かれないわけもなく、ラルはわたしに顔を向けた。彼はにっこりといつものように笑っていて……見間違えだったんだろうか。
「でもライノ、そんな事言っちゃってるけどさ。もしアヤオが一緒に住もうなんて甘えてきたらどうするの?」
完全に酔っぱらっているシャーリーさんが、揶揄うような言葉をライノにかける。「飲みすぎだ」とメイナードさんが嗜めるけれど、シャーリーさんは知らん顔だ。
「それは是非ともお願いします!」
「あっはっは!」
先程までのふしだら発言はどうした。
「やだよ。ライノと一緒に暮らすなんて無理無理」
「なんでだよ!」
なんでと言われてもなぁ。無理なものは無理だ。
ライノがわたしに好意を持っているのはわかっている。隠そうともしていないし。でも同じような気持ちを返せるかと言われたら、答えは否だ。
窓向こうの空はどんよりとした鉛色。
雨はまだ止まない。