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13.どちら様ですか。

 カーテンをしっかり閉めていなかったのか、隙間から差し込む朝の光が眩しくて、わたしの意識は引き上げられてしまったようだ。

 まだ眠っていたい気持ちと、起きなきゃいけない気持ちとがせめぎ合う。このままでいけば二度寝は確実だ。でも目覚まし時計が鳴っていないなら、まだ眠っていいんじゃないか……。


 そんな微睡みの中で、わたしは傍らの温もりに身を寄せた。わたしの体に乗せられている心地のいい重み。自分よりも高い温度。響く鼓動。

 それが余りにも気持ちよくて深い息を吐くけれど、ふと違和感に気付いてしまった。先程までは絶対に開かないとばかりに頑なだった瞼が、驚くほどにぱっと開いた。


「……? ……っ、わぁぁぁぁぁ!!」


 慌てて起き上がるも薄掛けが絡まってベッドから転がり落ちてしまう。

 ドスン、と大きな音が響いて、それで目が覚めたのか……わたしの隣で眠っていたその人(・・・)も起き上がった。


「……アヤオ? どうしたの?」


 長い赤髪。

 眠たげに細められた、青と紫の混ざった瞳。

 低音。

 がっしりとした胸板。


 素肌を晒した男の人がわたしの様子を伺おうと、ベッドの縁に手を掛ける。一枚しかない薄掛けは、落ちたわたしに纏わりついたままで。当然、その人は……文字通り、一糸纏わぬあられもない姿だ。


「待って待って待って! 来ないで! 見えてる! 色々と!!」


 わたしは座り込んだまま後ずさり、薄掛けをくしゃりと丸めてその人へと投げつけた。


「え?」

「てか誰ですか!」


 羞恥と混乱に泣き出してしまいたくなりながら、男の人から顔を背ける。


 あれ、そういえばラルは? わたしの隣で寝ていたのはラルだったのに?


「ラルはどこ?」

「アヤオ、ちょっと落ち着いて」

「無理無理無理」

「オレならここにいるでしょ」

「いやほんとにどちら様ですかっていうか見えてるんだってばー!!」


 顔を両手で隠しながら叫ぶと、衣擦れの音が聞こえてきた。そろそろと指の隙間から薄目で伺うと、薄掛けを肩から羽織って体を隠しているようだ。これなら少しは、落ち着いて話が出来るかもしれない。


「ラルは? あなたは誰なの?」

「オレがラルでしょ」


 何を言っているのかと、困ったように男の人が眉を下げる。


「いやいやいや、ラルはもっと子どもで……」


 わたしの言葉に、その人は改めて自分の姿を見下ろした。手の平を自分の前に掲げては、ぐーぱーぐーぱー閉じたり開いたりを繰り返している。


「……あれ? オレ、大きくなってる?」


 戸惑う声に、わたしの困惑も深まるばかり。


 いやでもちょっと待って。

 後ろ髪の長さは変わっているけれど、確かにあの赤い髪はラルと一緒。左側だけ長めに残した前髪だって一致している。

 青藍の瞳だってラルのものだ。ちょっと目付きが鋭くなっている気がしなくもないが。


 それに全体的に凛々しいけれど、ラルの面影も確かにある。わたしの名前も知っているし、ラルと名乗っている。

 ということは……この人は、本当にラル(・・)なんだろうか。


「……オレ、大人だったんだねぇ」


 眉を下げて笑う姿が昨日までのラルと完全に一致して、わたしはそのまま床に倒れ込んだ。



 それから簡単な身支度だけを済ませたわたしは、ベッドにラルを残して家を飛び出した。

 とにもかくにも、服を着て貰わなくちゃいけない。市場の朝が早くて助かったと本当に思う。ブティックのような高級店はもっと遅い時間に開くけれど。

 市場には衣料品を扱うお店もあるから、とりあえずはそこで間に合わせよう。ラルの好みとかは二の次。このままだと家からも出られないもの。


 必要最低限な買い物だけを済ませて家に戻ると、ラルは薄掛けに包まったままベッドの上に座っていた。しょんぼりと体を丸めるその姿は悲愴感にまみれている。


「……どうしたの?」

「アヤオ、ごめんね」


 泣きそうに眉を下げたラルから返ってくる言葉は、謝罪だけ。会話になっていないなと思いながら、紙袋を手渡した。


「とりあえず服を着て。サイズも大丈夫だと思うけど……あとでちゃんと買いに行こうね」

「本当にごめん……」


 うぅん……別に悪い事はしていないというか。驚きすぎたわたしが悪かったんだろうなぁ。それで萎縮させちゃったんだと思うけど、それも含めてちゃんと話がしたい。


「ご飯作ってるから、着替えたら手伝ってね」

「……うん」


 寝室の扉をそっと閉めて、わたしは意識して深呼吸を繰り返した。

 まずは朝ご飯。わたしは気持ちを切り替えて、ダイニングへと足を向けた。



 油を少し多めに引いて熱したフライパンに割った卵を二つ落とす。蓋をしないでゆっくり焼くと黄身が綺麗な目玉焼きが出来上がる。白身の端がカリカリとなるのが好き。今日もわたし好みに焼き上がったそれをお皿に移してから、フライパンを軽く拭く。今度は油を引かないでお肉屋さんご自慢のベーコンを焼いていく。


 お肉から浮き出た油がいい匂い。

 焼いてる間にパンを温めようか、なんて考えていたら寝室のドアがゆっくりと開いた。


 視線を向けると、そこには肩を落としたラルが立っていた。わたしに何て声を掛けたらいいか、迷っているみたいだった。


「ラル、パンを温めてくれる?」

「あ、うん。分かった」


 いつものようにお願いすると、ラルは何度も頷いた。足早にキッチンに入ってくると、ブレッドケースから白パンを取って電熱器(トースター)に入れてくれた。

 電熱器は火の魔石が組み込まれた魔道具で、トースターみたいな四角い箱型をしている。手前に引く扉も一緒だから、これもきっとわたしの世界の誰かが技術を持ち込んだんだろうな。


「ついでにサラダの準備もお願い」

「うん。飲み物は?」

「ミルクの入ったコーヒーがいいな」

「了解」


 お互いの間にあった多少の気まずさも、手を動かしていれば消えてくれる。だから変に気負わずに、昨日までと同じように接する事にした。

 わたしの意を汲んだように、ラルもいつものように準備をする。


 体格は変わっていても、ラルはラルだ。

 そんな事を思いながら朝ご飯の支度をするけれど、ベーコンは少し焦げてしまった。

 


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