八十六、厄日
クリスマスライブ当日。
俺は徒歩で、ライブ会場へ向かっていた。
外の空気は冷たく、吐く息が白く見える。
スマホで地図を確認しながら歩いていると、そこにあるはずのない橋が通り道に表示された。
「…またか。」
いい加減にしてくれ…。思わずため息をついた。陰陽師の活動をやめた今でも、元々霊感が強いせいで望まぬ所で怪奇現象に遭うことも度々あった。
今回の存在しない橋の表示も、また怪奇現象の一つだろう。
『あなた…私と一緒に来ない?』
声が聞こえた。手元のスマホから。
聞こえないフリをして電源を切り、顔を上げると、今度は目の前に古い橋があった。
「…はぁ。」
視たくなくても、視えてしまってはどうしようもない。明らかにこの世の者ではない、現実離れした美しさの、着物を着た女性が橋の上に佇んでいた。
『つれないのね。視えている癖に。』
橋の上の女性が、不敵に微笑んだ。
「悪いけど、俺今からちょうど、あんたよりええ女に会うとこやねん。あんたに構っとる暇なんか無いわ。さっさと成仏…?」
女の横を足早に通り過ぎようとすると、突然手首をガッチリ掴まれた。
『憎い…。』
「は…?」
『憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い!!!』
「わっ…ちょっ…えぇっ!?」
突然、狂った様に女は叫び出し、禍々しい妖気を放出した。
「なっ…このやろっ!」
『グァアァァァァぁぁあああ!!!』
護身用に持っていた呪符を女に投げつけると、女が苦しみだした。手首を掴む力が緩んだ隙に、大急ぎでその橋を後にする。
「クソッ…なんでこないな日までバケモンに目ぇつけられなあかんねん!ほんま厄日や!ありえへん!」
クリスマスなんて…大嫌いや。
恐怖と鬱陶しさを拭いさりたい一心で、猛スピードでその橋を後にする。
自分が落としたグレーのマフラーに、気がつかないまま…。




