八十三、6年前
6年前、大阪府。
生見恭士、当時19歳、私立音楽大学在籍、所属サークル、ジャズ同好会。
家族構成。頑固な祖父、3歳離れた双子の弟と妹。母は流行り病で他界。父親は仕事のため、海外から滅多に実家に帰らない。祖父は、生見神社の神主。
そして稀代の陰陽師、安倍晴明の末裔ーー。
午前9時ジャスト。ベッドから手を伸ばせば、すぐ届く距離にある小さなテーブルの上で、聴き慣れたジャズミュージックが流れる。
「ん…。」
もぞもぞと手を伸ばし、テーブルの上で鳴っているスマホを手に取った。
着信表示、生見風香。一瞬顔をしかめ、応答マークをスライドさせる。
「もしもぉ〜し?」
気怠げな態度でこっちが電話に出ると、無駄に明るいハスキーな声が、スマホの向こう側から聞こえてきた。
『あ、お兄ちゃん!その声はまだベッドの上やな!はよせんと学校間に合わなくなるんとちゃうの?』
「うっさいのぉ。お前はオカンか。今日は午後からや。用無いなら切るで。」
そう言って、むくりと上半身を起こし、床に脚を下ろす。
『あ…ちょっ…、久々に妹の声聞いて、大人っぽくなったなぁとか、感想無いん!?』
「どこが大人っぽいねん。お前みたいなガキンチョボイス、声優なっても幼女役しか出来へんわ。」
本当に何の為に電話してきたのか分からない会話に、すぐ通話を切ろうとすると、声質に似つかわしく無い、シリアスなトーンが、唐突に聞こえてきた。
『クリスマス・イブ、帰って来るよね?』
「…。」
風香の質問に、俺は答えなかった。否、答えられなかった。
『おじいちゃんもたまには顔見せぇって言うてるし、空太だって…お兄ちゃんのこと待ってる。せやから…。』
分かっている。妹と弟が、自分の帰りを待ちわびていることを。
しかし、祖父の場合は別だ。帰ったところで、音楽を辞めて神社の跡を継げ、陰陽道を学べと、また口煩く言って来るに決まっている。
一抹の罪悪感を感じつつも、冷たく言い放つ。
「…俺は帰らへん。言うたやろ?クリスマスライブあるて。クッタクタになんのに、あのクソジジイのトコになんか帰ったら、余計クッタクタになるやん。嫌や。」
『でも…お母さんも、お兄ちゃんに会いたがっとると思うよ?』
「…っ。」
一年に一度のクリスマス。恋人たちが浮かれ騒ぐ、輝く聖なる夜。
そして、母の命日。
「死人になんて会われへんのやから…そんなん分からんやろ。」
声が少し、震えていたかもしれない。その時の俺に絞り出せた言葉は、それで精一杯だった。
『けどお兄ちゃんも幽霊視えとるやん!』
「うるさいな!少なくとも、俺はあの家で母ちゃんの幽霊なんて視たことない!視えたところで死人は蘇らへんし!家事祈祷で病気が治るんやったら、はじめっから母ちゃんは死んでへん!」
『っ…お兄ちゃんの馬鹿っ!』
その罵声を最後に、プツリと電話が切れてしまった。
「あ…。」
喉に引っかかる様な声。自室に駆け込み、布団に突っ伏して泣いている妹の顔が、目に浮かんだ。
電源を切ったスマホを元あった場所に放り投げ、再びベッドに倒れ込む。
「またやってもうた。」
いつもだ。祖父のことを考えると、妹相手だと言うのに、ついムキになって言い過ぎてしまう。
「…ほんま…馬鹿やな。俺。」
視界が揺れる。
二度寝を試みたが、感情が昂ったせいか、すっかり眠気がとんでしまい、いつもの様に眠れない。
「飯作るか…。」
おもむろに体を起こして、冷蔵庫へと向かう。
明後日はクリスマス・イブ。
ジャズ同好会主催の、クリスマスライブ。




