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1.ここは異なる世界

 鏡の前で髪をふたつに分ける。コテを使ってくるくると巻かれた髪を、耳下辺りで結ぶ。インナーカラーに入れた緑が映えて、うん、可愛いと自画自賛。

 ばっちりとお化粧も決まっている。ミント色のアイシャドウを乗せたから、少しきつめな雰囲気かもしれないが、わたしはこれが気に入っている。今の()の流行りはアイライナーをがっつり、猫目になるよう跳ねさせるみたいだけど。


 髪と化粧の仕上がりに満足したわたしは、カーキ色のフード付ローブを纏った。ローブの下は黒のショートパンツと同色のノースリーブのサマーニット。ハイソックスに少しごつめの編み上げブーツ。太い腰ベルトには短剣とポーチがぶらさがっている。

 これがわたしの仕事着(・・・)だ。


「さて、行ってきます」


 部屋にはわたししかいないのに、つい口から出てしまうのはもう癖のようなものかもしれない。返事はもちろんない。あったら怖い。

 意識して背筋を伸ばして、わたしは仕事に向かうべくアパート(・・・・)を後にした。




 この街は中規模都市だというけれど、とても賑やかで、暮らしていくには充分過ぎるほどだった。

 市場の横を通れば、威勢のいい売り子の声が聞こえてくる。わたしのすぐ近くを馬車が通る。そしてそれを追い越していくように竜車も。飛び交う朗らかな声に入り交じる、地竜の鳴き声。

 そう、ここはわたしが生きていた日本(・・)とは異なる世界だった。



「おう、今日も元気だな! ティラミス食ってくか?」


 顔馴染みの屋台の店主が声を掛けてくる。朝食の時間だからか、客入りも良さそうだ。


「おはよ。朝からティラミス?」

そっち(・・・)で流行ってたんだろ? やっと再現レシピが回ってきてよ、今朝から早速提供したら大盛り上がりだぜ」

「うぅん……美味しいけど、流行ったのは結構前かな」

「マジか」


 マジとか言うな、異世界人が。

 テーブルで朝食をとっている人達を見てみると、確かにティラミスをみんな食べているように見える。美味しいものは共通なのか、幸せそうに表情を綻ばせている姿に、笑みが漏れた。


「でもティラミスって美味しいよね。こっちの世界でも流行るよ、きっと」

「そうだよな! 食ってくか!?」


 ぱあっと表情が明るくなる店主に、笑ってしまったのも仕方がない。しかし朝からティラミスはちょっと重いな。


「今はいいかな。それよりアイスのカフェオレくれる?」

「おう、ちょっと待っとけ」


 店主が鼻唄混じりに、使い捨ての木製カップに氷とカフェオレを注いでいく。生クリームがいるかの問いには、黙って首を横に振った。

 代金を支払って、カップを受けとる。明るい店主に手を振って、わたしはまた歩き始めた。



 元々わたしは、日本に暮らす女子高生だった。

 優しい両親と年の離れた弟、それからお猫様と暮らす平々凡々な女の子だったのである。近所の高校に進学してすぐの事、通学路の慣れた角を曲がった拍子にこの世界に来てしまった。

 そしてそれは何も珍しい事ではなかったらしい。


 わたしが転移した先は、王都にある神殿だった。

 なんでもこの世界には昔から転移をしてくる者が多かったという。保護しようにも探し出す事が困難な為に、時空の揺らぎを感じたら神殿に誘導するよう仕組みが構築されているのだとか。その装置だという五芒星の頂点に配置された水晶と、描かれた魔法陣の中に座り込んだわたしは、きっと間の抜けた顔をしていたと思う。


 この世界の人々にとって、異界からの来訪者は知識を与えてくれる恵みのようなものらしい。元居た世界では行方不明になっているだろう身の上としては、恵みと言われても非常に複雑なんだけれど。この世界の人達は好奇心が強いし、新しいものが好きだ。だからこそ、転移してくる人達を快く受け入れてくれるんだろう。


 わたしも持っていた教科書や電子辞書、小説に雑誌、スマホなどは一度全部回収されてしまった。にこにこ顔のお偉いさんから、全部無事に返されたが。

 そして知識をこの世界にもたらした見返りとして、異界人への待遇はとてもよかったのである。わたしがこの世界で一年近くも暮らせているのは、王国からのバックアップによるものがとても大きい。それでも日本が、家族が恋しくはあるけれど……わたしはここで生きていくしかない。


 少し感傷的になっている自分に気がついて、わたしは深く息を吐いた。深呼吸をして意識を明るく向ける。まずは仕事をこなさなければ。

 そんな事を考えて歩いているうちに、わたしは目的地である【冒険者ギルド】に到着していた。何を隠そう、平凡な女子高生だったわたしが、今では冒険者なのだ。


「おはよー」

「おはよう、アヤオ。今日も可愛いわね」


 わたしの声掛けに、にっこりと微笑みながら対応してくれるのは受付嬢のキリアさんだった。彼女はいつもこうして、わたしを誉めて、気分を上げてくれる。さすがは受付嬢、冒険者のテンションを自在に操っている。


「ありがとう。キリアさんも今日も綺麗だね。あれ、ネイル変えた?」

「そうなの。気付いてくれたのはアヤオだけよ」


 キリアさんの爪は可愛らしいパステルピンクに染まっていた。キラキラとしたストーンで飾られているそれは、元居た世界のネイルと遜色がない。それもそのはず。これを施術したのは転移してきたネイリストさんだからだ。

 ちなみにわたしの髪を染めているのも、転移してきた美容師さんだったりする。


「きっとこの後、みんな気付くよ。とっても可愛いもの」

「そうだといいんだけど。それで、今日も採取?」

「うん。ラザフ平原から森にかけて行ってこようと思って。何か重点的に必要なものはある?」

「染物用の草花が多いと助かるわね」

「おっけー。じゃあお願いします」


 わたしはそう言うと、首から下げていたドッグタグを取ってキリアさんに渡した。そこには『アヤオ・ユキシロ』とわたしの名前が刻まれている。もちろんこの世界の言葉なんだけど、転移ボーナスなのか何なのか、読み書きは問題なかった。

 

 キリアさんは受け取ったドッグタグを、機械に通す。

 空中に浮かび上がるのは【ラザフ平原付近での採取】という文字。その文字は光と共にドッグタグに吸い込まれていった。


「はい、では気を付けて行ってらっしゃい」

「ありがとう。行ってきます!」


 受け取ったドッグタグをまた首から下げて、わたしは元気よく返事をした。


 入口横の掲示板を見ている冒険者達の横をすり抜けてギルドを出る。あの掲示板にはギルドに寄せられた依頼が貼ってあるのだ。本来ならばその依頼書を持って受付し、ドッグタグに依頼を記録するのだけど……わたしはギルドからの直接依頼という事になっているので、あの依頼書は必要ない。

 冒険者でも採取をするのは駆け出しだけで、慣れてくれば皆、強い魔物を倒しに行ってしまうのだという。より多くの報酬金を得るために、名声を得るために。

 しかしわたしはそんな恐ろしい冒険をするつもりはなかった。だって元は平和な日本の女子高生だし、無理無理。


 薬草や生活に必要な草花を採取して、ギルドに買い取ってもらう。細々とした収入だけど生活していけない事はない。生きていくためには、自分の出来る事をやるしかないもの。


 わたしは大きく伸びをしてから街を出た。

 目的地のラザフ平原までは歩いて三十分ほど。……この世界に来てから体力ついたと思うわ、本当に。




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