七十八、囮作戦
「ぜぜぜぜぜぜ、絶対ですからね!信用してますからね!!!」
夜10:36、私はパンツの裾をまくり、川の浅い場所に足を入れていた。
「保証はできない。だが俺が言い出しっぺである以上、お前を死なせるつもりは無い。」
「保証できないって何ですか!保証できないって!」
ぶつぶつと文句を言いながら、陰陽師化する。
水虎が水中から姿を現わすのは、子供を襲う際に限られる。式神の使い手となる陰陽師が誰かが分からない以上、倒すことはできない。しかし、こちらから仕掛けて接触することで、一般人が襲われるリスクを減らすことはできる。
そこで浮上した案が、おとり作戦だった訳である。本来、子供と呼べる容姿年齢の陰陽師は、仙太郎さんと若葉ちゃんである。
しかし、今回の水虎に予想通り式神たちが絡んでいる場合、陰陽戦術を使用することができない。となると、陰陽戦術以外の陰陽術をある程度使いこなしている人物が、おとり役になることが条件となるため、若葉ちゃんは除外される。
そして、陰陽師の大ベテランである仙太郎さんは、予想外の事態に陥ったいざという時、戦力としていて貰わなくてはならない。
結果として、他メンバーの中で1番歳が若く、身長が低いためによく中学生と間違われる私に、白羽の矢が立った訳である。
「…なぁ、仙太郎さん。やっぱり、何もおとり作戦なんて危ない真似、楯本にさせへんでもええんとちゃうか?誰も引き摺り込む相手が近くにおらんかったら、水虎も悪さはせぇへんのやろ?」
恭士さんが、やや不安げにそう言った。
「放っておいて、一般人が巻き込まれない保証は無い。文献には、水虎は獰猛だと書いてある。それが本当ならば、こちらが仕掛けた際、奴は必ず姿を現わす。確実性の高い方法をとることが道理だ。」
「せやけど…。」
「くどいな。それとも何だ…。」
納得がいかない顔をしている恭士さんを、仙太郎さんは睨みつけた。
「お前は、県を跨いで流れているこの大河の上流から下流まで全てを見通し、他人を守る術を持っているのか?」
「…それは…。」
「いの1番に修業に取り掛かっておきながら、未だ陰陽戦術を身につけていないくせに、他人を心配するそぶりをするんじゃない。」
「っ!」
その言葉で、恭士さんの顔が一気に強張る。
「ちょっ…仙太郎さん、ものには言い方ってやつが…。」
「事実を述べているだけだ。力の無い者が、誰かに対する心配の言葉を口にしたところで、それはただの気休め、言う側の無責任な自己満足に過ぎない。だから俺は言っているんだ。保証はできないと。いつどこに現れるかも分からない誰かと比べたら、そこにいると分かっている仲間の方が護りやすい。それだけの話だ。」
無表情なまま、仙太郎はんは淡々とそう言った。
「…あのっ、恭士さん!」
場の凍った雰囲気に耐えられなくなり、川の方から口を開いた。
「私、何だかんだ言ってますけど、リスクも承知の上でここにいるつもりです!だからっ…。」
__ゴボゴボッ。
水中からした、不気味な音。それが耳に届いた直後、私が見たものは、頭上に揺らめく水面だった。




